第十五話 自由なる弾丸
〝――バチンッ!〟
肉が弾ける音がした。ジルが放った弾丸は命中。
――だが、巨体の頭部は貫かれていない。
巨体はとっさに腕を上げ、ジルが放った銃弾を防いだのだ。
巨体の腕からは血しぶきは飛んだが、銃弾はその筋肉質に弾かれ、地面に落ちた。
「……ライフル弾をはじく筋肉……」
そうささやくジルの顔は青ざめていた。
巨体は怒り狂ったように興奮状態だった。
足に絡む木の根を、両手で力まかせに剥ぎ取り始める。
「リックっ! お願い! ――きをつけてっ!」
レインが叫んだ。
犬の霊リックがレインの影から飛び出る。
バウッ、と吠えるとともに体が本来の大きさ――1mを超える体長に化け。獅子のようなたてがみをもった巨躯が空を舞う。
歯と牙を剥き出しに、巨猿のFRANへ飛び掛かった。
巨猿が反応する間もなく、リックは首に噛みついた。
〝――グァッ、アッ!〟
巨猿は声を上げ、のけぞる。そのままリックに倒されそうになったが、全身を硬直させて踏みとどまった。
巨猿はすかさず、腕を伸ばしリックを掴みかかろうとする。
リックはその動きを反応し、噛みついた口を放して巨猿の背後をとるように回り込んだ。
そして、リックの鋭い爪が巨猿の背を襲う。
硬い筋肉を貫くことはなかったが、皮膚が切り裂かれて血が飛ぶ。
〝――ガァア!〟
巨猿は抵抗するように、腕を振り回す。
しかし、リックはすかさずステップして避ける。そして、位置を変えてふたたび飛び掛かって爪による切り裂き。
巨猿も必死に腕を振り回すが、リックにはかすりもしない。まるですべての動きを見切っているかのようだった。
腕を避けながらも、次々と矢継ぎ早にリックの爪の猛襲は続く。
巨猿の反射速度をリックは超越している。そのうえ、木の根に絡みつかれてその場から動けない状態だ。
リックの動きに対応するすべがなく、みるみると巨猿の傷が増えていった。
「まるで、怪獣同士の戦いだな……」
ジルは、そのふたつの巨体の激しい戦闘を、口をあけて見ていた。
銃弾を装填したが、飛び交うリックに当たってしまうことを危惧して、撃つのはひかえた。
「よし! リックが勝ってる! 私たちはとどめの準備だけしておこう!」
と、ミリスは揚々と声を上げる。
それとは対照的に、レインは両手を握り合わせ、うつむいて静かに集中しているようだった。
リックの巨猿への猛攻が続く。勢いづいたのか、動きがさらに加速していく。
そんな中、やがて、巨猿が身を守るように、上げた腕を交差する体勢取った。
たまらず防御を優先したのだろう。
――それを見るや否や、リックはすかさず空いた脇腹に噛みついた。
〝アギァアッ!〟
巨猿は荒げた声で鳴く。
筋肉の硬直が比較的ゆるい脇腹。
――リックの牙が半分ほど、脇腹の肉に沈み込んだ。
巨猿が振り払おうと暴れると、リックはすぐに飛んでかわす。
〝――フゥ!フゥ!〟
巨猿は息があがっている。リックに翻弄される疲れと度重なるダメージで明らかに消耗していた。
休み間もなく、リックはふたたび巨猿の首に狙いを定め、飛び掛かろうと踏み込んだ。
――その時、リックの体がガクリ、と下がった。
……数秒の間。
すこし離れた位置で両者は睨み合う。……だが、両者とも動かないままだ。
風が止んだように周囲が鎮まった。
リックは飛び込む構えのまま、時が止まったように動かない。
「――どうした? リックが止まったぞ」
と、異変に気付いたジルは言った。
「え?」
と、ミリスは短く返すと、振り返った。
「う、あああぁ――! レイン――っ!」
突然、声を荒げた。
レインは倒れていた。両手を握った格好のまま、正面から倒れたようだった。
ミリスはレインを仰向けにして抱き起こす。
すると、レインの頭はだらり垂れた。その顔から大量の汗が滴っていた。
「レイン! レイン! どうしたの! なにがおこったんだ!」
ミリスは必死に呼びかける。
「落ち着け! 意識はないのか?」
と、ジルが言うと、ミリスはレインの容体を確認する。
レインの体から力はまったく感じられない。呼吸が浅い。
「息はしてる……。でも、意識がない……? これって……」
「プリムスか? あの妖精も犬も、レインのプリムスの力を使うのか?」
「う……」
と、ミリスは苦い表情を上げた。そして、口開く。
「そうだ。その通りだ……。リックの力を発揮するのは、レインの〈霊体〉のプリムスで力を与えているからだ……。リックだけでも大きな力を使うのに、同時にアウラにも力を与え続けていたんだ……。体力の、限界……」
ミリスの顔が歪む。
「やって、しまった……。レインがリックやアウラを戦わせるのに、どれほど体力を使うのか、何分もつのか、何も知らずに私は……。倒れて当然だ! 私達でもプリムスを使い続ければ動けなくなるんだっ! レイン……っ! この小さな子なら!」
ジルは、ハッ、として巨猿の方に目を向ける。
足に絡んでいた木の根は力なく地面に落ち、リックの姿は、消えていた。
そして、巨猿はこちらを睨んでいる。
それまでのダメージなど、まるで感じていないかのように、怒りと闘志にあふれた眼光をぎらつかせていた。
「ミリス! おい、来るぞ! お前はレインを抱えて離れろっ!」
ジルは叫ぶと、同時に銃を構えて引き金をひく。
〝――ドォンッ!〟
銃弾が放たれが、巨猿は腕でそれを防ぐ。
「こっちを見ろ……、俺を狙え……」
巨猿は腕を下ろすと、狙いを定めたかのようにまっすぐとジルに向かって駆けだす。
アクセルを踏み込んで急加速させたような瞬発力と速度。
とても人の足で逃げ切れるものではないと明確にわかる。
そして、ジルが銃弾を装填する間もなく、距離が詰められた。
ジルは巨大な図体の影にすっぽりとおおわれる。
その勢いのまま、巨猿は腕を上げ、ふりかぶろうとした。
――その時、巨猿は腕を構えたまま、険しい表情に変わる。
そして、動きが鈍くなり、ゆっくりと片膝が折れた。
「――くっ、間に合ったか……」
ジルは息を整えようと深く呼吸をした。
しだいに巨猿の頭は垂れていく。まぶたが閉じる。
「眠ってろ……! 脳神経の進化……。疲弊した脳は睡眠障害を引き起こす!」
ジルはあとずさりながら、手早く弾を装填する。
――しかし、その時、巨猿の腕がピクリ、と動くのを感じた。
「……なに?」
ジルが警戒すると、巨猿は片目をゆっくりと開いた。そして、開いた目の方の腕をまたゆっくりと振りあげる。
「バカな。もう覚ました……? いや……」
動いているのは、〝半身〟のみ。これは――。
半球睡眠――。
外敵への警戒や長距離移動のために一部の動物にみられる習性で、脳の半分を眠らせ、もう半分は覚醒状態を維持するもの……。
ジルは歯を食いしばった。
「……この、獣、がぁ……!」
〝――メキッ〟
骨がきしむ音。――巨猿の拳がジルの肩をとらえ、体重をかけるようにして振り抜いた。
〝――ドッ!〟
そして、後方に弾き飛び、地面に叩きつけられた。
半身しか動けない都合か、威力は半減していたが、それでも、人間の体なら軽々と吹き飛ばされる力だ。
「――ぐっ! はぁ……あっ!」
ジルが地面に伏して悶絶している間、巨猿は半身を引きずりながらも、じりじりと、ジルに近寄ろうと向かってきている。
〝バシュ——ッ!〟
ミリスの水弾が射出される音。
――ビスッ、と鈍い音とともに巨猿の背中に着弾した。
巨猿が反応し振り返る前に、続いて二発、三発と水弾が命中する。
巨猿の背後でミリスがさらなる水弾を構えていたのが見えた。
レインをどこかに休ませているのか、単身で立っていた。
「ミリス……、お前の水弾は、俺のライフル弾よりもさらに威力が劣っている……。どうする気だ……!」
ジルは体をひきずりながらも木を支えに立ち上がった。
〝――グルルルゥ……〟
巨猿はすでに半球睡眠から覚め、興奮状態に戻っていた。
そして、今度はミリスに向かって、飛び立つかのように地面を蹴り、急加速。
ミリスは反応し、とっさにサイドに飛び、巨猿の突進を避けた。
巨猿の体が木に当たると、メキメキ、と激しい音をかき鳴らして倒れる。
ミリスは体勢を戻しながら、水弾を放つ。
巨猿の体に命中するが、まるで、もろともせずミリスに向かって横一直線に腕を振るう。
〝――ブォン〟
と、腕は風を切った。ミリスは、すんでのところで真下に屈み、それを避けた。ほとんど尻もちをつくような動きだった。
巨猿はつづいて地面にいるミリスに向かって拳を振り落とす。
ふたたびすんでのところで、ミリスは転がって避ける。
空振りした拳で、地面がめくり上がったかのように砂煙が舞う。
〝――ビシッ! ビシュ!〟
その間、ミリスはその場から付かず離れずの距離で水弾を発射し続けている。
「――ミリス! なんでもっと離れないっ! そんな近距離でヤツの腕を避けられるか――っ!」
と、ジルは叫ぶが、ミリスはひたすら水弾を撃ち込んでいく。
巨猿は水弾を受けながらも、ひと踏みでミリスの一歩手前まで迫る。
〝――ウオォオオッ!〟
雄叫びのような声を上げ、巨大な両腕を振りかぶった。
――その動きの途中、巨猿はビクリ、と体を震わせた。
すると、次第に動きが鈍る。明らかに動作がスローになっていっている。
「なんだ……?」
遠目から見るジルの目にも、巨猿の動きが変化したのがわかった。
ミリスを見ると、相変わらず水弾を構えようとしていた。
……この連射には、なにか意図があるのか、とジルは思った。
(よく見れば、地面に腕を伸ばして、水弾の水を取り出している……。
地面――。いや、草、か! あそこはさっき俺が〈進化〉させた麻酔草がある所か!)
ミリスは麻酔効果のある草の成分を取り出して撃ち込んでいた。巨猿を麻痺させるために!
(そうか、ミリスの水弾は〝なんでもいい〟のだ。液状なら、毒でも薬でも〉
そこで、ジルはハッ、として、口を開く。
「樹液だっ! そのへんの木には毒を含んでいる! 樹液を使って弾を作れ!」
ジルは叫んだ。
(威力の劣る水弾でも、毒が混じれば別だ! 直接に敵に毒を撃ち込むのに、これほど効率のいい攻撃はない!)
ミリスの水弾……素材は自由に、その場で生成でき、弾数も自身の体力次第。何一つ道具を必要とせず、装填も要らず、反動もなく、射出する位置も自由。
自由なる弾丸――〝フリーバレット〟――。
ミリスの能力を形容するのにあまりにふさわしいだろう。
ミリスはジルの叫びを聞いて、その場から走り出す。
そして、目先の木に手を当て、樹液に含まれる毒を〈凝縮〉して取り出す。
(最初にジルが目つぶしに使ったのは、この毒ってわけか)
ミリスは納得しながらも、巨猿に向かって毒の弾を構える。
(即効性のある毒ならば、神経系の毒の可能性が高い!)
「――毒の水弾だ……! 決してっ! 容赦はないぞ! この、サルッ!」
〝――バシュゥッ!〟
毒弾が風を切り、――ドッ、と、巨猿の肩口に撃ち込まれた。




