第七話 疲弊
ミリスはツタに捕まって、するすると滑るように崖を降りていく。
突き出た岩までたどりつくと、マカロのナイフを拾ってベルトに挟んだ。
「よし、回収」
「――ミリスっ!」
と、崖上からレインの大声。
レインのその緊張感のある声は、敵を察知したものだとわかった。
ミリスは素早く周りを見渡すと、すぐそばに2mはありそうなサソリが崖の壁に張り付いていた。
そして、サソリは尻尾をミリスに向かって振るう。
「うっ……!」
ミリスはとっさに身を揺らして、かろうじてかわす。
崖上のレインもその姿をはっきり見えた。
「あれって、FRAN!」
「う……、よりによって、あいつか」と、ジルも身を乗り出して確認して言う。
「ジルさん、あのFRANはなんなの!」
「……サソリ型FRANの『サーベルジュ』だ。〝刃をもつ者〟という意味で、その名の通り、刃物のように鋭く硬化した尻尾を持つ」
ツタ一本にぶら下がるミリスは、さきほどの避ける動作で体勢を崩していた。
しかし、サーベルジュは息つく間もなくふたたび、刃のついた尻尾をまっすぐこちらに向かって振るってくる。
「いくら丈夫にしたとはいえ、そいつの刃には耐えられない! ツタを切らせるなっ!」
頭上からジルの声が届く。
(――だけど、この体勢では避けられない! この尻尾を防がなければ――っ!)
〝――ブツッ〟
ツタが裂かれる音。
――ミリスは自身の前方にツタをピン、と張って、刃を受け止めた。
「バカかっ、お前はっ!」
警告に対して真逆の行動したミリスに、ジルは叫んだ。
――だが、ツタは表面が裂かれただけで、その中心あたりで刃が止まっていた。
そして、ミリスは言う。
「ツタがやわらかければ、もっと固くすればいいっ!」
サーベルジュは刃に力を込めるように身をふるわしたが、ツタはそれ以上裂かれることはなかった。
「――植物の繊維質をツタの中央に〈凝縮〉して、固い〝芯〟を作り出した」
刃が食い込み、サーベルジュの動きは止まっていた。
その隙に、ミリスはツタを軸にくるりと体を回し、足を振りあげる。
〝――バシッ〟
と、サーベルジュを蹴り飛ばした。
その時――、
「ミリス――っ! 一匹じゃないっ!」と、レインは叫び声。
「えっ!」
ミリスが頭上を仰ぎ見ると、崖から突き出た岩の影からサーベルジュが数匹、姿をあらわした。
そして、それらのサーベルジュが一直線にツタに向かっていき、刃を振るう。
「なに――っ!」
位置はミリスの数メートル先、〈凝縮〉の力は届かない。
〝――ビッ〟
という音とともにツタは、たやすく裂かれた。
ガクン、と体が下がる。ツタはかろうじて繋がっていたが、それもブチブチと繊維がちぎれる音を鳴らしている。
(なんだっ! ツタを狙った! 狙いは私じゃないのか!)
ミリスはハッ、として落下先であろう、崖下を見る。
そこには、サーベルジュが数十体はいそうな群れが、待ち構えているようにうごめいていた。
(――そうか、下にはこいつらの巣があるのか。群れに餌を落とすように、ツタを狙ったのか――)
〝――プツ〟
と、ツタが完全にちぎれる細い音が聞こえた。
――ミリスは宙に投げ出された。
「う――っ!」
体が落下し始める瞬間にも、ミリスはどこか岩壁に手足をひっかけるような箇所がないか見渡すが――壁は平坦のまま地面まで続いている。
とっさにブレードを抜き、壁に突き立てるが、
〝――ガギギギィ〟
音を立てて岩壁を削るだけで、とても体重を支えられる気がしない。
「く、ああぁあ――ッ!」
ミリスはブレードをもつ腕に力を込め、手足を壁に伸ばして張り付こうとするが、無情にも落下する勢いはおさまらない。
(――だめだっ! 落ちるっ! 衝撃緩和で落下のダメージは抑えられても、あの群れへの対抗策はどうする――っ!)
やがて、ブレードが岩に弾かれて、壁から離れた。
その時――、腰に衝撃。
ガクン、と体がエビ反りになった。
「……だから、バカだと、言ったんだ」
――という声とともに、落下する体を止まった。
ミリスの腰には腕が回されていた。
「ジル……!」
真横に沿うようにジルがいた。片腕でツタを握って、もう片腕をこちらに伸ばしている。いつの間にかジルも降りてきていた。
「よかった……。で、でも、壁にはサーベルジュが何匹かまだいる! あんたのツタは切られるんじゃ!」
「問題ない」と、ジルは短く言うと、
ヒュ、とサーベルジュが一匹、横切るように落ちて言った。
「え?」
「降りてくる途中で、壁にいたサーベルジュどもには眠ってもらった」
「眠る……?」
「――サーベルジュの脳細胞を〈進化〉させた。急激に発達した脳は疲弊を起こし、一時的な睡眠障害を引き起こす。虫ケラの小さな頭なら、ほんのすこし脳が発達するだけでキャパオーバーになるだろう」
すると、壁にいた数匹のサーベルジュもぼたぼたと、次々と落下していく。
「すべてのサーベルジュを眠らせた……?」
「一匹一匹相手してられねえからな。壁から落とすなら、すこし眠らせるだけいい」
「……あっ」
グラリと、バランスが崩れそうになったので、とっさにジルの肩に両手を回した。
――そうしてから、気付く。
(って、この格好……むちゃくちゃ恥ずかしくないかっ!)
はたから見れば、ジルは私を抱きとめ、私はジルに抱きつくような姿。
(レインも見ているのにっ!)
ばっと頭上を見上げると、崖上では、マカロとレインが肩を並べて、両手で口を覆っていた。
そして、小さく「きゃー」と叫んでいる……ような気がする。
「最悪だ……」
恥ずかしさで、自分の顔が赤らむのを感じた。
すると、ジルはさらにこっちの体を引き寄せた。
「ちょっ、と! ち、ちかよるなっ! バカ!」
「――おい! あばれるな! こっちは重いお前を支えるのに必死なんだぞ!」
「だれが重いだと!」
「いいから、お前もさっさとツタを持て!」
「持つから! ちょっと離れて!」
「どうやってだよ! この状況で! おとなしくしてろ!」
「私はもう平気だから、あんたはさっさと登れっ!」
「なら、俺を掴む手を離せよ!」
「まって! 落ちる! 離すと落ちるっ!」
***
そのあと、私とジルはなんとか無事に崖上まで登ってこられた。
「ミリス、お姫様みたいだった」と、レインは両手を合わせて、嬉しそうな顔で言った。
反論の余地はない。さっきのは完全にお姫様だっこ……。
不覚。これ以上になく、屈辱。
なによりレインに見られたのが、かなり恥ずかしい。
「お前な。助けてやったのに、お礼も言わないで、ぎゃあぎゃあとわめきやがって……。ほんとお前は……」
と、ジルは服を払いながら、ため息まじりに言った。こっちの気もしらないで。
「う、うるさいな。ありがとう! 助かったっ! これでいいんでしょ!」
と、言ったところで、横からマカロが抱きついてきた。
「ぐえっ」
硬いフルアーマーがぶつかる。
「ミリスさんっ! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「あぁ……うん。マカロ、はい、お守りの剣。もう落とさないようにしてね」
「はい! 基地に帰ったら、絶対お礼します! お二人ともかっこよかったです! お互い支え合ってる感じで、とても素敵でした!」
天然の追い打ちか。
「ああ、そう。ごはんでもおごってくれたらいいよ。じゃあ、私もういくよ……」
と、言って、がっくりとうなだれた。
(なんか疲れた……。もう余計なことには首つっこまないでおこうかな……)




