第九話 刃物
「――うぐっ!」
ミリスは暗闇の中、地面に体が打ちつけられ唸り声が漏れ、呼吸が止まる。
――ブゥン。
と、プロテクトシンボルの作動音が響く。
落下の衝撃は多少は吸収されたものの、その場で動けなくなるほどの痛みがにぶく広がってきた。
「はあぁ……っ!」
吐息を漏らし、かろうじて呼吸をしようと口を何度も開閉した。
(……思っていたよりは崖は深くなかった……が、このダメージ……! まともに受け身がとれなかった……!)
ミリスは油汗を垂らし悶えていると、
――ドッ、――ドッ。
と、周囲から、バラバラになった橋の部品が地面に落ちる音が次々と聞こえてきた。
暗闇で何も見えない中、ミリスはその場で体を丸めて防ぐことしかできなかった。
(とにかく、明かりがないと……まずい!)
と、ミリスが痺れる体をすこしだけ起こし、腰のポーチをまさぐった時、
――パチッ
と、音とともに辺りが淡い光に包まれた。
「――平気かっ!」
その声の方向へ向くと、
「クラエル!」
ミリスより先に落下していたのだろうクラエルが脇にある通路に立っていた。通路はトンネル状になっており、橋の瓦礫からは身を守れるだろう。
クラエルは、ミリスが動けないとみるや、素早く近づき、ミリスの肩を抱え上げた。
「――うっ」
ミリスはびしり、と電流が走ったように痛みが響いて声が漏れたが、口を塞いで、大丈夫だ、と視線で示した。
そして、クラエルに支えられ、足を引きずりつつも通路へ避難した。
通路に入ると、二人はほとんど同時にひざをついて、それぞれうずくまった。
「クラエル、大丈夫なの? この高さを落ちたんだよね?」
「ああ。でも、打ち身程度だ。痛みはしばらくすれば引く」
と、言って胸のプロテクトシンボルを触る。
「ほんと、このプロテクトをつけていてほんとによかったぜ……なかったら骨ぐらいイってたろうな……」
クラエルは、はあー、と長い息を吐き出した。
(……そういえば廃坑の警備と喧嘩してた時、クラエルは士官学校を出てたって叫んでいたな。そのへんの装備や知識はあるのか)
ミリスはクラエルの様子を見て、改めて胸をなでおろす。
「でも……クラエルが無事でほっとした。先に橋の上からいなくなってた時は、ひやっとしたよ……。特に、ろくに装備もない一般人だと思ってたから、なおさら……」
「……はん、あんたを信じて橋を渡った軽率な俺が悪いんだ」
と、クラエルは皮肉っぽく返してきたが、ミリスは何も言い返せなかった。
「――ミリス! ミリス!」
と、上のほうからレインの声がした。
ミリスはハッ、として、通路から顔を出し、手招きをする。
「レイン! おいでっ! こっち!」
レインはさっ、と通路の中に入り込みミリスの抱きついた。
「レイン! 大丈夫? 瓦礫に当たってない? 降り止んでから来ればいいのに……!」
「ミリス、離しちゃってごめん……! ケガはっ? わたし何もできなくて……」
「いいんだよ、レイン。レインは自分の安全から考えて。レインまで危険に巻き込まれたらその方が大変だから。私は大丈夫。落下の痛みも引いてきたし」
――と、その時、スイッチが切れたように、ふたたび周囲は暗闇に戻った。
「――えっ」と、ミリスの声が小さく漏れる。
「……わるい、すこし、休ませてくれ」
と、クラエルの声がした。
「いままでの明かりって、クラエル、あんたがやってたの?」
「ああ。俺の〈振動〉で空気を震わせたら光を発するんだ」
と、言って一呼吸おくと、ふたたび、
――パリッ
と、音とともに鈍い光が灯った。
「あ、今、稲妻のようなものが走ったような……? それって、空気中の分子の摩擦で雷みたいなものを起こしてるの?」
「ま、そんなとこだ。そんなに消耗するわけじゃないが、ずっとはきつい。なんか他に明かりになるものはもってないか?」
「ライトならもってるけど、そこまで強くない」
と、ミリスは自身のポーチからペンサイズのライトをとりだして点ける。
「その小ささの割には強い光だな。数十メートル先は見えるか」
クラエルは〈振動〉の光を止め、ライトだけの光になった。
「うう……こわい……」
と、レインはミリスにくっつく。
「レイン、危ないからそうやってくっついてて。周りには十分気を付けないとね……特にFRANなんかいたら……」
「わたし、がんばってFRANが近づいてきたら教えるね」
と、レインはミリスにしがみつきながらも意気込みを見せた。
「早く昇降機なり階段なり見つけないとだが、FRANに遭遇することを考えたら、もうしばらくプロテクトを休ませておきたいな……」
そう言ってクラエルが胸のプロテクトシンボルの状態を確認するように触れる。
「そうだね。今これ以上衝撃を受けると、オーバーヒートしそうだ」
ミリスはうなづいて答えると、二人はその場で腰を下ろした。次いで、武器や防具類に損傷がないか、点検を始める。
「ねえ。オーバーヒートってなあに?」
そんな二人の様子を見ながら、レインが尋ねた。
「ん? ああ、この、私たちへのダメージを緩和するプロテクトシンボルっていう道具なんだけど、強い衝撃を受け続けると、オーバーヒートって言って、熱暴走を起こすんだ。そうなると、緩和が弱まったり、最悪、機能停止することも……。さっきの落下でだいぶ熱がこもっちゃったから、冷ましておかないと」
「そうなんだ。攻撃を受け続けてもダメ、プリムスを使い続けてもダメ……。士官って大変なんだね」
「所詮、私たちはただの非力な人間だからね……」
――と、その時、レインはパッ、と目を見開いて、顔を上げた。
ミリスはその表情を見てサッ、と立ち上がり、ブレードを構えた。ライトは地面に立てて周囲を照らす。
クラエルもその様子を見て、同じく警戒態勢に入った。
「なんだ? 敵か?」
「レイン、どう? 何か感じ取ったんじゃない?」
「うん! この通路に入って来た方から何か気配がした。たぶん、FRANの敵意……」
「――ちっ、しかたねえ。なるべく攻撃を受けずに戦うしかねえ」
クラエルは舌打ちをして通路の入り口に顔を向け、目を凝らす。
「ミリス、ライトを持って照らしてくれないか? 暗くて見えない」
と、クラエルがちらり、と立ててあるライトに目を向けた。
――その瞬間、
――ブワッ。
と、通路に風が通り過ぎた。ほんの一瞬だったが、クラエルの髪や服がなびいた。
「……風?」
ミリスはライトを手に取ろうとした体勢でつぶやく。ミリスも顔の前に風を感じた。
しかし、その違和感に眉をひそめる。
「ん? この地下深くで、風……?」
――ガララッ。
と、クラエルが壁にもたれかかり、その場で膝を折って体勢を崩した。
「クラエル?」
と、ミリスが声を掛けると、クラエルは、勢いよく振り返り、
「――ライトを、通路の奥へ向けろォ――ッ!」
その叫びとともに、クラエルのひざから血が噴き出し、地面を血で染めた。
「なっ!」
ミリスは目を見開いて顔が強張った。
すかさず、ライトを手にとって、通路の先を照らす。
「今の風か? クラエル! ――攻撃を受けたのか? 私には見えなかった!」
「奥から目を離すな! 俺も目で追えなかったが、これは――、フォートペスティ……! ネズミの姿をしたFRANによる傷だ!」
「ペスティ……っていうと、かなりすばしっこくて全身刃物みたいな爪もったやつだっけ……」
と、ミリスは思い出しながら言う。
「そんなことより、はやくクラエルさんの血を止めなきゃ!」
レインはミリスの腰のポーチから止血剤を取り出した。
「うん、レイン、クラエルのことはお願い!」
と、言って、ミリスはクラエルたちをかばうように、前に立った。
「ねえ、ミリス! こんな狭い通路から出たほうがいいんじゃないの!」
と、レインが言う。
「いいや、この通路なら来る方向がわかりやすい。このまま迎え討つ!」
と、その時、通路の奥から、さきほどの風の主がその姿を覗かせた。
シャアア――。
と、まさにネズミほどの小さい体から、金属を切ったような声を出して威嚇する。
全身刃物、とはよくいったもので、その爪は体のサイズと同等ほど伸びており、そして、尻尾までナイフのように鋭利に尖り、ライトを反射させて鈍く光っていた。
ミリスはブレードを構え、フォートペスティの動きに注視し続ける。
「――ミリス!」
と、レインの叫び。
その声に、ハッ、としたその瞬間、
シュ――ッ。
と、背後から、ふたたび風が通った。
そして、腕に激痛が走り、ビッ、と血が吹きだした。
「――うっ! な、なにイイイ――ッ!」




