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第五話 爆発

 

 ミリスがキャンプから出ようと出口に近づいた時、外から誰かが入ってくるのが見えた。


「あ、ミリスじゃない?」


 入って来たのは先輩のテオさんだった。こちらに気付いて声を掛けて来た。


「テオさん! テオさんもこの任務なんですか?」


「そうだよ。本当は別の任務にあたっていたんだけど、近くだったからか急遽こっちに動員されたの。あらかた状況は聞いたけど、なんだか大変みたいね」


「はい、そうなんですよ。人質の命の危機かもしれないのに、廃坑を通れないって足止めくらってて……」


「そうみたいね。――それで、ミリス、今どこに行こうとしてたの? 慌てていたみたいだけど」


「あ。いえ、ちょっと外の空気を吸おうとして……それだけです」


「そう」


「では、失礼しますね」


 と、ミリスは軽くお辞儀しながら、テオをすれ違ってキャンプを出ようとする。


「ねえ、ミリス」


 出口から外に片足を踏み出した時、背後からテオさんの声がかかる。


「え、はい?」


 振り返ると、テオさんはまっすぐこちらに視線を向けていた。


「ミリス、大丈夫? なんだか最近、すこし変、じゃない?」


「……え? そ、そうですか、ね?」


 ミリスは内心びくり、としたが、賢明に感情を抑えて返事をした。


「この前、うちの弟のミュオが言ってたんだけど……、独りでぶつぶつと話しながら歩いてたって。なにか、悩み、でもあるんじゃないかって思って」


 ミリスのぎくりとして口を閉ざすが、すぐに言い訳を頭の中でめぐらせる。


「ははは……。そんな時もありますよ。ちょっと考え事に集中すると声がでちゃうとかあって……。そんなにたいしたことないですから」


 と、ミリスははぐらかす。額に冷えた汗が垂れる。


「ふうん、そう。それなら、いいんだけど」


「心配してくれてありがとうございます」


 と、言って、ミリスはそそくさと外へ出ていった。


 キャンプから離れると汗を拭って、深く呼吸をした。


(ふぅ……。あぶなかった。テオさん鋭いところあるからな。それに、ミュオとかいう弟さんに見られていたとは。ミュオっていうと……、この前のハーベラル村の山でそんな名前を聞いたような。どこかで見られていたんだろうか)


 ミリスは物陰に立ち止まって辺りを見回し、人がいないか確認した。テオさんもキャンプの中に入っていったようだ。


「ミリス、大丈夫?」


「うん、気を付けないとだめだね……。ほんと誰に見られているかわからないな」


 そして、ミリスはうす暗い中、人に見つからないように駐屯地を抜け出した。




 登り坂を道なりに進むと、寂れた廃坑の入り口が見えた。


 錆びついた鉄格子に囲まれており、壁や地面には苔や雑草が茂っている。


 そして、その入り口の前では、二人の人物が向かい合っていた。


「――おいっ! いい加減、通してくれよ!」


 と、大声を上がった。どうやら二人の人物は会話……というより何か言い合ってるようだった。ミリスは驚いて足を止め、遠巻きに二人に注目する。


「お前こそ、いい加減にしないか! 一般人を通すわけにいくか!」


 そう怒鳴り返したのは、廃坑の入り口を立ちふさがるように立っている調査隊員っぽい男だ。警備の担当だろうか。


 それに対面しているのが、フードをかぶった……修道士だろうか。


「オレはこの事件の関係者だ! 士官学校の出ているし、FRANとの闘いも慣れている! 士官になれっていうんなら今なってやるよ! だから、ここを通せ!」


 と、修道士がわめくように声を上げた。


「無茶苦茶なことを言うな! 犯人の捜索は我々にまかせて、さっさと街へ戻れ!」


 と、立ちふさがる警備の男が負けじと怒気を込めて返した。


 ミリスはその二人の喧騒に呆気にとられ、ただ眺めていた。


「なんかすっごいもめてる……」


 と、ミリスがつぶやくと、


「ねえ、ミ、ミリス……あの……」


「ん? どうしたのレイン」


 レインを見ると、眉を下げ困ったような表情をしていた。


「あのね、あの人が、わたしが言ってた強い感情を出している人、だったのかも……」


「あー……。そういうこと、か」


「ご、ごめんなさい、ミリス。無理して抜け出してきたのに……犯人でも人質でもなかった……」


「まあ、これだけ感情を爆発させている奴がいたら、勘違いしてもしかたがないか」


 と言って、泣きそうな顔をするレインの頭にやさしくなでる。


「とにかく、あの修道士みたいな人を止めにいくか」


 と、気を取り直して、揉めている二人のもとに向かって歩き出す。


 そして、修道士の近くまで来た時、


「ええい! ダメなものはダメだ!」


 と、警備の男がふたたび怒号を飛ばした、と同時に、修道士が突き飛ばされる。


「おっ、と」


 すぐ背後にいたミリスはとっさに修道士を受け止めた。


 すると、警備の男はミリスに気付いて言う。


「む。君は、士官部隊の者か? すまないが、そのブラザーを街まで送り届けるように誰かに頼んできてくれないか? しつこくて困っているんだ」


「はあ」


「チッ、頭の固い奴め……!」


 と、体勢を戻しながら修道士が低い声で言った。


「あっ! ミリス、その人から攻撃的な意思を感じるよ!」


 と、レインがすかさず声を上げる。


「――えっ、ちょ、ちょっと君、無茶はやめたほうがいいっ!」


 と、ミリスは慌てて修道士の肩を掴んだ。


「なにっ……?」


 と、修道士は、いらだちの表情を見せながら、こちらに振り向いた。


 すると、目を見開き、ぎょっとした表情に豹変した。視線はミリスのすぐ後方に向いていた。


「――って! うああぁあ――っ!」


 修道士の大声に、ミリスも驚いて飛びのく。


「え、な、なに?」


「な、なんだそいつはああ――っ! 子どもの姿をしているが、違う! 人じゃない! 浮いてる! うっすらぼやけてる! 新手のFRANかあぁ——っ!」


「え! レインのこと、か? これは、ちがっ――」


「あんたのすぐ後ろだっ! そいつはFRANなんじゃないのかあぁ――っ! それともマジの幽霊なのかあ――っ!」


 と、修道士が騒ぎたてると、警備の男も目を丸くして「FRANだと……?」と言って辺りを警戒し始めていた。


 ミリスはハッ、として焦る。


「う、うるさい! 黙れ! 変なことを言って惑わせる気だな! いいから、こっち来い!」


 と、ごまかすように声を上げて、修道士の腕を掴み上げて引っ張る。


「いや、おい! 危ないのはあんただぞ! すぐそばにいるんだぞっ!」


 と、騒ぐ修道士を強引に連れてその場から移動した。




 警備からは見えないであろう木々の影までたどり着くと、修道士は騒ぐのをやめていたが、戸惑いは隠せない様子だった。


「……おい、その幽霊みたいなのは、無害なのか?」


「そうだよ。ほら、見ての通り、何もしてこないでしょ……。おちついて話を聞いて」


 レインはミリスの背中に隠れながら、修道士を覗き見ていた。レインも修道士の驚きの声に怯えてしまったのか、すっかり身を縮こませている。


「この子は、〈幽体〉になれるプリムスをもっているんだよ。限られた人にしか見えないみたいで、……この子の存在をあまり他の人に知られたくないんだ。だから、あまり騒がないほしいの」


 と、ミリスは端的に説明する。修道士はしばらく眉をひそめてミリスとレインを交互に見ていたが、


「なんだかわからんが……そいつは放っておいても問題ないんだな。事情は知らんが、オレが気にすることじゃないようだな。……で、言いたいことはそれだけか? オレはもう行くぞ。時間が惜しい」


 と、言い捨ててくるりと、修道士は身をひるがえした。


「ちょっとまって! あなた、教会の人でしょ? もしかして、人質を連れ去った犯人を追っているの?」


 と、あわててミリスは呼び止めた。


「ああ。人質のシスターやみんなを助けたい。オレがいながら、こんなことになるとは……そして、教会を襲った、あの野郎に必ずヤキを入れてやる……!」


 と、修道士は半身だけこちらを向いて言う。


「これは……悲しみと怒りの色だ。まじりあってどんどん膨らんでいっているみたい……胸がつまって、とってもくるしそうな気持ち……」


 と、レインはミリスの背中でささやく。レインが感じ取った感情は間違いなくこの修道士のものだろう。この男一人であふれんばかりの感情を爆発させていたということか。


 修道士は苛立ちを見せ、いてもたってもいられないといった様子だった。


「まって。私たち士官も同じ目的だから。犯人を捕まえ、人質も必ず助ける。そのために大勢集まって来たんだ。……だから、独りで無茶して突っ走るのはやめなよ」


「……こんな時に、のんきに調査や休息だのしている奴らを信じろっていうのか?」


 修道士は睨みつけて静かに言う。


「う……」


 ミリスは言葉に詰まった。が、すぐに切り返して言う。


「私たちを信じられなくても、レインの力は信じられると思うよ」


「力?」


「うん。この子は、大きな感情を察知して追うことができる。実際あなたの怒り狂った感情も、向こうのキャンプ地から察知して様子を見に来たんだ。この力があれば、犯人や人質の感情の高ぶりを感知できるはずなんだ」


 と、言ってから「それと」と付け足してポケットに入れていたものを出して見せる。


「この、ロザリオ。教会のシスターさんのものらしい。このロザリオに残った思念のようなものもレインには感じ取れて、これでさらに正確に人質を追えると思うんだ」


 ロザリオを見た修道士は目を丸くした。


「こ、これは……メイアさんのだ。間違いない……なぜ、これを?」


「教会で拾って、その場にいたライオ君がそのシスターのものって教えてくれたんだ」


「ああ……。メイアさんはそのロザリオを肌身離さず持ち歩いているからな。ライオのやつも知っていたんだな」


 と、言うと修道士は突如ひざをついて地面に手をつき、


「たのむ!」


 と、声を上げた。


「え? 何?」


 と、今度はミリスが目を丸くする。


「その……レインだったか? その子の探知能力はかなり使える……。だから、たのむ! 今だけそいつを貸してくれないか! 礼は必ず、する!」


 修道士の突然の頼み込みにミリスは困惑したが、すこしして冷静になって言う。


「あんたな……、使えるとか貸すとかって、レインを道具とでも思ってんの?」


 と、ミリスが言うと、修道士ははっ、として顔を上げた。


「あ、いや……。そうだな……。言い方が悪かった。すまない。……だが、頼む! レインの力に頼らせてくれ……。その子は、絶対に守る! 死んでも危険にさらさねえ! だから……お願いだ……」


 そこまで言い終えた修道士は地面につきそうなほど頭を下げていた。


「ちょっと……、頭を上げて。冷静になって……」


 と、ミリスもかがんで、手を差し伸べる。


「ねえ、ミリス……。この人、すごく追い詰められてる感じだよ……。今すぐ走っていきたい気持ちをひっしに抑えて、頼んでる……。わたしも悲しく、つらいよ……。だから……」


「……だから、助けてあげたいっていうんでしょ?」


 と、レインが言い切る前にミリスが言った。


「う、うん」


「私も同じ気持ちだよ。レイン。もともと私も人質を探そうと抜け出してきたんだ。

 レインがこの人に力を貸してあげたい、というのなら、私も一緒だよ」


「ミリス……」


 レインはふわっ、と明るい顔になり、ミリスに抱きついた。


 修道士の方は、さっ、と立ち上がり、


「あ、ありがとう! 本当に、ありがとう!」


 と、何度も深々と頭を下げる。


「わかったから、もう頭を上げて」


 と、ミリスはうなだれるように言った。


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