第九話 煮物
谷間に降りてくると、いくつかテントの設営された駐屯地が見えた。
「ここにも駐屯地があるんだ」
と、ミリスは歩きながら言った。
「ここらへんまでなら、林業でくる一般人も多いからな。FRAN警戒のため士官が何人か常駐している」
「ふうん」
「ここから奥はFRANの勢いが増す。一度、ここで準備を整える」
「ちょうど、お昼どきだね。レイン、ごはんにしようか」
「うん」
ミリスとレインと顔を見合わせてほほえむと、
「のんきなことだな」
と、ジルは独り言のように言った。
テントの前には士官が一人立っていた。
「任務でFRAN捜索に当たっているミリス・ヴェスタです。こちらの駐屯地ですこし休ませてください」
「ああ。ごくろうさん。大した設備じゃないが、自由に休んでいってかまわんよ」
テントの入り口をくぐろうとすると、ジルがうつむきながら早足でミリスの横を通り抜けていった。まるで、こそこそと隠れるように。
ミリスは足を速めてそれを追いかけて言う。
「あんた、やっぱり、勝手な行動してるんでしょ」
「お前には関係ない」
と、低い声で返す。
「あ、そ」
ミリスは肩を下ろして軽くため息をついた。
「……奥には雑魚寝できるスペースがある。俺はそこで銃の整備をしながら休んでいる。お前らも勝手に休んでいろ。出発するときは声をかける」
「はいはい」
ミリスは適当な返事をした。
テント内は何人かの士官たちがおり、各々が腰を下ろし休んでいたり、装備を整えたりしていた。
ミリスは、そんな休憩スペースを横切り、一直線に調理場に足を運んだ。
そして、いびつな形に膨らんだ麻袋を取り出した。
「ミリス、それって……」
レインはそれを見て、軽く寒気を感じた。
「さっき一匹で追ってきてたサーベルジュの死骸だよ」
「もう言い方がやだ……。まさか、それは食べないでしょ?」
「サーベルジュの肉は普通に食べられる食材だよ。 これなら、レインでも食べられるんじゃないかな」
「けっこうです」
ミリスは麻袋をひっくり返し、サーベルジュをどさりと調理台の上に乗せた。二メートルのサソリ型FRANが調理台を占有する。
次に備え付けのナタを手にして、サーベルジュの関節部分に振り下ろす。
ダンッダンッ、と音を響かせて死骸がバラバラになっていく。
その中から腕の部分を取り、ナタに体重を乗せて殻を割ると、白い身がぼろりと露出する。
「ほら、見て。身がぎっしり詰まってるよ。おいしそうでしょ」
「かまぼこみたい……」
「そして、これを鍋に入れます」
と、言って、ミリスは小ぶりの寸胴鍋を取り出した。
「煮るの?」
「煮ます」
ミリスは水と調味料を入れた鍋に、半分殻のついたままの身を入れた。
「残りはキャンプに寄付ね」
そう言って、残りのバラバラの死骸を麻袋に戻していった。
「おいしくなるには、ちょっと時間かかるから、レインはジルのとこで先に休んで待ってて」
「わたし、食べないけどね」
と、きっぱり言うと、レインは脳裏に残ったバラバラの死骸を振り払いながら調理場をあとにした。
(ええと、ジルさんはどこだろう)
レインは、士官たちが雑魚寝で休んでいるスペースを見回す。
しばらくうろついていると、スペースの端っこで、がちゃがちゃとライフル銃をいじっているジルの姿を見つけた。
「ジルさん」
「なんだ? 休むならそこらへんで適当にくつろいでいいぞ」
ジルはレインをちらりとだけ見ると、ライフル銃の整備を続けた。
「うん」
レインはジルのそばに腰を下ろし、そのままころり、と横になった。
床は薄い布が敷かれているだけで硬く、寝心地は悪かった。
向こうにはベッドがいくつかあったが、けが人用だろうか。
たいていの士官たちはみんな、いつもこうやって雑に寝転んで休んでいるのだろうか。
(大変だなあ。士官さんって)
天井を仰ぎ見ると、テントが古びてすこし傷んでいるのが見えた。
そして、周囲のがやがやした士官たちの声に包まれるように感じた。
――そっと目をつむる。
炭鉱洞窟の奥で孤独にいた頃を思うと、その騒々しさが心地よく感じた。
(……みんな、同じ目標で、協力して、FRANを倒すんだよね。みんな、がんばってるんだなあ)
レインはそんな一体感のある士官たちにあこがれを感じていた。
ふと横を見ると、銃の整備を終えたジルが水を飲んでいた。
「ジルさんの妹さんって、どんな人なの?」
レインは何気なく聞いてみた。
「別に……普通だが」
ジルは目を合わすことなく答える。
「でも、ジルさんについてきたりして、かわいいんでしょ?」
「それは昔のことだ。今は……ただの不良娘だ。どうしてこうなってのか」
と言うと、すこし遠い目をしてふぅ、と息を吐いた。
「不良なの?」
「ああ」
「不良って、どんなことするの?」
「そうだな……短いスカートをはいたり、化粧とかしたり、とにかく色気づいたような感じで……、それで夜まで遊んだり、俺に無断に外泊するし、男と遊びに出かけたりもして……くそ」
口数の少ないジルの口から、つらつらと愚痴がこぼれていく。
いつの間にかその手に握りこぶしをつくっていた。
「あれ? 妹さんは今、いくつなの?」
口ぶりからして小さな女の子ではなさそうだな、とレインは思った。
「今年で……19だったか」
「え、それって、ミリスと同じ歳じゃ……」
「――妹離れしろっ! シスコンっ!」
突然の声に、ジルとレインはびくりと、身を跳ねさせた。
「なんだ、お前! 急に!」
驚いて立ち上がると、ミリスが鍋と食器をもって立っていた。
「なーにが、不良娘だ。とっくに自立している歳じゃないか!」
言いながら、ドカッと、鍋を床に置いた。
「うちの家のことだ。放っとけよ」
「はあ。ほんと、バカバカしい。なんなのその執着」
レインは、シスコンの意味がなんとなく理解できた。
「というか、それはなんだ?」
と、ジルは鍋を指さす。
「サーベルジュの煮物」
「……さっき仕留めたやつか。いつの間に拾ったんだ」
ミリスは鍋のふたを開けると、もわっと湯気が立ち昇った。
匂いは確かにおいしく調理されたものだったが、鍋の中で浮いたサーベルジュの殻と、手のハサミが目に付いた。
「ジルさん! こんなの食べるのおかしいよね! 虫だよ!」
「いや、サーベルジュの肉は普通に食用として使われる。独特の臭みがあるが、タンパク質が豊富で、ここらでは家庭料理でも出されるものだ」
「ぅえ?」
レインは口がひきつった。
ミリスは殻のついたサーベルジュの身を皿にすくい、手に掴んでかぶりついた。
「あつっ、あつっ」
身を引きちぎるようにして豪快に食していくミリスの姿を、レインは遠い目で眺めていた。
「ジル、あんたも食べる?」
「なら、いただく。まあ、元は俺が仕留めたものだしな」
と、言ってジルも殻をつまみあげ、肉をむさぼる。
レインはぞっ、とした。
ジルは咀嚼しながら、肉を見つめると、
「……妙だな。この短い時間で味がしみ込んでいる。これ、本当に今、煮込んだものか?」
「そうだよ。肉に味を〈凝縮〉して、よく浸透させたからね」
ジルはぴたりと、食べる手を止める。
「お前、料理にプリムスを使っているのか。……なんかきもいな」
「なんでだ! 自分の力使って何が悪い! 文句つけるなら食うな!」
「あー、いや、味はうまい。調理法が意外だっただけだ」
ジルはあわてて言いつくろった。本当に味はいいんだろうな。
(ミリスが手早くうまく料理できるのは、そんな理由があったんだ)
レインは感心すると、すこし、鍋の中のものに惹かれそうになったが、頭を振って、思いなおした。
食事を終えたあと、ジルとミリスは思い思いにくつろいでいた。
ミリスは両手を頭に当てて、仰向けで寝そべっている。その横で、レインはちょこんと座っていた。
「ミリス、食べてすぐ寝ると体に悪いよ」
「いーの。この方が消化、早いから」
と、目を閉じながら適当な言い分を返した。
「もう」
話し終えると、ふたたび周囲のがやがやした声が耳に入って来た。
士官たちは、仲間と会話したり、武器を調整していたり、いびきをかいて寝ていたりしている。
レインはそれらを見ると、とめどなく時が流れ続ける絵画の中の世界を、外から眺めているような気持ちになった。
――自分がいる世界の時間は止まってしまったように。一瞬だが、そんな気持ちがよぎった。
ぽすっ、とレインは座りながら前に体を倒して、ミリスの胸に頭を乗せた。
「レイン、どうかしたの?」
ミリスは寝そべった格好のままレインを見下ろす。目が合った。
「ううん、なんでも。ただちょっと、ミリスがあったかくてきもちいーなあって」
「霊体でも体温を感じたりできるんだ」
「うん。感触や匂いも感じるよ! ミリスの匂いはね、ほっとする。だからもうちょっとだけ、このまま。いいでしょ?」
と、言って、顔をうずめる。
「ふふ、急にあまえんぼさんだね。ほら、こうしてやる!」
ミリスはレインの頭をわしゃわしゃとかき乱す。
「きゃー! やーだぁ~!」
レインはその場でころころところがりながら、ぱたぱたとミリスをあちこち叩く。
「いたた! こらー、顔たたくなあ!」
レインは腕を動かせないように、ぎゅう、と抱きしめられた。
「やーん!」
と、ミリスの腕の中でじたばたする。
すると、
「おい……お前、はたから見たら完全にイってるやつだぞ……」
横からジルが眉をひそめた表情で、見下ろしながら言った。
「あ……」
ミリスの動きがぴたりと止まった。
この場でレインの姿が見えるのはミリスとジルだけだ。
周囲の何人かが、こちらを怪訝な表情で見ているのがわかると、ミリスの顔は赤くなった。
「お前と同行してる俺の身にもなれよ」
ジルは目を合わさないようにして、苦言を呈した、
「うるさいな……」
と、口をとがらせ、ぶすりとした顔で返した。
レインはそんなことに構わず、ミリスの体に突っ伏して、にっこりとしていた。




