第二話 緊急
「……緊急任務?」
ミリスは携帯端末を手にとって、メッセージを読み上げた。
「それってなに?」
と、レインは首をかしげる。
「優先的に受けなきゃいけない任務……と、いうか強制かな。たとえば、今まさにFRANが街を襲ってるーとか、急を要する事件が起きた時に発令されるんだ」
「え! 大変じゃないの?」
レインが目を丸くして言うと同時に、
ビィー、ビィー。
と、基地内で鳴った警告音のような甲高い音が、病室にまでくぐもった音で聞こえてきた。
「――ただいま、緊急任務が発令されました」と、つづけて基地内のアナウンスが流れてくる。
「――任務要請を受けられた各士官は、任務内容を確認の上、すみやかに基地屋上へご参集ください。……繰り返します。――ただいま、緊急任務が発令……」
ミリスは端末のメッセージをすべて読み終えると、ベッドから立ち上がった。
「さて、早く着替えに戻らないと」
「ミリス、いくの?」
「おでかけはまた今度だね。こればっかりはしかたない、いってくるよ」
「わたしもいく!」
と、レインは眉を吊り上げて言った。
「レイン……」
レインは険しい顔のまま、むう、と口を尖らせた。
「もう、体、大丈夫なんだね?」
と、ミリスは言うと
「うん!」
と、間髪入れずレインは答える。
レインは拳を作って目で訴えかけるような表情をしていた。
任務地は近い所だが、何日かかるかわからないし、レインを置いていくわけにはいかないか。といっても、どうせ何を言ってもついてくるだろうけど。
すこし間をおいてミリスは口を開く。
「わかった。じゃあ、行こう」
と言うと、くるりと身をひるがえし、ミリスは病室のドアを開けて足早に出た。
そのすぐあとをレインはふわり、と追っていく。
ミリスは早足で廊下を歩いていくと、その足並みに合わせるようにレインが並んだ。
他の士官も何人か、急いだ様子で行き交っているのがちらほらと見えた。
「ねえ。任務内容はなんだったの? やっぱりFRAN退治?」
レインはミリスの横顔を見ながら尋ねた。
「いや、今回はちがうみたい。人が事件を起こして、それを止めるだとか」
「え? 事件? 事件って、なんの?」
想定していなかった単語にレインは口を歪ませる。
「武器をもった男が、何人かを人質を取って建物に立てこもっているらしい。それを止めるための任務だって」
「人質……。そういうのってケーサツとかがやることじゃないの?」
「犯人の男は、プリムスを使うらしい。それも強力なものらしい。時々あるんだよね。プリムスを暴走させて犯罪を起こすやつが。そういう時も、私たち戦闘士官に任されることがあるんだ」
「FRANだけでなく、……人とも戦うの?」
「うん」
ミリスは静かにうなずいて答えた。
「そして……犯人が立てこもっている場所は、コルトタウンの教会、だって」
と、付け加える。
「コルトタウン?」
病室で話題になったばかりの街の名前をレインは繰り返す。
病室を出る前から、ミリスの魂にどこか焦りの色が見えていたのは、このためだろうか。
ライオがいる教会でなければいいのだけれど……。
レインもコルトタウンと聞き、気がはやった。
ミリスは話しながらも足を止めることなく、廊下を進んでいく。
自室につくと、ミリスはスウェットを脱ぎ捨てベッドに放り投げる。そして、急いでいつもの戦闘服に着替えた。
勢いよく部屋を出ると屋上への階段へと向かい、駆け上る。階段は薄暗く、他の士官の何人もの足音が響いていた。
レインは早足のミリスから離れないように肩に抱きついていた。
屋上ではすでに多くの士官たちが並んでいた。奥には大きなプロペラのついた航空機が数機並んでいるのが見える。
ミリスは確認しながら列に従って所定の配置についた。
しばらく経つと、先頭に大柄の男が立った。
「揃ったようだな」
そう言うと、男は列を見回し、続ける。
「――私は少尉官のエリオ・レオククだ。我々の部隊は第三部隊となる。すでに航空機の準備は整っている。皆、速やかに航空機に乗り込んでくれ」
部隊は三つに分かれており、ひと部隊二十から三十人ほどだろうか。それぞれ乗り込む機体が用意されているようだった。
士官たち全員が乗り込むと、航空機は第一、第二、第三部隊の順にそれぞれ飛び立った。
***
機内では士官たちが向かうように列をなして座っている。
例によって任務地に向かう士官たちは喋る者はおらず、バラバラと、プロペラの音だけが聞こえている。航空機の揺れは少し心地悪かった。
「きゃー! 飛んでるー! すごーい!」
レインは窓の外を眺めながら、わかりやすくはしゃでいた。
ミリスは周りの目がある中でレインと会話するわけにもいかず、口に指を当て静かにするように、とジェスチャーをした。
幸いにも乗り合わせている周りの士官たちには姿も声も聞こえないようだったが、こうも騒いでいると、ひやりとしてしまう。
溜息をひとつつくと、ふと、改めてレインが人には見えないという事実に思いふける。
(保護中の意識不明の少女が、小さな子どもにも関わらずプリムスを使い、その幽体を私が連れまわしているって、冷静に考えれば私は良くないことをしてるんじゃないだろうか。
私以外にレインの姿も声も届かない。だから、レインを助けられるのは私だけだと思っていた。
だが、ライオやチェロルカ、ジルのように見える人もいる。見える人と見えない人、その基準は私にはわからないが、少なくとも私以外でもレインが見える人はいるんだ。
……ならば、私のような力も知識もないような人間がレインの世話をせずとも、いっそ師団に全部明かして、レインの記憶や親だとか調査してもらったほうがいいのではないだろうか。レインの幽体が見える他の人に託したほうが良かったりするのではないだろうか)
――そんなことを考えていると、レインが、静かに、まっすぐ私の横顔に視線を向けているのに気づき、ぎょっとした。
「……ミリス」
と、だけ言って、私の袖を掴んできた。
そのレインの顔は表情がないように見えたが、瞳の奥に不安と焦燥が渦巻いて、深い暗闇を落としているように感じた。
「大丈夫……」
そっとつぶやくように言って、指でレインの髪を撫でた。
(そうか……。レインは魂から感情が読み取れるんだ。私が不安に思ったり、迷いを見せたら、それを感じ取ってしまうんだ)
――レインはもっと不安なのだ。
師団に明かせば、当然私なんかと一緒にいられることはないだろう。
プリムスの調査から始まり、身元の判明や体の治療を終えるまで病室から出ることは許されないだろう。
今もっともレインが恐れていることは、孤独。そして、悪夢。
レインは自分の体に幽体を戻すと、逃れられない悪夢に苛まれ、正気でいられないほど憔悴してしまう。
病室に閉じこもり幽体になることも制限されたら、レインはどうなってしまうだろうか。
(……もう少し……もう少し、レインが記憶をすこしでも取り戻すまでは、私が突き放すわけには……〉
私が前向きな気持ちを取り戻すと、しだいにレインの顔は安堵の表情をにじませる。
そして、航空機がコルトタウンに到着するまでの間、膝に座るレインの髪をやさしく撫で続けた。




