第六話 浸食
しばらくして修道士が落ち着くと、
「……と、いっても、あの警備はどうやって抜けようか……」
と、ミリスはつぶやいた。
廃坑の入り口の前に視線を向けると、相変わらず立ちふさがる警備の男がいる。
「あんたが協力してくれるなら、簡単に突破できるさ」
と、修道士はあっけらかんとした様子で言った。
「え? 協力って?」
「オレが警備の注意を引き付ける。あんたは警備の奴が持ち場を離れるように、それとなくうながしてくれ。わかったな? ――じゃあ、さっそくやるぞ!」
「え! ちょっと、急に言われても! どういうこと?」
修道士はそれだけ言い放って、警備の男に見えないようにさっさと近づいていった。ミリスはわけもわからずついていくしかなかった。
そして、動きをぴたりと止めて、警備に向かって手を伸ばす。
すると、修道士がまとう空気感が、どこか変わった気がした。
それから、……数秒の間をおいて、
「――むっ!」
と、いう声とともに、警備の男が虚空に向かって勢いよく顔を上げた。
「――なんだっ! 今のはっ! おい、どこだ! どうしたんだ!」
と、警備の男は立ちどころに慌てた様子に変わり、一人で大声を上げながら、首を振って周囲を見回す。何かを探しているかのようだった。
「なに? なにをしているんだ? あの警備は?」
ミリスは困惑しながら修道士に尋ねる。
「さ、あんたの出番だ。――あの警備は、今、声を聞いて戸惑っているはずだ。〝ここは見張ってるので様子を見てきてください〟とかなんとか言ってあいつをどかしてきてくれ!」
「声? 声だって? 私には何も聞こえなかったぞ?」
「いいから、早くいってくれよっ!」
と、修道士に押されてミリスは強引に前に出された。
押されるままにミリスは警備に近づき、
「――あ、あの、今の声、聞こえましたか? ええと、ここ見張っときますので、様子見にいった方がいいんじゃないですかね……?」
と、ミリスはたどたどしくも言う。
「あ、ああ。そうだな。民間人が迷いこんでいるかもしれん……。 やむを得ん。すぐ戻るから、ここを見ていてくれるか? とくに、さっきの男を通さぬようにな!」
「あ、はい。了解です。まかせてください」
ミリスは適当に答えると、警備の男はその場を離れてどこかへ駆け出した。
ミリスはその背中をぽかん、と口をあけながら見送った。
「……うーん、最高にうまくいった、な」
と、言いながらニタニタしながら修道士が近づいてきた。
「ねえ。〝声〟っていったい何のことだったの? わけがわからないんだけど。あの警備の人に何をしたの?」
「うーん。あまり手の内を明かすものじゃないんだが……、協力体制になるってんなら、少しだけ明かしておいてもいいか……」
と、修道士が独り言をつぶやいてから、続ける。
「オレが使えるプリムスの力は〈振動〉だ。あいつの鼓膜を振動させて、女性の悲鳴のような声を聞かせた」
と、修道士が得意げに言う。
「へえ……。そんなことができるんだ」
と、ミリスが感嘆すると、修道士はさらに付け加えて言う。
「もちろん、この能力は戦闘にも使える。筋肉を振動させて活性化して身体能力を伸ばしたり、空気中の分子に振動摩擦を加え、爆発を起こすことができる。そして、その爆発するときに起きる光の輝きは神の光だと教会のガキどもに人気なんだぜ」
(……べらべらと余計に手の内明かしてるし。調子に乗るタイプだな、こいつは)
と、ミリスはぐだぐだとしゃべり続ける修道士を見ながら思った。
「ねえ。お兄さんの名前はなんですか?」
レインは修道士の語りに割って入って聞いた。
「あ、そういえば私も名前言ってなかったね。私はミリス。ミリス・ヴェスタ。師団所属の戦闘士官だ。そして、この子のことはレインって呼んであげて」
「ん、ああ。オレは、クラエル。クラエル・アーバオール。コルトタウンの教会に勤めている。この事件の間、よろしく頼む。 ……って、のんびりしてる暇はないか。警備が戻ってくる前にさっさと行こう」
修道士クラエルは、勝手に気持ちを切り替え、勝手に仕切って、勝手に走って廃坑に入っていった。
「あ、まってよ!」
レインはあわてて後を追う。
「走るなよ……。ただでさえ崩れそうな廃坑なんだから……」
ミリスはぼやきをいれつつ、廃坑の中に踏み入る――と、その時。
「――ミリス、何を、しているの」
ミリスは凍りついたかのように全身が強張り、一気に汗が噴き出した。息の仕方を忘れたかのように呼吸が止まる。
「――テオ……さん……」
振り返ることもできず、それだけをつぶやいた。
ついさっき、キャンプで聞いたばかりの声だ。すぐに声の主を理解した。
いつからいた? どこから見ていた? 何を言うべきだ? ――脳が渦巻くように、思考がぐるぐるとめぐる。
廃坑の中からレインも気付いたようで、こちらを恐れるような顔で振り向いて見ている。
「……レイン。クラエルと先に行ってて……。この場はごまかすから……。すぐに追いかける」
と、小声で言う。レインは少しの間ためらいを見せたが、うなずきを返して名残惜しそうに廃坑の奥へ消えた。
そして、ミリスは背後にいるテオさんのほうへ振り返った。
テオさんは数歩先で、静かに、まっすぐこちらを見据えて立っていた。
「ミリス。どうしたの? そこで、何をやっているの?」
テオさんの声は穏やかだった。責める気も失望の気も感じさせない、ただ純粋に疑問をぶつけるかのような口調だった。
「テオさん……、これは……」
何も考えがまとまっていないのに、とにかく言葉を口に出した。考える時間を稼ぎたかった。
私が黙りこんでしまうと、テオさんのほうが口を開く。
「安心して、ミリス。責めるつもりはないわ。でも、ちょっと、ワケは知りたいかな。……やっぱり、何か困っていることがあるんじゃない?」
テオさんはそう言いながらこちらに歩み寄ってくる。まるで、人慣れしていない捨て猫に近づくように、一歩一歩じっくりと歩いている。まさに汚れた子猫に手を差し伸べるかのような優しい瞳をしていた。
「言って、ミリス。隠していることがあるなら。……私がミリスを責めると思う? もしかしたら、協力だってできるかもしれないわ」
テオさんの歩み寄りに、絶え絶えだった呼吸が次第に平静を取り戻す。
(そうだ……。その通りだ。テオさんなら、恐れることはないじゃないか?)
テオさんには、これまでとっても世話になってきた。いつも私の気持ちを見抜いているかのように、何度も励ましてくれた。
そんなテオさんが、レインのことを明かしたとして、私の気持ちをよそにした行動をするだろうか。
少なくとも話し合う余地はあるだろう。なんなら、よりよい解決法を提案してくれるかもしれない。……そういう人だ。
(今ここで……全部話してしまって、テオさんとも協力していったほうが、断然レインのためになるんじゃないのか?)
どのみち、この場をごまかす言い訳など、今すぐに思いつくわけがない。
――ごくり、と唾を飲み込む。そして、言う。
「テオさん……すみませんでした。隠すつもり、と、いうか……、巻き込んで迷惑かけるのが、その、よくないと思ってて……」
「ふふ。今さら私に気を遣うつもり?」
テオさんはおどけるように笑顔を見せる。
私はそれを見て、すっ、と体が軽くなった気がした。
「そ、そうですね……。いつも迷惑かけてばっかりで。今回も、相談しちゃっても、いいでしょうか? テオさん……」
「いいよ」
と、テオさんはなんともないように答えた。
それを見て私は覚悟を決めた。言おう。そうすれば、隠すことの心苦しさからも解放されるのだ。
「……実は、師団基地の病室にずっと意識不明の少女がいるんですが、その子は、〈霊体〉のプリムスを持っていて……、眠っている体から魂だけが抜け出して自由に動けるんです。突拍子もないことを言ってるのは自覚あります。でも、実際に、今も、私と一緒に行動していて……」
そこまで言って、テオさんの顔色をうかがうと、テオさんはあごに手をあて真剣に聞いているようだった。
私は一呼吸おいて続ける。
「私が見つけるまで、あの子はずっと一人で廃炭鉱の奥にいたみたいで、体に戻ると、悪夢を見てしまうらしいんです。でも、体は目を覚ますことができなくて、それで……」
どこからどこまで説明すればいいのかわからなくなって、次第にしどろもどろになってしまう。
「へえ。それで、ミリスはその子が一人っきりで怖がらないように、一緒に行動しているってこと?」
と、手間取る私に、テオさんが助け船を出す。
「そ、そうなんですよ。これまでもいくつか任務地にいって、……もちろん危険ってことは承知の上です。それでも、一人にはできなくて……。魂とはいえ、ケガがないように私がしっかり守るようにしているつもりです。……と、いってもあの子はすごくて、あんな小さい子なのに、プリムスを使いこなしてて、守るどころかむしろ私のほうが助けられることが多かったりって。はは……」
「今回もその子と協力して任務に?」
「ええ。まあ……。レインには人の魂が見えるっていう力ももっていて、犯人や人質を探し当てることができるかもしれないんです」
「レイン?」
「あ。その女の子の名前です」
「そう。……大体、状況がわかったわ。ありがとうミリス。話してくれて」
「……いえ、これまで変に隠しててこちらもすみませんでした」
「ほんと、早く言ってくれればよかったのに。ミリス、いままでがんばったね。偉いわ」
「え、はい。でも、そんな褒められることはしてないですよ。むしろ、悪いことだと思いますし……」
「いいえ。記憶を失い何もわからなくなったレインちゃんを支え、励ましてあげていた。これってミリスのやさしさがなせることよ。普通ならわけもわからず見捨てても不思議じゃないわ」
「はは……。それは、まあ。たまたま私にレインの声が聞こえた、責任とかもあってでして……」
「もう安心していいのよミリス。これからは私が見ていくから。ミリスはもう責任を負わなくていいわ」
「……え」
うつむき加減に話していた私ははっ、として顔を上げた。テオさんはいつの間にか私のすぐ前まで近づいてきていた。
「レインちゃんのことは任せて、ミリスはこれまで通り自分の任務に集中するといいわ」
と、言いながらテオさんは私を通り過ぎる。
「あ……。テオさん、あの……」
なんだ? テオさん何を言っているんだ?
レインのことは任せて? テオさん、なんでそんなことを?
「テオさん、まってください」
私はそんな言葉しか出なかった。テオさんの背中に向かって手を伸ばす。
(あれ? そういえば、テオさん、さっき……レインが記憶を失ってる、とか言わなかったか? 私、レインには記憶がないって言ったっけ? なんで……テオさんが知っているんだ? レインの姿も声も聞こえないはずのテオさんが! ――何かおかしいぞ! なんだこの胸騒ぎは――っ!)
「――テオさんっ! レインのこと、なにか知っているんじゃないですか!」
と、声を上げ、前に踏み出そうとすると、
――ドッ。
私の両ひざが地面に落ちた。
(――え? 何かにつまづいた? いや――)
自分の足を見ると、つま先が地面に埋まっていた。
「こ、これは……」
――私は知っている。これは――、
「テオさんっ! どうしてっ! これは、テオさんの能力! ――〈浸食〉のプリムス!」
「――慌てないで」
と、テオさんが言う。顔だけをこちらに向けて私を見下ろしている。もうそれまでの穏やかな表情は消えてなくなっていた。
「そこでじっとして、動かないで。――今、あなたの足は地面に〈浸食〉していっている。もがけばもがく程、足は地面に沈む」
足を引き抜こうとするが、地面と一体化したかのようにまるで動かない。それどころか、さらにずぶずぶと地面に埋まっていく。
あわてて手で地面を掘ろうとするが、土は固く、とても素手で掘り返すなんて無理だ。
「テオさん! どうして! こんなことを!」
私が叫ぶと、テオは目を伏せた。
「……これは、あなたのためよ、ミリス。お願い、私が離れるまで、じっとしていて。私が離れれば自然と能力が解除される。……そのまま何もせずにいてくれたら、全身が地面に埋まってしまうことはない」
私は自分の顔が蒼白するのがわかった。すでに私の両足は足首まで地面に埋まっていた。
「はあ……っ! はあ……っ!」
どうにか抜け出そうとして地面を掻いたり、体を色んな方向に動かすが、ますます地面に埋まっていく一方だった。
そうしている間にテオさんは背中を向けて歩き出していた。




