第十一話 残留
「オレは今、食事の邪魔をされて機嫌がわるいんだ!」
花の木の分霊――アウラは、あたりちらすように声が荒げていた。
「お前らのせいなんだぞ! わかってんのか!」
「なんのこと? 私たちが何かした?」
思い当たる節のなかったミリスは首をかしげて聞いた。
「そこにいるだろ! そこっ! あれは、お前らのせいだ! あーもう見たくもないぜ!」
と、アウラが顔を背けながら木々の奥を指さす。
ミリスたちは顔を見合わせ、首をかしげる。
疑問をもちながらも、アウラが指した方向に向かって枝葉をかき分けて覗き見ると、そこには木々に囲まれた小さな空間があった。
――その奥、木陰の落ちた暗闇に潜むように、ドス黒く渦巻くような〝物体〟がべったりと地面に落ちていた。
それは、わずかに脈を打つように小刻みに揺れていた。
〝――ぎゅぅ、ぎゅぅ〟
その物体から音が漏れている。何かが擦れるような、にぶい音。
――いや、物体から出ている音ではない。
「――あれは!」
ミリスは声を上げる。奇妙な音の発生源は、その黒い物体の下に倒れているものだとわかった。
「あ! 黄色のモンギィだ!」
続いて、レインも声を上げた。
力なく横たわっている黄色い体毛をしたモンギィは、腕をひねりつぶされ、黒い物体の内部へ取り込まれているように見えた。
〝――ぎぃ、ぎゅぅ〟
鼓動するように動く黒い物体に合わせて、音が鳴る。
――肉がつぶれ、骨がきしむ音だ。
「黒い粘液体のようなFRAN……。これが、ミュオって人が言ってたネルデルとかいう新種! こいつ、食っているのか――? モンギィを!」
ネルデルの上部――頭部というべきか――には、おそらくいままで取り込んできたであろう、モンギィの頭蓋骨が浮き出ていた。他にも、所々から骨がいくつか覗いている。
ミリスはその姿と光景におぞましさを感じた。
「――そいつを殺させるなっ!」
ジルは身を乗り出して言った。同時にライフルを装填する。
あの黄色いモンギィは、モンギィたちの親玉を見つける手掛かりとして、ジルが体色を変化させて追っていた存在である。
ここで殺されては、その手掛かりを失うことになるだろう。
「腕を潰されているようだが、かろうじてまだ息がある!」
と、ジルは続けて言った。
「あの、黒いのと戦うってこと? 得体の知れないあいつの倒し方を知ってんの?」
ジルの気持ちは理解しているが、ミリスはデータのないFRANに警戒せざるを得なかった。それに、なによりも、あの黒い物体に対して、なにか危険な予感がしていた。
「俺も初めて見る。だが、やるしかないだろ。あのモンギィが、今ある唯一の手掛かりなんだ」
〝――ドォォゥン〟
ジルは引き金を引いて、銃声を響かせる。
銃弾は確実に黒い物体を捉えた。物体の中心がえぐれるように穴が開いた。
——ところまでは目で追えた。
しかし、ミリスがまばたきをする間に、えぐれた穴はすでにふさがり、物体の体は元通りになっていた。
「――ぐっ!」
ジルが声を上げた。苦悶の声。同時に片膝が地面に落ちた。
「――な、なに――?」
ミリスはジルの異常に困惑した。
「ジルさん――っ!」
レインはジル向かって声を上げた。
ジルの肩からは、血がにじみ、服が赤く染まっていた。
「――ジルっ! なんだ! 何をされたんだっ!」
ミリスはジルの体を支えて言う。
「……俺が撃った銃弾だ。ヤツの体から弾かれるように一直線に返ってきやがった」
「銃弾を跳ね返すほどの固さと……弾力?」
にわかには信じられなかった。まさに、得体の知れない存在――。
ブウゥン、と、ジルの胸のプロテクトシンボルが起動音をかき鳴らしていた。
「……支えはいらない。俺もプロテクトを装備している。傷は浅い」
と、言ってジルはミリスの腕を払いのけ、再び銃を装填する。だが、その表情はゆがんでいて、歯を食いしばって痛みを我慢しているようだった。
「ジルさん、手当てが先だよ!」
と、レインが呼び止める。
「いや、レイン、離れろ。今の銃撃で、やつの敵意がこちらに向いた。――向かってくるぞ!」
黒い物体はゆったりとした動きだが、確実にこちらを見据え、言葉通り向かってきているようだった。
「レイン、ジルの手当てを! 私があいつを止める!」
と言って、ジルの前に出る。
「――〈凝縮〉――そして、もっと強く――!」
ミリスは指先に生成した水弾に、さらなる〈凝縮〉を加え、弾の周囲は冷気に覆われる。――氷結弾。
「おい、弾丸を撃つのか? 俺と同じことになるぞ!」
ジルが後ろからあわてて声を上げる。
「いいや! この弾は着弾と同時に破裂して、冷気を放つものだ! これで氷結させて動きを止める!」
〝バシュ――ッ〟
撃ち出された氷結弾は、黒い物体をえぐり体内で破裂した。瞬間的に黒い物体は霜が張る。
「よし、体内から氷結させた。並みの生物なら衰弱してもう動けない!」
――しかし、黒い物体の動きは止まらない。それどころか、ひるむ様子もなかった。
「無駄だっ! そんなので止まるわけがねえだろ!」
と、アウラが耳元まで飛んできて叫んだ。
「うっ――うるさっ! なんだあんた! いきなり!」
ミリスは思わず耳をふさいで、のけ反った。
「生物なら動きが止まるだって? はっ! あいつは生物なんかじゃないぞ!」
「え? 生物じゃない? そんなこと……」
「言っただろ。アレはお前らのせいだ。お前ら人間のな!」
「さっきから、なんなんだそれは! 私たちがあの黒い物体と何の関係があるんだ!」
「本当にわからねえのか! アレはな、お前ら人間がプリムスとかいう力を使うことによって生まれる残留物が集まってできた物体だ。自然の物とは違う、まったくの異分子。人間から出る残りカスの塊。あーグロテスクだぜ! くっせぇー!」
「プリムスの残留物……? 異分子? それが、集まってできた物体……?」
いままでプリムスを使って来た身としても、そんな異物が発生するなんて話は初耳だった。その上、異物がFRANとなり、人を襲うことになるとは。
初めて聞く情報の数にミリスは軽く混乱してしまう。
ただ、頭の中で、今回の事に似たような出来事がふとよぎった。
(――以前、コルトタウンの湖で出会った『ウィスプ』というFRAN。あれはたしか、FRANの微弱な脳波――残留思念から生まれたもの……。あれは生物というよりも、自然現象そのものが襲ってきているようなものだった。まるで、地震や雷のように)
「――生命ではないFRAN。つまり、それって、銃撃の痛みも冷気による衰弱もあり得ないってこと?」
「だから、そういってんだろ! クッソー! あの黄色いモンギィはオレが狙った獲物だったのに、あのクソヤローが横取りしやがったんだ! オレのかわりにさっさとあのゴミをぶっ倒してくれよ! オレは近づくのもイヤだ!」
アウラは宙で地団太を踏み、攻めるように喚く。
「ぶっ倒すって……。攻撃が利かないっていうのにどうしろっていうんだ!」
黒い物体――ネルデルは、ゆっくりとだが。確実にこちらに向かって近づいてきていた。




