第五話 かすり傷
ミリスたちは木々に挟まれた道を進む。
道は徐々に整備されていない獣道のようになっていく。その上、平坦ではなく、坂をのぼったりくだったり、時には木々をかきわけたり、と、慣れない道にミリスは疲れが出始めていた。
だが、ジルはペースをゆるめることなく平然と歩いていた。
それどころか、道を外れ、下るところは迷いなく飛び降り、小さな崖なら飛び越え、道なき道を進んでいるようだった。
ミリスは戸惑いながらも、ジルを追いかけていく。
……が、それも長くはもたない。
「――ちょっと、あのさ……、普通に道を歩いていかない? 余計な体力つかうんだけど!」
と、離されつつあるジルに向かって声を上げた。
「うるさい、お前のペースに合わせてられるか」
「な、なに!」
「それに、むやみに道を外れているわけじゃない。モンギィが通りそうなルートを選んで、痕跡が残っていないか確認しながら進んでいるんだ。協力する気があるなら、文句言うな」
「でも、レインもつらそうなの!」
と、いうと、ジルは立ち止まった。
「……飛んでいるのにか?」
「飛んでいたって、慣れない道を進むのは緊張するし、レインはそういう感情に影響されやすいんだから!」
「……」
ジルは少し黙ったあと、
「……わかった。すまない。すこしペースを緩める」と、顔を伏して言った。
「……ジルさん、ありがとう」と、レインは小さく答えた。
ミリスはそのやり取りに眉をひそめた。
(この男……、レインの名前を出すと、急に素直になってないか? 私が不満を言った時とだいぶ態度が違うんだが)
すると、ジルはレインのほうをじっと見て、口を開く。
「……ところで、今気付いたんだが、レインの後ろに小さい獣みたいなものが見えるのは……、あれは見えていいものなのか」と、ジルは聞いた。
「えと、リックのこと?」と、レインは首をかしげる。
「リック……。名前か?」
「うん。リックはわたしの力で動けるようになった犬の幽霊さんだよ」
「……そいつはマジの幽霊なのか?」
「なに? ビビってんの?」ミリスはふん、と鼻を鳴らす。
「いや、ビビるというか……なんというか。困惑するが、まあ、そういう能力なら、そういうことか……?」
冷静を装っているが、目が泳いで、戸惑いが言葉に出ていた。
「リックは、わたしたちの味方だから、大丈夫だから!」と、レインは両手を握って言う。
「……ああ。それは信じるが、とにかく、君は計り知れない能力をもっているというのはわかったよ」
ジルは、頭を掻いて、目をそらしていた。深く考えないようにしているようだった。
(クールぶって、変に深入りしてこないのは都合がいいな)
「さ、余計なことしゃべってないで、先、進むんでしょ? はやくいくよ」
「お前な……」
ミリスはジルよりさっ、と前に出て歩き進めると、
「――うっ!」
突如、後ろから襟を掴まれ、体がぐい、と後ろに引っ張られた。
振り向くと、ジルが無言のままぶっきらぼうに襟を掴み上げていた。
「――なにすんだっ!」と、険しい顔でミリスが声を上げると、
「しっ。……だまって右を見ろ」と、ジルはぼそりと言う。
ミリスは目だけを動かして見ると、草地にまぎれてモンギィ――通常の体色のもの――がいた。
「モンギィ……でも、黄色のやつじゃない」
「ああ。ただの雑魚だ。こっちの様子をうかがっている。油断したところを襲おうと狙っているってところか。――放っておくと面倒だ、先にこっちから仕留めにかかるぞ」
と、ジルは小声で言った。
「わかった。だから、もう手をはなせっ」と小声ながらも荒い口調で言って、ぱしり、と手を叩き払った。
「――いって! おいっ、余計な動きはするなよ! やつが警戒するだろ!」
と、その時、
「――ミリスっ!」と、レインが声を上げる。
二人が草地から目を背けた、その瞬間にモンギィは飛び出していた。
「――うっ」
ミリスは身を引きながら、腰のブレードを抜こうとする。
――が、モンギィの素早さが先行し、防ぐのも間に合わない――と、思ったその瞬間。
〝――シュッ〟
ジルはとっさに手にもっていたナイフを振りあげた。
切っ先がモンギィの体をとらえたが、刹那、モンギィは宙で身をひねってそれをいなした。
着地すると、モンギィは飛び跳ねて仕切り直すようにすこし距離を取る。
「さがって!」と、ミリスは言って、水弾を構える。
〝――バシュッ〟
と、射撃音とともに水弾が放たれたが、モンギィにさっ、とかわされた。
――水弾は後ろの茂みに消えた。
〈――く、やっぱり、素早い!〉
さきほどのナイフに触れ、胴体から血が一筋垂れているが、モンギィは平然としていて、軽快な動きのままだった。
そして、ふたたびこちらに飛びかかろうと腰を屈めて構える。
(――まずい。来る――っ!)
ミリスも、ナイフを手に構えた。――その時、ガチャリ、と音が背後から聞こえた。
横目で後ろを見ると、ジルはのんきにもライフルを肩からおろして、銃身にあるボルトハンドルを引いて装填していた。
「――ちょっと、なにしてんの! さがってって言っただろ!」
「その必要はない。……もうカタはついている」と、ジルはぼそりと言う。
「えぇ?」
モンギィの姿を確認すると、いまにも飛び立とうと構えているのに、一向に動く様子がなかった。
次第に胴体を手で抑え、体がかたむき始めた。
「……傷を抑えている? でも、かすっただけで致命傷じゃなかったはず」
「かすり傷で十分だ」と、ジルは冷静な口調で言う。
「――傷に入り込む細菌を〈進化〉させて、その感染力を強化した」
モンギィの胴体に注目すると、傷周りが真っ赤になり腫瘍のように腫れあがっていた。
ジルは続けて言う。
「……そして、感染が急激に広がると、痛みと発熱で、動き回る余裕もなくなるだろう」
ジルはライフルを構え、照準を合わせる。
「あとは、撃つ、だけだ――」
モンギィはふらつきながらも、その場を離れようとするが、
〝ドォン――ッ〟
森に銃声が響き、弾丸に貫かれたモンギィは力なく倒れた。
ジルはライフルを肩にかけ、何事もなかったように歩き始める。
「ジルさんすごーい! 〈進化〉の力ってすごーい!」
と、レインは目を輝かせて言った。
「あの程度の雑魚なら100匹以上仕留めて来たからな……。そんなに騒ぐようなことじゃないさ」
と、ジルはうすく微笑みながら返す。
その後ろからミリスは口を開く。
「あんたさあ、何かするなら先に言ってくれない? 一応、協力してるんだからさ。協調性がないっていうか……、水弾だって体力消耗するんだから、無駄撃ちさせないでほしいんだけど?」
と、愚痴るように言っていると、ジルは振り向いて睨む。
「……無駄撃ちは俺のせいじゃねえだろ。というか、お前、その水弾ってのを当てる気あんのか? 何回外すんだ。へたくそ」
「う、うるさい! たまたまだし、たった二回だろ!」
「――二発」
「ん?」
「相手が雑魚だからよかったが、強力なFRANを前に、二発も外しているようじゃ、命はねえな」
「――はあ! 私はこれまでこれでやってきたんだ! 強い相手でも! あんたに何がわかんだ!」
「いちいちわめくな。うるせえ」
「あんたが――っ」
「ミリスっ、もお、勝てたんだからいいでしょっ!」
「……むぅ」
ミリスがむすっとした顔でいると、
「どっちが保護者かわからねえな。お前ら」と、ジルはぽつりと言う。
「あんたが悪いんだろうがっ!」
(やっぱり、こんな嫌味男と協力できるか――っ!)
と、ミリスは心の内で叫んだ。




