第十話 栗色
「あの、すみません」
「え?」
ミリスが駐屯地テントから出ると、おとなしそうな少年が声をかけてきた。
「あ、士官の方ですか? あの、人を探しているのですが。背が高くて栗色の長髪で……。あと、目鼻立ちがはっきりしてた人で。このあたりで見かけませんでしたか?」
それを聞いて、ミリスは思い当たる人物が浮かんだ。
(そういえば森の入口で会ったテオさんに似たあの人、栗色の髪だったな。特徴が当てはまるのは、その人ぐらいか)
「それらしき人なら、森の入り口で見かけたけど、それ以降は見てないよ」
ミリスが答えると、少年は肩を下ろして残念そうな表情を見せた。
「そうですか。すみません。ありがとうございます」
「おい。何してる。はやくしろ」
と、少年の後ろからジルが呼ぶ。かたわらにはレイン。
ジルとレインは、先にテントから出て、ミリスを待っていた。
「呼び止めてしまって、すみません」と、少年はふたたび謝った。
「いえ、大丈夫」と、ミリスは軽く首を振って答えると、ジルたちに向かって歩いた。
「ねえ。レイン、森の入り口で話したキレイな人、見てない?」
と、近づきつつレインに尋ねた。
「え? それなら、あっちにいたよ」
ミリスはすこし驚いて、振り返って少年に向かって声を上げる。
「ねえ! 君! 探している人、こっちにいるかも!」
少年とともに、レインに付いていくと、栗色の髪のその人はいた。木のそばで背を向けて屈んでいた。
「ミュオさん!」
と、少年は声を上げた。
「ん? オリシオ君。任務は順調ですか?」
ミュオと呼ばれた栗色の髪は振り向いて、飄々とした様子で言った。そして、手に持っていたものを見せて続ける。
「ほら、見て。この立派なキノコを。とても良い色ツヤをしていると思わない? そう、これはミセカケダケといって……」
「キノコはいいんですよ! それよりも探していたんですよ! 心配するじゃないですか!」
「ああ。うん。それは、ごめんね。でも、私のことは気にせず、オリシオ君は任務に集中していいんだよ」
「ミュオさんのことを頼むって言われたんだから、そうはいかないですよ!」
「うん。真面目なのはいいことだね。オリシオ君」
そんな掛け合いを横から見てると、
「用が済んだのなら、先へいくぞ」
と、ジルはしびれを切らしたように言って、歩き出した。
すると、栗色の髪のミュオは、こちらに顔を向けて言う。
「あ、この先へ行くのなら、気を付けて」
「はい。FRANが多く出没するそうですね。気を付けて行きます」
と、ミリスが返すと、
「それもあるけど……、最近になって見かけるようになったFRANがいてね」
「新種のFRANってことですか?」
「うん、そう。名称は〝ネルデル〟といって、この先の森の奥で目撃情報があったの。その生体を調査も兼ねて任務に参加しているんだけど、中々見つけられなくてね」
「そのネルデルは、どういう特徴なんですか?」
「見た目は、粘液の塊のようなものみたいなんだけど、あとは、人を襲うこと以外、情報はないんだよね」
「……情報がない。だからこそ、怖いってことかあ」
ミュオは、こくり、とうなづく
「教えてくれてありがとうございます。気を付けて進みます」
と、言ってミリスたちは森の奥へ歩を進める。
***
駐屯地を超えた先は人が通ることも少ないのか、あまり開拓されていない獣道が続いていた。
軍用車一台がぎりぎり通れるほどの道幅で、ミリスたちはタイヤ痕の残ったわだちに沿って歩く。
周囲の木々からいつFRANが飛び出してくるかわからない。小さな音も聞き逃すまいと、耳をすませながら進んでいく。
すると、
「――ふせろっ!」
突然、ジルの声を上げた。
すぐさまミリスとレインはその場で屈み、周囲を見回す。
「――何っ? FRAN?」
「上だ。見ろ」
と、ジルが答えると同時にすぐそばの木の枝が揺れる。
その刹那、葉を散らして、その姿を現した。
その姿にジルはぎょっと、目を見開いた。
「なんだ、あれは……! あれが、新種のFRANか?」
その姿は、小さな体に蝶の羽をもった……。
「あ! 妖精さん!」
レインが指を指して言った。
「は?」と、ジルは眉をひそめてレインを見る。
「妖精さーん、どこへいってたのー?」
「――うるせえっ! 俺の勝手だろ!」
妖精はこちらを見るやいなや、荒い口調で答えた。
ミリスが記憶では、あの口の悪い妖精はハーベラル村に向かっている途中まではレインに付いてきていたが、村へ到着すると、いつの間にか姿をくらましていた。
ミリスは特に気にすることなく、勝手に森のねずみでも食らいにいったのだろうと思っていた。
「ここらへんは危険みたいだから、勝手なことしちゃだめだよー!」
レインは上空の妖精に向かって言う。
「森にびびる木の精がいるかっ! バーカっ!」
「……」
ジルは表情を固めて、口を開けっぱなしで妖精を眺めていた。
絵本で出てくるような妖精の女の子の姿を現実で目の当たりにして、頭がついていかないのだろう。
(なんといっても、私もそうだったのだから。よくわかる)
と、ミリスは、ジルの心情を察した。
妖精は、とある地域の花の木に宿る魂の一部――分霊である。レインの〈霊体〉のプリムス能力によって具現化したのだが、その姿は、レインの想像上のものが反映され、この世のものとは思えないシュールな見た目をしていた。
「ところで、妖精さん、どうしてそんなに焦って飛んできたの?」
「あ、焦ってねーよ! と、いうか、俺は妖精じゃねーつってんだろ!」
「ええー、でも、妖精さんは、妖精さんだし……」
「ちがう! 俺は、〝xarwua〟の木の分霊だ。そう呼べっ!」
「……え? なーに? なんの木ですか? ごめんなさい。ちょっと聞き取れなかったです」
レインはそう返すと、妖精はイライラしたように髪を掻く。
「――XWA・QU・LUA! だ!」
「んん? えーと、……スア……ウ、ルァ?」
「人間には発音できねえのか? くそ! もうそれでいいよ! 妖精さんよりマシだ!」
「わかったー! じゃあ、アウラちゃん、って呼ぶね!」
「なんでそーなんだよ! というか、ちゃんはやめろこら! お前より何年長く生きてると思ってんだ!」
「そんなに怒らないでよ……」
と、レインが言うと、アウラは歯を食いしばってバタバタと、空中で暴れるように手足をばたつかせた。
「……俺は頭痛がしてきたぞ……」
ジルは額に手を当て、ぼそりと、それだけ言った。




