第八話 照準
マカロは戦闘で負傷していたようで、駐屯地へ引き返していった。
ミリスは見送ろうかと提案したが、そこまで世話になるのは申し訳ないと断った。
その間ジルは能力を使った疲労から座り込んでいたが、一息ついただけですぐに立ち上がり、
「先へ行くぞ」
「ジルさん、もういいの?」
レインが尋ねると
「歩きながらでも回復はできる」
ジルは振り向かずに答えた。
(目的に対しては真面目なんだよなあ。独りよがりだけど)
そんなことを考えながらミリスは後を追う。
道の先はゆるい下り坂になっていた。
さきほどまでの木々をかき分けながら歩く獣道とは違ってひらけた道になっているが、下りである分、体重がかかり疲労感が増す。
先頭を歩くジルもそれをわかっているのか、歩行速度を緩めていた。
おそらく、このあとしばらく下り坂が続くのだろうと、ミリスは思った。
「ね、ミリス」
「ん?」
「さっきのジルさん、かっこよかったね。ミリスを守ってくれたんだよ」
「レイン……その話は忘れて」
「仲良くなれるって思うんだけど」
「なれないし、ならない」
「ミリスってちょっと強情なんだね……」
ミリスがすこしむっとした顔をすると、レインはあきれた表情を返す。
「レインが困るわけじゃないから、いいでしょ」
「……ちょっと、困ってるんだけどね」
そう言うと、レインは、すこし考えてから続ける。
「それにね、なんていうか、そう、……ジルさん、ミリスの〝お兄ちゃん〟みたいだった」
「――兄なわけが、ない――っ!」
「――っ」
レインはびくりとして目を見開いた。
ミリスの声はあたりに響いた。その直後に自分の出してしまった声量に気付いて、はっと我に返る。
「……おい、うるさいぞ。急に怒鳴るなよ。そんな冗談に何をムキになってるんだ」
ジルは振り返って、迷惑そうな顔で言った。
「わたし、なにか変なこと言った……?」
「あ、ち、ちがうの、レイン。ごめん!」
ミリスは不安気な表情をしたレインの肩を掴んで、慌てて取り繕う。
「ほんとうにごめん」と、ミリスは謝る。
「ううん、わたしは大丈夫。ミリスは大丈夫なの?」
と、なぐさめるように言った。
そんなレインの気遣うような気丈なふるまいに、ミリスも冷静さを取り戻した。
ミリスは、ぱっ、と両方の手のひらをひらけて見せる。
「いやー、ほら、ジルのやつがむかつくことばかり言うから、つい、声でちゃったんだ。ごめんね! あんなやつが兄なわけないじゃん」
と、ぎこちない笑顔をつくって言った。
ジルは、人のせいにするなよ、といわんばかりの表情で睨んでいたが、ミリスは無視した。
(ミリス……ほんとうに大丈夫かな)
レインには見えていた。
ミリスがふいに声を上げた時、魂が悲しみの青に包まれたことを。
今一度、ミリスの魂に目をやると、普段の静かに落ち着いた淡い紫色に戻っていた。
(わたしには人の感情がおおよそだけど、わかる。でも、実際どういう考えごとをしているかまではわかんない。そこまでわかっちゃったら、プリムスってすごすぎてびっくりしちゃうかな?)
前を進むミリスは、かるく頭を掻いていた。
「……ジル、さっきはほんと、助かった。 ジルがいなかったらサーベルジュの巣に落下してた」
と、ジルの背を追いながら、言った。
「なんだ? 気持ち悪いな。……あれはお前のためじゃない。マカロとやらの落とし物を心配してのことだ」
「そ。……プリムスを使って休んでないけど、疲れはないの?」
「さっき言っただろ。息を整えるだけなら歩きながらでもできる。それに、腰を下ろして休むほどのことはしていない」
「ふうん」
ミリスはさきほど声を荒げたことを反省するように、ジルに対して素直な態度を見せたのだろうか。
そんな言葉を交わしたあとは、二人は黙々と歩き続ける。
(ジルさんと仲良くしてって言ったのはわたしだけど、これはこれできまずいのはなんでだろう)
レインはそんな二人を後ろから眺めていた。
(ミリスは、ジルさんを嫌っているわけじゃない。魂は、きらいー! っていう感情じゃない。これは……避けてる? なにかを見ないようにしている、そんな気持ち、なのかな……感情って、むずかしいな)
しばらく後ろからミリスを眺めていると、視界の外で気配を感じた。
ばっと振り向くと、――揺らめく、小さくも凶暴な魂が、ひとつ。
(あ――FRANっ!)
「ミリス! そこ、なにか通った!」
「えっ!」
レインが声を上げると、ミリスはナイフの柄を手にしながら素早く振り返る。
そして、道を外れた草地を進むその存在がはっきり見えた。
「ごめん、ぎりぎりまで気付けなかったよ!」
「いいや、大丈夫。教えてくれてありがとう、レイン」
〝ガシャン〟
すかさず、ジルはライフルを装填する。
「……さっきのサーベルジュの残りが追ってきたか。数はわかるか?」
と、ジルは草地の方を睨みながら聞く。
「えーと、あの一匹だけだと思う!」
と、周りの気配を確認しながら答えた。
ジルが銃を構える前に、ミリスが前に出て、指先に水弾を生成する。
「おい、どけ!」
「まって、私が仕留める!」
〝――バシュッ〟
水弾は風を切り、草地のサーベルジュに向かって飛んでいく。
――が、わずか手前に着弾した。
「くっ! 小さいな! もう!」
と、吐き捨てるように言うと同時に後ろから襟を掴まれ、引き倒された。
「いいから、どけ!」
今度はジルが前に出て素早い動きで銃を構え、襲ってくるサーベルジュに向かって、
〝――ドゥンッ〟
銃声とともに、サーベルジュが弾かれた。
「あたった……?」
ミリスは倒れながら言うと、
「当たり前だ」と、ジルは低い声で返した。
サーベルジュはひっくり返り、小刻みに体を揺らしていたが、やがて動きが止まった。
ジルは銃を肩にかけ、周囲を警戒しながら道に戻る。その動作の途中でぼそりと、
「……本当にいらいらさせるな。お前は」
「なにが!」
ミリスが眉を吊り上げて返した。
「撃つなら、ちゃんと狙って撃て」
「狙ってる!」
「なら、なぜ当たらない」
「う……距離が遠かったかも。この森は広いから、ちょっと距離感がつかめてないかもしれない」
「近づかなければならないのなら、弾丸である必要がないだろ」
「あー言えば、こういうね、あんたは!」
「俺が言いたいのは、狙うならしっかり狙ってから撃て、ってことだ」
「だから! 狙ってるって!」
ジルは目を細める。眉間に深くしわが寄っていた。
「なら、基準はなんだ?」
「基準?」
「基準……照準を合わせる指標だ。どんな粗末な銃にも照準を合わせる〝サイト〟が必ずついている」
「サイトって、銃身の上に付いている、覗き穴とか、でっばりのこと?」
「ああ」
「はん! 手に照準器でもつけろってこと? ばかばかしい」
と、ミリスが鼻で笑うと、ジルは自分の手を掲げた。
「……基準なんてものは、なんでもいい。手ひとつで銃の真似ごとをしたかったら、そうすればいい」
「どういうこと?」
「手を出せ」
「なんで」
「いいから出せ!」
と、ぐいと手を引っ張り出された。
「いった! なにすんだ!」
手首を掴まれながら抗議するミリスをよそに、ジルはぶっきらぼうな様子で口をひらく。
「人差し指を前に伸ばせ」
「命令するな!」
「いいからやれ!」
ミリスが、しぶしぶ指を突き出すと、ジルは続ける。
「その突き出した人差し指が銃口の代わりだろ? その指に沿って飛ぶように、指の腹の位置に水弾を作るんだ。第一と第二関節の間とか、自分なりに決めろ。それが目安になり、発射位置が一定になる」
ミリスの人差し指の中腹あたりに水弾が生成される。
「次は、そのまま親指を上に立てろ。サムズアップだ」
「こう?」
「その親指の爪先を撃ちたい場所に合わせるんだ。それが照準の代わりになる。…わかるか?」
「それぐらいわかる!」
と言うと、近くの木の枝についた果実に向かって指を向けた。
「もっとピンと指を張れ。ゆるみがそのままブレになるぞ」
「うるさいな……」
「人差し指がこう……、少し上を向くように。弾丸は放物線を描くからな。それと、もう片方の手が空いているなら、それで下から支えると安定するだろ」
「……注文多いなあ」
「おい! なんでかたむくんだよ! こう、肩からまっすぐ、垂直になるようにを意識しろ!」
「やってるじゃん! これでいいんでしょーが! これで!」
「ちがう! ひじが曲がってるだろっ!」
〝――バシュン〟
ミリスはジルの言葉を無視して、さっさと水弾を放ったが、果実の横をすり抜けていった。
「あたらないじゃん!」
「ちゃんと言う通りにしないからだろうが! いいから、黙って聞けよ!」
……その後も手の形を修正しながら、ミリスとジルの言い争いは続いた。
(……こう言い合ってる様子を見ると、やっぱり仲の良い兄妹にしか見えないんだよねえ……)
レインは、そんな二人を見ながら、あきれた表情を浮かべていた。




