第十話 摩擦
ミリスは腕からの出血を抑えて身を引くと、壁に背をつけた。
レインの掛け声で、とっさにのけ反ったおかげで傷はそれほど深くなかったのが幸いだ。
(――だが、なんだ? 今のは! 背後から刃物が飛んできたみたいだったぞ!)
ミリスは戸惑いながらも目を左右に動かして周囲を探る。
通路の先で構えているペスティは警戒態勢のままその場から動いた様子はなかった。
「ミリス! 魂はふたつ! 今の攻撃は、二体目!」
レインはそう言って、指をさした。
そこには、暗がりの壁に張り付いた、もう一匹のペスティ――。歯をきしませ、鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。
「仲間がいたのか……」
と、ミリスはつぶやく。
地面に一匹、壁に一匹。二体のネズミ型FRANをミリスは注視する。あのスピードで二体同時に攻めてきた時、さばけるのだろうか……、と不安がよぎる。
ミリスはブレードを構えるが、どちらに合わせるべきか細かに上下させ、ためらいを見せていた。
(だめだ…‥。短剣一つで防ぐのは無理がある。なら、攻められる前にどちらかの動きを止めるしかない――っ!)
「ミリス、来るぞ! 急所だけは守れ!」
背後で膝をつくクラエルが声を上げた。
「いや! ――攻めるのは私だっ!」
二体のペスティが飛び出す構えを見せた瞬間、ミリスは水弾を射出した。
まず、地面にいるペスティに向かって水弾を飛ばすが、素早い反応で横飛びし、それを軽やかに避けてしまった。
ミリスはそれを追うように二発、三発と続けて水弾を放つ。ペスティは壁を飛び移りながらすべて避ける。
その間に、もう一匹のペスティが長い爪をふりかざして、ミリスに向かって一直線に飛び掛かってきていた。
ミリスは視線を瞬時に移し、ブレードを合わせた。ペスティの跳躍はミリスの目線の高さまでなる。――狙いは頭部か。
そう察したその時、突如、ペスティは途中で身をよじってその場で急降下した。
「――なにっ!」
想定外の空中での軌道変更にミリスは思わず声が漏れた。すかさずブレードを下にするが、
(――い、いない!)
地面に着地したはずのペスティの姿がない。
――地面を走る速度はとても目で追えなかったのだ。
気付いた時には、ミリスの足首から血が噴き出していた。
(う――は、はやい! まさか、最初から足を狙っていたのかっ‥…! く、そ! これじゃあ動きを止められるのは、私のほうじゃないかっ!)
ミリスはバランスを崩したが、もう片方の足で踏みしめて前に飛んで振り返る。そしてすぐさま斬り抜けていったペスティの行方を目で追いながら、立て直そうと構える。
「ミリス、前に行くなあぁ――っ!」
そのクラエルの叫びと同時に、先ほど水弾を避けきったもう片方のペスティが、横から飛びかかってきていた。
――狙いはミリスの首元。
ペスティの獰猛な気配と殺意が、全身に雷撃のように伝わり、本能でそう察した。
(――防ぐ――っ!)
負傷した足がもつれ反応が遅れた。避けられない。脊髄反射のようにブレードを持ち上げようとするが、わずかにペスティの突進速度が速い――。
バン――ッ
トンネル内に重い破裂音が響いた。
ミリスの目の前がフラッシュをたいたように赤く輝いた。そして、空中に炎が舞った。
眼前で弾かれたように飛んでいったペスティを見ると、体に火が燃え移り、あわてて地面を転げて消化しようとしていた。
「ぎりぎり届いた! どうだ、このパワー! 振動摩擦による爆炎だぜ!」
と、クラエルが腕を伸ばして叫んだ。――その時、
「クラエル、あぶない!」
ミリスも叫ぶ。
二匹のペスティが共にきびすを返してクラエルに向かって走っていくのが見えた。
クラエルの攻撃の危険性を察したのか、ターゲットが切り替わったのを感じた。
(――こいつら、必ず二体一対で行動するのか! 決してバラバラには動かない! コンビネーションを徹底しているっ!)
二体のペスティは左右に分かれ、ほぼ同時にクラエルの目前まで近づいた時、
――ガゥ!
突如姿を現れた大型犬が短く低く吠えて、その巨大な爪で薙ぎ払い、ペスティたちを追い払った。
――巨体の犬がクラエルを守る。
「クラエルさんの止血は済んだよ! わたしもリックと戦うっ!」
と、クラエルの後ろから身を乗り出しながらレインが言った。
ペスティはリックの姿におののいたのか、たまらず身を翻して足を止めた。
すぐさまリックは追撃する。リックは爪を勢いよく振りかぶると、ペスティも即座に反応して空を切らせる。
ペスティの反射と動きの速さはかなりのものだが、リックは確実にそれを目で追えていた。――が、何度も攻撃を繰り出すものの、その爪がペスティを捕えることはなかった。
(……獲物が小さすぎるのか。敵が素早すぎるのか。リックの大振りをすり抜けるように避けられている……)
ミリスはその攻防を見ながら考える。
(やはり、仕留めるには動きを止めなければ……。私の〈凝縮〉の吸引で捕えたいところだが……あの動きに合わせてピンポイントで小型ブラックホールを作り出せるか……? しかも、二体分……)
ミリスがペスティの動きを観察しながら口の中でつぶやいていると、
――パチパチッ
と、いう乾いた音が耳に入ってきた。
視線を上げると、クラエルが落ちていた木片を手にして立ち上がっていた。そして、木片の先には火がついている。
と、思ったら今度は、それをペスティに向かって放りなげた。無論ペスティは簡単にそれを避ける。
それにかまわず、クラエルはふたたび適当な木片に火をつけて、同じようにペスティが逃げた先に放り投げた。
「何をしているんだ……クラエル?」
ミリスがそう問いかけると、
「……こいつらはケモノらしく、火を恐れるのはわかった。動きが素早くとらえ切れないというのなら、逃げ道を減らしていけばいい」
クラエルは次々と火を起こしては投げ、地面には点々と火が並んでいく。加えて、壁際にも投げて壁伝いに逃げるのを防ぐ。
二匹のペスティはたまらず距離を取ってクラエルやリックから離れていった。
クラエルは追い詰めるように、歩き進みながら火を放つ。
その流れで、離れていたミリスと合流した。
「クラエル、順調に追い詰めているみたいだけど、火で囲まないとただ逃げていくだけじゃない?」
と、ミリスが言うと、
「そうしたいところだがやつらの逃げ足が速すぎる。……ま、このままトンネルから出て逃げていってもかまわないんだが」
「それは……できれば避けたいな。見失ったら次はどこから襲ってくるかわからなくなる。私たちのにおいは覚えただろうし」
「ううむ」
クラエルは小さく唸って返した。
「あ……いや、クラエル、その心配はなさそうだ」
ミリスはトンネルの先を見つめながら言った。
「ん?」
「見て、この先、土砂か何かで埋まってる。このトンネルは行き止まりだ」
ミリスはライトを照らしながら、指をさして言った。
「よし! なら、このまま火あぶりにしてやるぜ!」
そう言うと、クラエルはペースを上げ、あっという間にペスティたちを行き止まりまで追い詰めた。
「ここまでだな。――最後は直で爆炎を受けなっ!」
そう言うと、クラエルは前に立ちはだかり、プリムスの力に集中した。
すると、二匹のペスティは途端にこちらを睨み、地面を踏みしめ構えた。その眼光が鋭く、明確な凶暴さが露わとなった。
――ミリスはその動きの意図を察知してハッ、とした。
「クラエル! まった! やつらは窮鼠のように向かってくるぞっ! 黙っては焼かれてくれない!」
と、ミリスは声を上げると同時に、二匹が燃え盛る炎を飛び越えクラエルに襲いかかった。
ミリスも地面を蹴って踏み出し、両腕を交差させてクラエルより前に飛び出した。
――ビッ!
肌が裂けて血が飛び出す音。
ミリスは、ほぼ同時に二匹の刃を正面から受け、飛び出した勢いのままドッ、と地面に倒れ込んだ。同時に血しぶきが宙を舞う。
「ミリスっ!」
と、レインが叫ぶ。クラエルもとっさに駆け寄ろうとしたが、
「――いやっ! これでいいんだ! 急所は守ったっ! 私はいい! ――撃つなら今だ――っ!」
と、ミリスは声を張り上げた。
「撃つ……だと?」
クラエルはその言葉に不思議そうな顔をしたが、ミリスは腕で首と脇を守っており、出血も両腕からだったこともあり、ひとまず安堵したようだった。
そして、すぐにクラエルはペスティの行方を追おうとした――その時、クラエルは目を見開いた。
二匹のペスティは空中で、じたばたと、もがいていた。何もない空中の一点に吸い込まれるように二匹がくっついている。
「……これは、ミリスの能力なのか? ――そういうこと、か!」
ミリスは〈凝縮〉のブラックホールを手元に作り出しながら、飛び出ていた。
二匹が同時に攻めてくる状況を利用して、ダメージを覚悟にカウンター気味に二匹同時に捕えることに成功したのだ。
「確かに、撃つなら今だな! お前の勇気に感謝するぜ! ミリス!」
クラエルはすぐさま気を集中し、
――ドグゥンッ!
巨大な爆炎を放った。
二匹のペスティは空中で燃え盛り、次第にその身は灰と化していった……。




