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第十三話 理論と成形

 

 僕の名はオリシオ。二等戦闘士官だ。


 士官学校を出れば一等士官から就任できるのだが、僕のように民間から志願した場合は、二等士官からになる。二等士官は、つまり、一番下っ端ということだ。


 しがない一般人だった僕はある日、テオさんという、とても強くたくましい女性士官にFRANから助けてもらった過去がある。


 その時から僕は彼女に強く憧れを抱き、戦闘士官に志願して、テオさんに頼み込んでなんとか弟子にしてもらったのだ。


 テオさんはとても親切な人で、民間上がりで右も左もわからない僕にていねいにFRANとの闘い方を教えてくれた。


 厳しい特訓だったが、僕はテオさんに精一杯ついていき、なんとか戦闘士官として様になった、というところだ。



 ***



「オリシオ君。何かわかったことはあった?」


 補給隊キャンプを出たところで、背後から声をかけられた。

 落ち着いた調子だが、どこかわんぱくさを感じる声。


「あ! ミュオさん。またどこに行ってたんですか」


 振り返ると、ミュオさんがにっこりと顔を向けていた。


 この人はミュオさんといって、テオさんの双子だという。

 テオさんが任務でしばらく遠征するらしく、その間、訓練を兼ねてこのミュオさんに協力するように言われたのだ。


 ミュオさんは、今回の任務のついでに調査したいことがあるとのことで、僕も同行している。


「待たせたかな? ちょっと気になることがあって」


「待つのは構いませんが、どこかへ行くときは何か言ってくださいよ。心配するじゃないですか」


「うん。でも、気になることはいつも突然あらわれるものだから」


「はあ」


 僕はくたびれた気持ちになり、ため息まじりの返事をした。


 このミュオさんも僕にとっては先輩の戦闘士官だ。

 双子というだけあって、テオさんにとても似ていて、背が高く、端正な顔立ちをしていた。

 ただ、テオさんのきっちりした性格とは違って、すこしゆるく、マイペースな性格かもしれない。


「それで、ネルデルについて、何かわかったことはあった?」


「あ、はい。士官の人たちの間でも噂が立ってるようです。日中はあまり姿を見せないだとか、他のFRANを手当たり次第に捕食するだとか……」


「そう。うーん。……夜間に探したほうがいいのかな」


「でも、夜は危険ですよ?」


 僕がそう言うと、ミュオさんはあごに手を当ててまっすぐ遠くを眺めた。何かを考えているようだった。

 そして、おもむろに視線の先に指をさした。


「ところで、あれはなんでしょう。オリシオ君」


「え?」


 振り返ると、すこし離れた所になにか落ちている。


(なんだろう……装備品、だろうか)


 重々しいヘルメットやプロテクターが地面に沈み込むように重なって無造作に転がっている。

 軍備品を運ぶ途中での落とし物か? ――いや、……あれは、


「人ですよっ! あれ! 誰かが倒れてるんですよ!」


 僕は目を凝らしてようやくその形の全貌がわかり、慌てて言った。


 そして、僕は足早に近づき、


「大丈夫ですか! FRANにやられたんですかっ!」


 と、叫ぶと


「……い、いえ……、ちがうんです……。う、うう……大変なんです……」


 そのフルアーマーから顔を覗かせて言ったのは、女性だった。

 汗を流し、息を切らしており、


「ええと、あなたは士官の人ですか?」


「は、はい……。マカロ、といいます……。わたしは、大丈夫、です。それより、このキャンプの方向に、何匹かのFRANが向かっていくのを見かけたんです……! だからそれを、お知らせに、と走ってきたんですが……体力がつきてしまって……」


 マカロと名乗る士官は、顔だけを上げ、荒い呼吸をしながら話す。


(……それはその重々しい装備のせいじゃないのか?)と、頭をよぎったが、口には出さなかった。


 ミュオさんが後ろから、「どんなFRANかわかる?」と質問すると、


「あれは、モンギィです……。すばしっこく木の枝を渡っていきました……」


 〝――ドォンッ〟


 と、その時、背後から大きな音が響いた。


 そして、わあ、と数人が叫ぶ声。続いて、物が倒れたり、金属が落ちるような騒がしい音。


(――キャンプの方向からだ!)


 でも、音はキャンプの中ではない。――さらに奥だ。キャンプの奥から聞こえた。

 キャンプの奥にあるのは、数々の補給物資が置かれた倉庫だったはず。


 僕が走り出すと同時に、ミュオさんも並んで駆けだす。




 キャンプのわきを駆け抜けると、小さな小屋ほどの倉庫が見えてきた。

 男性士官が二人、避難するため倉庫から離れていくのも見えた。


(――最初の叫び以降、人の声は聞こえない。中で誰かが襲われているわけではなさそうだ。その他の物音ももうしない――FRANもどこだ? 目的を達成したのか? ならFRANは――)


「逃げてしまった! ミュオさん! FRANは、()()()を奪って、今、逃げ去りました!」


 と、僕は叫ぶ。


「うん。追いかけよう」


 ミュオさんはそれだけ言うと、倉庫の中を指さす。


 僕はその指示に従うように、倉庫の入り口に向かった。


「はあ、はあ……、あの、追いかけるんじゃ、ないんですか? どうして中に?」


 後ろから、先ほど倒れていたマカロさんの声がした。


 ちらり、と横目で見ると、ヘルメット以外を脱ぎ捨て、ふらふらとこちらに向かって小走りで近づいてきていた。責任を感じて追いかけてきたのだろうか。


 すると、僕の代わりにミュオさんが答える。


「いいの。これが最短、だから」


「え?」と、マカロさんは不思議そうに言った。


 そして、僕は倉庫の中に視線を戻し、精神を集中する。


 僕の頭の中はクリアになっていく。それと同時に、周囲の情報が脳に入り込み、それぞれが繋がっていくような感覚を得た。


 ――〈理論〉のプリムス。


 僕は、見たものや聞いたことなどあらゆる情報から理論を組み立てて〝正解〟を出すことができる。そんなプリムスの能力がある。


 倉庫には、ぽっかりと壁を破られた跡があった。

 穴の両端には体毛がひっかかっている。体毛の長さと色がほんの少し差がある。

 ――侵入してきたのは二匹だとわかった。


 積まれた備品がいくつか崩れている。あの短時間で複数個所が荒らされている。

 ――まるで手分けして、何かを探していたようだ。


 穴から身を乗り出して外を見ると、踏まれた草や土が削れた足跡が目に入った。

 ――それぞれが違う方向へ逃げた。


 木や土に残されたごくわずかな痕跡たちが、僕の目に鮮明に映し出されていく。

 そして、――繋がったぞ!


「ミュオさん! わかりました! 追えますっ!」


 僕は倉庫の穴から飛び出て叫んだ。ミュオさんはすでに回り込んできていて待機していた。僕の〝正解〟を待っていたようだ。


「よかった、オリシオ君。で、わたしは何をすればいい?」


「その木を! 僕の指さす方向から思い切り、揺らしてください!」


「わかった。……蹴るね」


 ミュオさんは短く答えると、ぐるり、と体を回転させ、足が風を切る。


 〝――ゴォン!〟


 勢いよく木を蹴りつけると、轟音とともに木が震えた。根本から末端にいたるまでの振動。そして、隣の木へも、枝から枝へと振動が連鎖していく。

 がさがさ、と葉と枝がこすれ、共鳴するように木々がざわめく。


「走りましょう! この先です!」と、言って、僕は草をかき分け森に入った。


(モンギィが木の枝を渡って移動することは、さきほどマカロさんから聞いていた。そして、枝が曲がったり折れたりしている木々から、逃げたモンギィの動線を導き出せば……!)


「ミュオさん! あそこです!」


 僕が指をさした方向に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 掴んでいた木の枝が揺れて、振り落とされたのだ。


(うまくいった! 狙い通りだ!)


 ――僕は、逃げるモンギィが数秒後に到達する場所を特定し、どの木を、どの方向から揺らせば、〝そこへ衝撃が伝わる〟か、〝正解〟を出したのだ。


 〝遠く離れた木の枝を間接的に揺らす〟


 まるで現実ではあり得ないような出来事かもしれないが、理屈から言って不可能なことではない。どんな奇跡的な事象にも、わずかな確率で起こる可能性はある。


(――そう。いわゆる〝理論的には可能〟を、実行する。それが僕の〈理論〉のプリムス!)


「あとはまかせて」


 と、言いながらミュオさんは僕の後ろから飛び出した。そして、スゥと静かに息を吸う。


 すると、モンギィの周辺の()()()()()()()()()()()()()()

 土が太いトゲのような形になり、倒れたモンギィを組み込むように交差していく。


「地面の土を〈成形〉した。もう君は逃げられない」


 と、ミュオさんは指を交差する仕草をして言った。


 モンギィは体を起こそうとするが、土の牢にはばまれ、もがくことしかできなかった。


 ――〈成形〉。

 形を成す、と書いて〈成形〉。


 さきほどの木を蹴り揺らし時も、自身の骨の関節部を激しい衝撃も耐えられるような形に変え、人並み外れたパワーを発揮したのだ。


 ――これが、ミュオさんのプリムスの力だ。


「ところで、オリシオ君。逃げたモンギィは一匹ではなかったと思うけど」


 ミュオさんは、僕の方に振り向いて言った。


「……もう一匹はダメでした。すみません」


「そう。追えないって〝正解〟が出たんだね。しょうがないね」


 すると、ミュオさんはもがくモンギィの方へ歩み寄り、


「さて、彼は何を盗み出したのかな? その目的まで〝正解〟が出ればいいのだけど」


 FRANのことを〝彼〟と呼称するには少し違和感を抱くが、ミュオさんらしいと言えばそうだろう。


 僕は「努力します」と言って、モンギィが手にもっているいくつかの物を覗き見た。


「ええと、これは……、モンキーレンチとドライバーと釘二本、拳銃の撃鉄(げきてつ)の部品、それと、ブレッドナイフ、あとは、栓抜きとティースプーン。……工具や食器ばかりですね」


「ガラクタ」と、ミュオさんは一言だけ言った。


「武器になりそうなものを探していたってところでしょうか」


 つづけて、僕は気を集中する。


(盗み出した物に統一性はない。特定の何かを探していた、というより、手当たり次第盗ったという印象だ。しかし、リスクを負ってまで人間の道具を狙った理由はなんだろう? 人間への対抗心? でも、モンギィ自身がこれらの道具を理解して利用するとは思えない。――まるで、何者かの指示で動いているかのようだ……)


 そこまで考えると、バキッ、と音が鳴った。


 ハッ、として前を見ると、いつの間にかモンギィが砂のトゲから今にも這い出ようとしていた。力まかせに砂を崩したか――っ!


「ミュオさん!」と、僕が叫ぶと同時に、


 〝――キィイアッ!〟


 と、甲高い鳴き声をあげてミュオさんに向かって飛び掛かった。


 すると、ミュオさんは、その飛び込みに合わせるように、流れるように体をひねって足を振りあげる。


 〝グシャ――ッ〟


 ――回し蹴り。


 ミュオさんの(かかと)がモンギィの頭部にクリーンヒットし、鈍い音が響いた。


 振り回した蹴り足を目で追えないほどの素早い動きだった。

 周囲には竜巻でも起きたかのように、砂埃が舞いあがっている。それほどのスピードとパワーをびしりと感じた。


 モンギィは蹴られた勢いのまま地面に叩きつけられ、そして、ぴくりとも動かなくなった。


「私が追っていたネルデルとは直接関連はなさそうだけど、モンギィが人の道具を狙うなんて。これも興味深いことだなあ」


 ミュオさんは冷静な顔のままだった。あごに手を当て、淡々と話している。そして、何事もなかったかのように、くるりと振り返り、


「さて、戻ろっか。このことは報告しておいたほうがいいね。もっと危険なものを盗まれたら大変かも」


 そう言うと、ミュオさんは颯爽(さっそう)と歩き出した。


 ミュオさんのその姿――女性のように華奢かつ、端正な顔だちでありながら、その力強さと豪胆さに、心の中で感嘆してしまう。


 ……そう、ミュオさんは、テオさんの双子の弟、だ。


 テオさんと決して引けをとらない強さと美しさ。


 男の人だとわかっていても、僕の胸は高鳴ってしまうのだった。


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