第十八話 進むべき道
「……んがっ」
呼吸が途切れると同時にまぶたをひらくと、見覚えのない天井がぼやけて見えた。
やわらかいベッドシーツが腕に触れる感覚が心地いい。
(あれ? なにしてたんだっけ私? ――もう起きなきゃ。あ。でも、士官学校は……卒業したし……)
脳が呆けているのように、記憶が出てこない。口の中がからからだ。
(そんなことより……、ここ、どこだっけ?)
「あ、ミリス、大丈夫? ここ、ジルさんのおうちだよ」
ベッドのわきに立っていたレインが、私の顔を覗き込みながら言った。
「レイン……? ヘビは……、首に巻いて食べる……?」
「何言ってるの! ミリス! もう体は大丈夫なの?」
と、両手でパタパタと私の腕を叩いてきた。
「うえ? あ、そうか……」
ようやく記憶がよみがえってきて、状況を把握し始めてきた。
巨猿を追って水弾を食らわせたあと、その場で立っていられなくなって、そのあとの記憶はない。ジルが来てくれた所までは、ぼんやりと憶えているが……。
「私、あのあと急に眠くなって……、う、頭いたいな…」
そう言って、私は頭痛で頭を抑えながら、上半身を起こして周囲を見渡す。
木造の家の一室だった。こぢんまりとした、ごく一般的な部屋。だが、花柄の刺繍のカーペットとクッション、子ブタのぬいぐるみや、細かいアクセサリーや香水類が散らばったドレッサーなどが目についた。
(ん? さっき、レイン、ジルの家って言ってなかったか? ……趣味?)
レインはベッドに腰かけて、私のおでこにタオルを押し当てて寝汗を拭ってくれた。
「あのあとね、ジルさんがミリスをおぶってここまで運んでくれたの。ジルさんの妹さんが部屋を貸してくれたんだよ」
「ああ……あのシスコンの、いや、ジルの、妹の部屋か」
「ミリス、丸一日寝てたんだよ。ジルさん、自分の能力で無理をさせた、って責任を感じてたみたいで、妹さんに頼み込んで部屋を借りたんだよ。あわただしい基地のいりょう室より、静かでしっかり休ませたいってここを選んだみたい」
「そう、なんだ」
「あ、それと、あの大きなFRANのこと、ジルさんが全部報告してくれたみたい。退治したから、これで任務完了、だよね!」
「そっか、無事に倒せたんだ。ジルがとどめを刺してくれたんだね」
と、安心したが、その戦闘を思い出して、はっ、として顔を上げた。
「……そうだ! レイン、大丈夫なの? あんな倒れ方して……私、ずっと無理させて……!」
プリムスの力を多用しすぎて、レインは倒れてしまった。その後も私をサポートするためにリックを向かわせたりして、相当無理をしたはずだ。
「もう平気だよ。わたし、自分の限界もわかんなくって、心配かけてごめんね」
慌てる私をよそにレインは何事もなかったように言った。。
「……ううん、私が気にかけられなくて……私」
「士官さんが訓練するのってこういうことにならないためなんだね! 勉強になっちゃった!」
と、レインは私の声をさえぎるように言う。
レインの優しい微笑みに、私は口をつむいでしまった。
(……レインのこういった気丈さに見るたびに胸を締め付けられる。どうしてこの子は、こうも優しく健気なのだろうか……)
何も言わずレインの顔をじっ、と見つめていると、レインは首をかしげた。
しばし顔を見合わせていると、
――トントン、と、ドアをノックする音がした。
「はい」と、返事すると、そっとドアが開き、女性が顔を覗かせる。
「あんた、目、覚めたんだ? 具合はどうなの?」
釣り目がちで、ぱっちりした目をこちらに向けて尋ねてきた。すこし日に焼けた肌に長い金髪が垂れている。
「……この人はジルさんの妹で、シキさん、だって」と、レインが小声でささやきかけてきた。
「あ、はい。体調はもう大丈夫、みたい。あの、ベッドを貸してくれて、ありがとう」
と、私は妹のシキに向かって言った。
「気にしないで。あと、兄貴が、体調がよくなったら勝手に帰ってくれってさ」
と、言ってから少し間をおいて、シキは大袈裟にうなだれてつづける。
「てゆーかあ、部屋貸すぐらい全然いいけどさあ、アイツ! マジ、むかつく! 急に女連れてきたと思ったら、……俺は旅団を辞めた、しばらく帰らない、とか、まじで意味不明なんだけどー」
「えっ!」
シキの言葉に不意に声が出た。
(ジルが旅団基地を辞めた……つまり、士官を辞めたってことか?)
シキは調子を変えずに続ける。
「ワケを教えやがらねーからさ、じかに旅団に聞きにいったら、……警告を無視して何度も何度も単独こーどーしてたらしくて……、今回もやったみたいで、謹慎処分を言い渡されたんだって! それで、その場で、辞めるー!って言い放ったんだと!」
シキは、つややかな顔にしわを寄せて、険しい表情になっていた。
「ほんとありえんし! これからどーすんだよって感じ! ねえ、あんた、あのアホ、どこいったか知らない?」
と、吐き捨てるように聞いてきた。
「ごめん、私は何も聞いてない……」
「はあ。ま、あいつがどうなろうと、しったこっちゃないけど! あんたもアイツの勝手に巻き込まれたってクチでしょ? 代わりにあたしが謝るわ。ごめんね。簡単な朝ごはんなら用意できるけど、どう?」
シキはそこまで一方的に言い切ったあと、私の返答を待つ。
「あ、いえ、そんなおかまいなく! もう本部へ戻らないと。本当にお世話になったよ、ありがとうシキさん」
「……あれ? あたし、名前言ったっけ?」
「あ。ええと、いや、ジルに聞いたから」
「そ。アイツ、どこでもあたしの話するからね。じゃ、ごゆっくり」
と言って、シキはドアを閉めて出ていった。
(なんか、ハキハキした子だなあ……)
シキの足音が遠のくのを確認してから、隣でレインが口をひらく
「ジルさん、どうしちゃったんだろうね……」
「もともと組織染みた行動が苦手だったのかもね。ま、あのヒネた性格じゃ、一人のほうが都合いいと思うよ。ふふ」
と、乾いた笑いを付け足した。
「もうミリス、あんなに協力してきたのに、悪くいっちゃだめだよ!」
「はーい、ごめんなさい。次会うことがあれば、ちゃんとお礼言うから」
と、投げやりに答えたあと、私はベッドから起き上がって部屋の隅に置かれていた荷物類を持ち上げた。
「わたし、ジルさんがちょっと心配」
レインは指いじりをしながら私に聞こえるようにつぶやいた。
「ジルにはきっとジルが選んだ道があるんだ。縁があれば、私たちの道と交わることもあるかもしれない。その時は、しっかり協力してあげようよ」
「うん……」と、レインは名残惜しそうにうなづいた。
「さ、帰ろうか。私たちも進むべき道をいかないと、ね」
そうして、私はドアノブに手をかけた。
(……私達の道――それはレインの記憶の手掛かりを探すことだろう)
……レインが無理をして倒れた時、改めて思い知った。
私はまだ、レインのことを何も知らないんだ。レインの過去はもちろん、レインの体調も、今、どういう気持ちでいるのか、何を考えるのかも、私にはわかってあげられないんだ。……それがどうにも悔しかった。
そんな無力な自分。――それでも、やってやらなきゃいけないことはある。決して遠回りしてはいけない道がある。
必ずレインの過去を見つけだす。そして、歩むはずだった軌跡にふたたび沿ってゆくように導いていきたい――。




