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第十四話 毒

 

「なんとかなる?」


 ミリスが声をかけると、


「うん」


 と、レインは答えた。


 レインは倒れた黄色いモンギィに手を添えていた。


「だいぶ生命力は弱ってたけど……なんとか回復したみたい」


 すると、黄色いモンギィはうっすらと目を開け、ちいさく(うな)り声を上げ始めた。


 モンギィは、ネルデルに襲われ腕や足が折れていたが、ジルの〈進化〉のプリムスによって、急速に骨の接合を(うなが)した。

 そして、レインの、魂を癒す力を使い、体力を回復させた。


 モンギィはゆっくりとだが立ち上がると、その場から逃げ出すように早足に立ち去った。


「あっ、追わなくていいの?」


 と、レインはあわてて言う。


「急がなくていい。距離をおいてゆっくり追う」


 その後ろからジルは冷静に言った。


「また見失うじゃん」と、ミリスが横から言うと、


「あのモンギィの足裏から、〝色素の濃い体液〟を分泌するように〈進化〉させておいた。垂れ落ちた体液をたどれば、容易に追える」


 ジルはそう返すと、モンギィが去って行った方向へ歩き出した。


「……その進化、なんかヤだな」と、レインはぼそりと言った。


 ミリスとレインも、ジルのあとを追って歩き出す。


「それができるんなら、最初からやりなよ」と、ミリスは口をとがらせた。


「これほどの複雑な〈進化〉となると、直接触れて集中する時間が必要だ」


 ジルは振り向くことなく、そっけなく答えた。




 ***




 しばらく体液をたどりながら森を進んでいく。


 しかし、その道中は人が進むような道ではなかった。険しい、というより、通常、人が考えうる道筋ではない。


 草木をかき分けて進み、岩壁を越え、わざわざ急な坂をのぼったりくだったり、と、理屈では考えられない無茶苦茶な道のりだった。


 まさに、動物になった気分だ。と、ミリスたちは思った。


 しばらく進むとやがて、木に囲まれた小漏れ日のちらつく広場に出た。


 ――平坦で、木々の間隔が広く、比較的ひらけた場所だった。


 広場の奥へは、黄色いモンギィの体液が点々と連なっている。


「ね、ミリス」


 と、レインはささやきながら、ミリスの手をくいっと引っ張った。


「レイン。魂の気配?」


「うん。大きな存在感、みたいなのを感じるよ」


 レインの言葉を聞いてか、ジルは静かにその場に屈んだ。


「目立たないように草木に紛れて進むぞ」


 ジルは声をひそめて言った。


 ミリスたちは広間の周りを沿うように、なるべく物音を立てずに慎重に進む。




「……あれか?」


 ジルは奥の方を見据えて言う。


「なに、あれ……。あれも、モンギィ?」


 と、ミリスは眉をひそめて言った。


 ――広場の奥にどっしりと構えたFRAN(フラン)


 姿こそモンギィに似ていたが、その体長2mは確実にある。

 通常90cm前後の体長のモンギィと比較しても、その大きさは異常だった。

 そのうえ全身には、はち切れそうな筋肉が隆々(りゅうりゅう)と連なっている。

 ()()()()F()R()A()N()といったところだろうか。


「異常個体……」


 と、ジルはつぶやいた。


 どうやら地元の人間ですら驚くほどの存在なのだろう。

 ミリスはブレードに手をかけ、警戒する。


「あれをモンギィといっていいものか……。正直、俺にもわからない。モンギィを使役する縄張りのボスだから、通常よりも体がすこし大きい程度だと思っていたが、あれは……異常、だな」


 ジルは眉間にしわを寄せ、険しい表情を見せた。


 巨体のそばには、追っていた黄色いモンギィが立っていた。

 ジルの想定通り、縄張りのボスのところまで帰って来たということだ。


 黄色いモンギィは両手を振り、ギィギィと鳴いて、何かを伝えようにしていた。


 巨体はそれを、まじまじと見つめていた


 ――だが、やがて――、



 〝バキ――ッ〟



 ――破裂音。何かが折れる音。

 離れたこの場所まではっきり聞こえた。


 巨体が片手を勢いよく振るい、その破裂音とともに黄色いモンギィは弾き飛んだのだ。


 まるで、小さなボールをバットで打ち飛ばしたかのようだった。


 ――ゴッ、と、鈍い音とともに木にぶつかると血が舞い、黄色いモンギィはそのまま地面に崩れ落ちた。


 そして、巨体は、ぐるる、と唸り声をあげると、警戒するように周囲のにおいを嗅ぎ始めた。


 突然の、その異様な行動に、ミリスたちは、ぎょっ、として目を見開いていた。




(――尾行がバレたか)


 ジルは、さっ、と木の影に身を隠す。ミリスたちにも隠れるように身振りで示した。


(やつらモンギィは、色の違いをはっきりと識別できない。黄色い体色の異変に気付いたわけではなく、おそらく、黄色いモンギィに染み付いた俺ら、〝人間のにおい〟に勘づいた、か……)


 ジルはなるべく音を立てずに銃に弾を装填する。


(しまったな。モンギィのにおいも〈進化〉でごまかすべきだった。……いや、やつの嗅覚からすれば、わずかな匂いの変化も気付くか)


 やむを得ない、と言うように、ジルは銃口を巨大モンギィに向けた。


 それと同時に、巨体の視線がこちらへ向いた。


(――気付いたか。勘がいい野郎だな……)


 向けた銃口は丸見えだろう。こちらの位置は完全に把握されたに違いない。


 ――そうは思ったが、ここまで構えてしまっては、引き下がる暇もないだろう。


(撃つしかない。撃ってひるませたら、すぐに位置を変え、二発目の準備だ)



 〝――ドォンッ〟



 ジルは引き金をひいた。

 ――と、ほぼ同時、巨体は踏み込んで、分厚い肩を前に構えた。



 〝――バチィッ!〟



 と、激しい音。銃弾が肩に命中した。――が、巨体はひるまない。


(――肩で、受けたのか――っ?)


 ジルの顔はサッ、と青ざめた。それほどの筋肉の厚み。頑丈さ。


 巨体は、踏み込んだ動作に続いて地面を蹴ると、飛び込むかのようにこちらに向かって来た。


(――そして、この瞬発力っ! まずいっ!)


 ジルはすぐさま立ち上がって避けようとするが、でかい図体が一瞬にして視界を覆った。


「うっ――!」


 と、声が漏れたその時には、巨体の手のひらがジルの体に触れ、――軽々とふきとばされた。


「――ジルっ!」


 というミリスの声も途切れて聞こえなくなるほどの勢いで後方に弾き飛ぶ。



 〝――ゴッ――〟



 全身が木に打ちつけられた。

 衝撃が骨まで響きわたるのを感じた。


 ――気が遠のくほどの痛み。

 胃からすべてを吐き出しそうになるが、せき込むこともできない。


 ――激しい打撃で呼吸が止まる。息を吸うことも、吐くこともできない。



 〝――ブゥゥウンッ〟



 体を纏う電磁波——プロテクトシンボルの作動音だけが轟く。


 プロテクトで衝撃緩和されていても、おそらく、骨にひびが入っただろう。

 ジルは身動きが取れないほどの痛みと体の痺れでそう察した。


(――アアアアアアアアッ!)


 と、いますぐ叫びたい。だが、口が開きっぱなしになるだけで、喋れない。


 再びこれを食らうのはまずい。これほどのパワーなら衝撃緩和を飛び越え、間違いなく致命傷になる。追撃は避けなければ――!


「は、あああ――っ!」


 ようやく息継ぎができたジルは声を荒げながら呼吸する。


 ジルはなんとか顔を上げ、巨体を見据えると、


 〝オォォオオ——ッ!〟


 と、低い唸り声を上げ、顔を手で押さえて悶えているようだった。


(……効いていた、か。まずは、助かったか……)


 巨体のそばにある木には、ジルの小型ナイフが突き刺さっている。


(――吹き飛ばされる前に、木を〈進化〉させた……。ナイフで傷をつけた所から樹液が飛び出すように。そして、ここらに生えている木の樹液には、毒が含まれている。ひとたび顔に浴びれば、目や鼻の粘膜から染み込み、強烈な刺激を与える!)


 〝――ウォォオ!〟


 巨体の悶える声が(とどろ)く。


 そのさなか、「――ジル! 平気かっ!」と、ミリスが駆け寄って来て声をかける。


「……あぁ」


 ジルは短い返事とともにうなずく。


 ミリスはジルのダメージを察し、肩を支え上げようとしたが、


「――うぐっ!」


 ジルの声が漏れ出た。


 ―—背中に激痛。体内から電流が流れるような刺激。


「痛みで動けないのか! ジル!」


 ミリスはジルの反応を見て、動かすのをためらったようだった。


(――ためらっている暇はない。ミリス! 樹液でひるませても数秒の時間稼ぎにしかならない。ここから動かねえと!)


 と、叫んで言いたいが、痛みに歯を食いしばるしかできなかった。


 このままではまずいと思い、傷みをこらえながら地面に手を伸ばし、その辺に生えている草をわし掴みにしてちぎり取った。

 そして、それを口に入れて、がつがつと嚙みしめる。


「ジル、なにしてんだ! 草なんか食べて!」


 ミリスはぎょっとした顔で言った。


 ジルはごくん、と草を飲み込み、しばらくしてゆっくりと口をひらく。


「……う……、く、草を薬草に〈進化〉させた……」


 と、言うと、「移動するぞ」とだけ続けた。


「薬草って……そんなんで治るの?」


 ミリスは不審に思いながらも、ジルを支えて歩き出した。


 木の影まで歩くと、その間にジルはしゃべれるようになったのか、再び口を開く。


「……薬草で、傷を癒そうだなんて悠長なことをするつもりはない。体を麻痺させる成分に〈進化〉させた。――つまり、麻酔効果、だ。痛みを感じなければ、とりあえずは動くことはできる」


「それって薬というより、毒じゃないの?」


「そんなことよりも、ヤツが立ち直る前にもう少し離れたい。急所に銃弾を叩きこむまでは距離を取って何度でも撃ち続けるしかない!」


 と、言うとジルは足を引きずりながら動こうとする。


「大丈夫。ジル。しばらく、あいつは動けない」


「なに?」と、ジルは巨体の方に振り返ると、


 巨体は体を振って動こうとしていたが、その場から身動きがとれないようだった。


「レイン、大丈夫?」


「うん。アウラちゃんがやってくれてるよ!」


 ミリスのそばにいたレインが答える。


 巨体の足元を見ると、太い木の根ががっちりと足を捉えていた。


「そいつの寄生根か? いや、木そのものを操作しているのか」


「アウラちゃんが言うには、植物同士はね、魂を重ねることができて、自分の意思で木を自由に動かすことができるんだって」


 と、レインが補足するように言う。


「クソッ! この労働の対価はしっかりもらうぞオラァ!」


 巨体の方から、妖精の罵声がうっすらと聞こえてきた。


 根を伸ばしている、あの木の中に入っているということだろうか。

 本当にわけのわからん存在だな。


「――だが、この好機! 逃さない」


 ジルは手際よく弾を装填し、すぐさま銃を構える。


 (狙いは眉間。――確実に仕留める〉


 照準を確定すると、息を止め、一瞬の集中。そして――、



 〝ドォッ――〟



 銃弾が、確実に巨体の急所へ向かって放たれた。


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