第一話 休暇
「さあ、レイン、今日もやるよー」
ミリスが病室の扉を開けつつ言った。
ゆるくカールのかかった紫の髪を適当に一つ縛りにして、黒いキャミソールとスウェットパンツのラフな格好をしていた。
すっかり休日スタイルだなあ、とレインは思った。
「うん」
と、答えると、レインは自分の体が眠るベッドにふわりと腰をかけた。
〈幽体〉の透き通った青色の髪がゆったりとベッドに垂れた。
――レインは〈幽体〉である。生身の体はベッドに眠り続けており、魂だけが分離して動いているのだ。
「今日も授業?」と、レインは首をかしげて言う。
「そう。あまり長く休んでいられないからね。大変かもしれないけど、ちゃんと聞いてね」
「うん。わたしは大丈夫」
ハーベラル村での任務を終えて帰ってきてから、ミリスは数日休暇をとると言って、今日で三日になる。その間ミリスはレインの病室に毎日通っていた。
〝授業〟というのは、ミリスが士官学校で学んできたプリムスや戦闘技術についての話だ。レインにもわかるように、できるだけ簡単にかみ砕いて教えていた。
(……ミリス、わたしが倒れたこと、気にしてるんだろうなあ)
レインは先の任務で、プリムスの力を酷使してしまい、気を失って倒れてしまった。
ミリスはそれを、倒れる前に止めるべきだった、と自身を責めているようだった。
「でもミリス、いいの? さっき通りがかった人が言ってたのを聞いたんだけど……、手のあいてる士官さんたちはみんな、コルトタウンの任務にいってるって……」
「あー。いいよ。気にしなくて。そんな大した報酬でもないし」
「そういう問題なんだ」
「緊急性が高ければ、そうも言ってられないんだけど、いまのところは任意だからだいじょーぶ」
と、ミリスはにっこりとして言った。
「さ、今日はどこからやろうかな。……あ、そうだ。プリムスを使ううえで〝適応細胞〟についてから知らないとだめかな」
ミリスはレインの隣に腰をかけ、小さな手帳を広げて文字を書き始める。
「適当細胞……ってこう書くんだけど、これはFRANたちがもっている細胞で、環境に〝適応〟するために生まれた、進化するための細胞って言われているんだ」
ミリスは、矢印を伸ばし〝人〟、〝プリムス〟と、つなげるように書き込む。
「この細胞を、人の体内に組み込むことで、私たちはプリムスっていう特殊な力を扱えるようになったんだよ」
レインはミリスの体にもたれかかって手帳を覗く。
「と、いうことはぁ、FRANからその細胞を借りて、人も進化したってこと?」
レインはあごに指を当てて言った。
「そういうことになるね。それと、プリムスだけじゃなくて基礎的な体力や筋力も底上げされるんだ。適応細胞を入れてない一般の人よりも私たちは強いんだよ」
「へえ。でも、そんな強くなる細胞って、体に悪くないの?」
「まったくリスクがないってわけじゃないけど……。病気になったりする例はいまんとこないみたい。ただ、15歳以上じゃないと適応細胞を入れてはいけないって決まりはあるけど」
と、言ってからミリスの口が止まる。
レインの年齢は知らないが、見た目から言うとおよそ11か12歳ほどだ。すくなくとも15を超える顔や体型ではなかった。
「え、っと」
記憶を失っているレインがどんな事情をもっているのか、わからないが、余計な不安を与えまいと、ミリスは口ごもった。
そんなミリスを、レインは不思議そうに、くりっとした瞳で見上げた。
「……とにかく、私たちはこの適応細胞を入れることによって、あの凶暴なFRANに対抗できるってわけ」
「うん」
と、レインは素直な返事を返した。
「それで、ここから大事なことだけど。このプリムスの力を使うと、急激に体力を消耗するんだよね。……要するに、とっても疲れる。どれほど疲れるかっていうと、全力ダッシュで100mを走るくらいって言われてるんだ」
「全力で……?」
レインは自分が走る想像をした。
「そう。だから、むやみに連発すると、体力が尽きて動けなくなるんだ。ただ、もちろん個人差はあって、体力がある人やプリムスの使い方がうまい人はすこしの消耗で使えたりするんだけどね。そういうことから、士官学校ではまず体力づくりから始まるんだよねえ」
「体力……」
レインは伏し目がちに言った。レインは自分の本体を動かせない以上、体力面を鍛えるのは厳しいだろうと自覚した。
そんなレインの気持ちを汲んだのか、ミリスは気まずい顔になる。
「体力はともかく、レインなら、プリムスの使い方を上達させていくことはできると思う。今でも訓練したそこらの士官よりも上手くプリムスを使いこなせるんだから!」
「上達、するには、どうすればいいの?」
「……てっとり早いのは、プリムスをどんどん使うことかなあ。それで自分なりに効率的な力の引き出し方がわかってきたりするし。あ、もちろん無理したらダメだけど」
「こうりつ……。そういえば、船の任務で会ったチェロルカは、とってもプリムスの使い方が上手かったんだよね?」
「うん。あれはすごいね。たしか年齢は16で、適応細胞を入れてから1年ほどなのに、あそこまで使いこなせるのは、センスとしかいいようがない……」
「うらやましいなあ」
「……私もだよ。レイン。私なんて19にもなるのに、いまだに使いこなしてる感じがしないし……」
ミリスは気を取り直すように首を振ってつづける。
「でも、本当はあまりプリムスを連発しないように、武器や体術を使って、体力を温存するようにインターバルをうまく挟むんだよね。さっき士官は体力作りから始めるっていったけど、プリムス以外でも最低限の戦闘技術をつける意味もあるんだ」
「わたしみたいに気を失っちゃわないようにみんな訓練してるんだね……」
しゅん、と小さくなるレインの頭にミリスは手を置いた。
「そういうこと。自分の体力を考えながら戦わないとね」
「でも、ミリスもよく、立ってられなくなるほど連発してない?」
「うん……。気を付ける……」
と、ミリスはうつむいて言った。そして、はぁ、と一つ溜息をついて続ける。
「この前のハーベラル村での任務の時だけどさ、ジルはナイフとか銃とか、うまく武器とプリムスを絡めて、バランスよく戦ってたなあ」
「うん! ジルさんの戦い方ってプリムスをいろんな使い方してて、すごかった!」
「最低限の消耗かつ、効果的に……、プリムスの活用法としては理想的なんだろうな」
と、言いながらミリスはあごに手にやってうなずく。
「ねえ。わたし、リックともっと協力して戦えるように訓練する!」
と、レインが言うと、ベッドの上で転がっている小型犬サイズのリックがこちらに首を向けた。
「うん、いいと思う。リックと息を合わせる……。たとえば、リックが攻撃するタイミングの時だけプリムスの力を込めれば少ない消耗で戦えるかもしれないね」
「さっそくやってみる!」
「今はだめ。もうちょっと休んでからね」
「えー! もう十分休んだよー!」
と、レインはむくれっつらを見せた。
「……そういえば、リックといえば、ライオはどうしてるかなあ。 しばらく立つけど……元気にしてるといいな」
と、話を変えるようにミリスは切り出した。
それを聞いたレインはぱっ、と明るい表情に切り替わる。
「あ、リックもライオの様子、見たいって思ってるかも! ねえ、休みの間にコルトタウンにおでかけしようよ!」
「うーん、そーだねえ。まあいいか。部屋で休んでるだけより気分転換になるかも」
「やった! あ、でも、ライオにリックと会わせてあげるって……やっぱりダメなの?」
「うん。私はやめたほうがいいと思う」
「なんでぇ?」
「……リックが亡くなった事実は変わらない。中途半端に姿を見せて思い出させるのはかえって悲しい思いをさせるかもしれない」
と答え、ミリスはつづける。
「これからレインがずっとライオの隣でリックを実体化し続けられるっていうなら止めないけど?」
と、ミリスは少しだけいたずらっぽい表情で言った。
「う……」
と、レインは口を閉ざすと、ミリスはうつむいて顔に影を落とした。
「それと……私が殺めてしまった事実も変わらないんだ。ライオに対して責任をもつのは私だけでいい。レインは心配することないよ」
「ミリスだけのせいじゃ……」
――と、その時、
ビー、ビー。
と、ミリスの携帯端末が、ポケットの中から鳴った。




