第七話 意思
テオは廃坑の奥へ数歩進んだ――その時、
――ぐいっ
と袖が引っ張られ、歩みを止めた。
「――っ!」
ハッ、としてテオは振り返って袖を見ると、袖の生地がピンと伸びていた。
袖の先には何もなかった。伸びきった先っぽが、何もない空中に吸収されているように、ひねり潰されていた。
「……これは、〈凝縮〉? 空中の一点に凝縮する力場を作り出し、周りのものを吸い込んでいる。まるで小さなブラックホールのように。――そう……ミリス、こんなことも、できるようになったのね」
と、テオは静かに言う。
「それで、これはどういうつもり? ミリス」
そう言うと、テオはミリスの方に視線を向けた。
そこには地面に埋まり身動きが取れなかったはずのミリスが、両足で立ち上がり、指先に水弾を生成し構えていた。
――その足は完全に地面から抜け出せていた。
ミリスのブーツの表面からはパラパラと崩れるように砂粒が落ちている。
「……砂……乾燥している? そう……。〈凝縮〉で地面の水分を抜き取り、ぱらぱらのオガクズのようにして、抜け出したのね」
と、テオは自分の推測をまとめるようにつぶやいた。
「――テオさん。これは、私の意思です」
水弾を向けるミリスが言う。ミリスの顔に迷いや戸惑いは見られなかった。
「レインのこと、協力してくれるのはとても歓迎します。――でも、レインを一番に守るのは、私です。それは、決して、揺るがないことです」
「……ミリス、私にかなうと思うの?」
テオの語り口は起伏のない、平坦で無機質なものだった。
「かなうとは思いません。争いもしたくありません。でも……ただ、私は私の意思を示すだけです……」
まっすぐした目を向けているが、ミリスの指先は震えていた。
「はあー……」
テオの口から小さく長い溜息が漏れた。そして、ふたたびミリスをまっすぐ見据えて口を開く。
「さっきも言ったけど、レイン……その女の子を偶然あなたが見つけた、ただそれだけで責任なんて負うことない。あなたがあの子を守る必要なんてどこにもないのよ。……こんなこと、あなたに言いたくはないけど……。ミリス、あなたは躍起になっているだけじゃないかな。そう……×××を失った免罪符にするように……」
テオのその最後の一言に、ミリスはずん、と頭が重くなった。鉄の塊を頭に叩きつけられたように鈍い痛みが広がっていく感覚になった。
目の前がゆがんで見えた。足の力も抜ける。
テオの言う言葉を理解したくない、というように全身が拒絶するようだった。
喉がからからに渇き、まるで唾液の一滴も口から失せてしまったようだ。
それでも、なんとか、喉を動かし言葉を紡ぎ始める。
「ち……、ちがう。私は、レインを守ると決めた……から。それだけで……」
「それがあなたのエゴだとしても?」
弱り果てるミリスに、テオは鋭い口調で返した。しかし、ミリスは唇を震わせながらも言う。
「……き、きっかけは、本当にたまたま、あの子の声が聞こえたから……それだけかもしれません……。けど、けど、あの子の言葉をきいて、一緒にいて、わかったんです……」
ミリスの瞳からひとしずく、こぼれ落ちる。
「レインは……、人のために動ける子なんです。どんな時でも、人のために行動できる強さをもっている。……私にはないものをもっているんです。――本当は、助けられたのは私の方なんです……っ! 弱気に沈んだ私に、ふたたび勇気を与えてくれたんだ! ――恩、なんですっ! これは、レインへの感謝なんです! ……だから、決して、私のほうから見捨てたりはしないっ!」
そして、ミリスは自分の胸に手を当てる。
「すくなくとも、レインのほうから私を必要としなくなるまで、一緒に……っ」
そのミリスの言葉を最期に、長い沈黙が続く。テオは表情を変えずにミリスを見据えていた。
そして、しばらくすると、テオはそっと視線を外して小さく口を開く。
「……さっきの、あなたの〈凝縮〉の力、私が教えていた頃よりもはるかに強力なものだったわ。プリムスは強い意志を持つほど強力になる……。あなたを止めるとしたら、あなたを動けなくなるまで叩きのめすしかない、ということね……」
ミリスはごくり、と喉を鳴らす。手の震えが止まらない。自分が今、やっていること、対峙している相手……そんなこと、もはや何も考えられない。ただ立ち尽くしていた。
「ようやく、乗り越えたのね。ミリス。……悲しみから」
テオは視線を外したまま、ぽつりと言った。
「……もういい。ミリス。わかったわ。何もしない。……私は、本当にミリスのことを心配だっただけなの」
「テオさん……」
テオは。ふぅ、と一息ついてミリスを見た。
「あの子と、ミリスのためになるっていうのなら、今しばらくは、あなたが思うようにすればいいわ。……行きなさい。ミリスがここにいたことは、見なかったことにしておくわ」
そういうと、テオはミリスとすれ違って歩いていく。ミリスはテオの背中を目で追い、
「……テオさん。……ごめん、なさい」
と、消え入りそうな声で言った。




