(Ⅲ)
教会から出た頃には、日がかたむきつつあった。
僕は今、頭の中で聞いたことを整理している。
――ミルクの男が去ったあのあと、僕は仕方なく一人で本棚を漁っていると、シスターが帰って来てふたたび声を掛けてくれた。
僕は事のあらましを、ほどよく的確に伝えると、男はしっかりと叱られていた。
そんな情景を眺めていると、なんだかテオさんに叱られるミーアに似てるなあ、と思った。
説教がひと段落すると、シスターは申し訳なさそうにしながら、改めて僕にコルト教について話をしてくれた。
シスターの話は本当にわかりやすく、かつ簡潔に話してくれて、質問にも適宜答えてくれた。
それでも、諸所に専門用語や比喩的な話が入り、すんなりと理解できるわけではなかったが、全二十四巻なる膨大かつ難解な教典を読み解くことと比べればあまりにやさしいことである。
僕は頭の中で自分なりにまとめながら聞いていた。
コルト教の由来をざっくりと説明するとすれば……こうだろうか。
『――世界に降り注ぐ灰がおさまり、地下から人類が出て来た時、人々はまず地上での社会を再構築しよう、というところから始まった。
しかし、食料難にあえぎながら地下生活が長く続いていた人類の身と心は荒んでいた。
そのため、国や社会の形成を目指す中でも、人種や思想の違いから争いが絶えなかったという。そのうえ地上に蔓延るFRANによる脅威に晒され、人々の生活の復興は絶望的だった。
……そんな時、突如、天から二神の女神があらわれたという。
――二神が互いの手を合わせて祈ると、たちどころにバラバラだった人類の言語、思想、文化をひとつのもとに統一された。
――二神が互いに手を交差すると、荒れ狂うFRANが一度に退いた。
そして次に、女神たちは、大陸をそれぞれ新たな国に分け、領土、民衆、資源、技術などを人類にとってもっとも正しいとされる分配を行った。
それからも女神は、残った灰を取り除き、土地を潤し、川を浄化し、次々と、人々を救い、導いていった。……かつて旧時代に栄えていた人間社会を取り戻すために』
――それがコルト教の女神神話の始まり、らしい。
ここからは僕の推論になるが、人が地上を取り戻した時、まず発生しうるのは、領土の奪いあいだったのだろう。長い年月で大陸は形を変え、FRANにも阻まれ、限られた土地を求めて争うのは自然なこととだと思う。
そんな争う人類をひとつにまとめたのは、宗教、だったのかもしれない。
何か、〝物〟あるいは〝人〟を神に見立て、人類をひとつの信仰のもとに思想を統一することが社会形成の第一歩となったのだろう。
もとより、人の文化というのは、存外そういうことから始まるのかもしれない。
僕はそこまで考えて肩の力を抜いた。
……これだけの情報で正解が出せるわけではない。だけど、人の歴史の一端を知れたような気がして、僕は胸がすっ、と軽くなった気持ちだった。
そして、僕はポケットからロザリオを取り出して眺める。
これはシスターからお土産にもらったものだ。教会のシンボルを模してあり、参拝する際に携帯しておくのが習わしらしい。
任務が終わったら、一度、参拝してみるのもいいかもしれないな。一度は滅びた人の歴史をふたたび刻み始めてくれたコルト教への感謝のために。
「……あれ?」
と、声が出た。眼前にかかげたロザリオ越しに見知った人物。――ミーアが一人でこちらへ歩いてくるのが見えた。
「ミーアさん? どうしてここに?」
と、目線が合うと僕は声を掛けた。
「はぁ? あんたこそ何でいんのぉ?」
ミーアは僕に気付くと眉間にシワを寄せ、手に持っていた物をさっ、と背中に隠した。
「僕は教会のことについて聞きに来ていて……。もしかしてミーアさんも教会へ?」
「あんたにゃ関係ねーし。ていうかさあ、そのロザリオ。教会の外でわけもなくぶらつかせてんじゃねーよ」
と、ミーアは冷たく言い放った。
ロザリオはあまりに外で出さないものなのだろうか? コルト教の作法かな?
……あれ? でも、なんでミーアさんはそんなこと言ったんだ?
「ミーアさん、このロザリオを知ってるんですか?」
と、言うと、ミーアは口をつむいで目を細めた。しまった、とでも言いたげな顔だ。
「もしかして、ミーアさんはコルト教徒なんですか?」
「うるせーなあ。だったら、なあんなんだよ?」
「その後ろに隠した花束は教会への贈り物、ですか?」
と、言うと、ミーアの顔がいっそう険しくなった。
「てめえなあ……意外とずかずか来るタイプなのなあ……」
ミーアは眼光を鋭くして恨めしそうに言った。
「あ、すみません。見えてしまったもので……。ぶしつけなことを言ってすみません。でも、僕、ミーアさんのことが少し気になってたんです」
「はぁあー?」
と、顔をゆがめるミーアにかまわず僕は続ける。
「ミーアさんは、その……テオさんに執着、っていうか、なんだか無理してテオさんについていこうとしているような気がして……。士官として向上心をもっていることは僕も見習いたいところですが、何か目指すものがあるのかなあって、純粋に興味があるんです」
「てめえ、ほんと、疑問に思ったことには一直線だよなあ。バァカみたいに!」
「失礼があったらすみません。でも、ミーアさんのことも知っておかないと、テオさんにも迷惑かかるかもしれないし……」
今回もテオさんに、ミーアのことをよろしく、と言われたけど、結局放り出す形になったし。いつまでも苦手だとか言って避けてはいられないだろう。こちらからすこしでも歩み寄ることも必要かもしれない。
「……ちっ! 金だよ! 金に決まってんだろ! くっだらないことわざわざ言わせるなってーの! 戦闘士官はがっぽり稼げるっていうから志願したし、それ以外なんにもねーよ!」
テオさんの名前を出したからだろうか、ミーアは面倒そうではあるが、答えてくれた。
「僕が思うに、そのお金って、もしかして、教会への献金のためではないですか?」
それを聞くと、ミーアはぴくり、と目を見開いて、すぐ伏せた。
「僕、以前、テオさんから聞いたことがあるんです。ミーアさんは孤児院で育ったって。どこの孤児院、とまでは聞いてませんでしたが。でも、もし、ミーアさんがコルト教徒なら、この街の教会の孤児院で育ったのではないですか?」
「ほんと、ずかずか遠慮のねぇやつだな、てめえは……」
と、ミーアは低い声で唸るように言ってから、溜息をついて続ける。
「――あーもう! わかったわかったっ! 別に隠すようなことでもないし。そんなに気になるんなら言ってやるよ! まさに、今てめえが出て来たこの教会の孤児院で育ったんだよ、あたしは! そんで、そのロザリオは教会の孤児院出身なら誰だって持ってるもので、コルト教徒にとって、てめえみたいに軽々しく扱ってるのを見ると腹が立つんだっつーの!」
「それは、すみません。僕の知識不足でした」
僕の謝罪にかまうことなく、ミーアは話を続ける。
「この孤児院に世話になった奴らはみんな教会のために貢献してる。単にあたしもその一人ってだけ。そうでもねーと、教会がやっていけねーってみんな知ってるし。……って、だからなんだっつーの! なんでこんな話しなきゃあならねーんだよ! これ以上わけもなく追及したら殺すからな!」
「なんで殺すんですか……。それに別に追及してるつもりは……」
「うるさあい! もう用がないならどっかいけっ!」
ミーアは話の間もずっと花束を後ろに隠したままだった。よっぽど僕に見られたくないのだろうか。花束を指摘してからは、すこし耳が赤らんでいる。
その花が教会への贈り物だとすれば、確かにミーアさんの性格上、似つかわしくない行動といえよう。
「その、恥ずかしがることないですよ。教会のために献身することは立派なことですし、花を贈ることも素敵だと思いま……」
「誰が恥ずかしがってる、だっ! アホー!」
と、叫ぶと、ミーアの顔が赤くなった。
「あ、あれ? 間違ってたらすみませんでした。……えっと、それで、ミーアさんは、教会のためにお金を稼ごうと、テオさんに教えを請うた、ということなんですね?」
ミーアの機嫌に気づかい、僕はあわてて話を変える。
しばらくミーアは僕を睨みつけていたが、
「……それもある。でも、テオさんは、あたしに親切にしてくれた恩もある。 てめーみたいに自分のことだけ考えてテオさんについていってるわけじゃねぇーから」
と、吐き捨てるように言った。
「僕だって、強くなってテオさんのお手伝いしたいと思ってますよ……」
「ふんっ」
と、ミーアは鼻を鳴らして、ぷいっ、と顔をそむけて歩き出し、僕を通り過ぎていく。
そこで、僕は思考した。
(テオさんへの、恩……か。それだけであそこまで異様なまでに固執するだろうか? ……まるで、テオさんにもっと何か別のものを求めているような……と、すれば……)
僕は振り返り、立ち去ろうとするミーアの背中に向かって、言う。
「ミーアさんは、もしかして、テオさんに、親の面影を重ねているのではないですか?」
と、言うと、ミーアは勢いよく振り返り、
「デリカシーのかけらもねえな、てめえっ! やっぱ、まじでぶっ殺すっ!」
と、怒りの形相で叫んだ。僕はその大声に思わずたじろぐ。
「す、すみません。僕が望むのは〝答え〟だけですから……」
「知るかっ! 二度とあたしに話しかけんなっ! この根暗クソネズミがッ!」
と、言い放ってミーアは力強い足取りで去って行った。
「あっ……」
と、手を伸ばすのが、引きとめる間もなくミーアは教会へ消えていった。
僕はぽつん、とその場に残された。
……またやってしまった。今のは余計な指摘だったか。僕の悪い癖が出てしまったようだ。
つい人の気持ちよりも〝答え〟を出すのを優先してしまう。反省すべき点である。
〈理論〉を使う際は人の感情面は度外視する傾向にある。これは僕自身の能力の力不足ゆえだろうな。
……しかし、今のは図星だったのだろうか?
できることなら、僕の答えが正しいのか間違ってるのか、だけ言って去ってほしかったな。
そんなことを考えながら、僕は帰路に就いた。




