第三話 細工
森を進むと、道は坂になっていき、目先に小高い丘が見えて来た。
「あっ、ミリス! あそこにモンギィいるよ! モンギィ!」
と、レインが丘の上を指さして言った。
「しっ」
と、小声で言って、レインを屈ませる。
「ん……? あのモンギィ、なんだ? 『黄色い』……。 モンギィには違いないけど、なにかちがう……」
黄色い体のモンギィは、一匹でぽつんと立って、きょろきょろと警戒するようにあたりを見回していた。
通常ならば緑の体毛のはずだが、黄色い体色はかなり珍しい。というより、不自然さを感じた。日の光を反射し、光っているかのように目立つ。……新種だろうか。
「……あれが討伐目標のFRANかはわからないけど、何か手掛かりになるかもしれない。逃げられないように、先手を取って一気に捕えよう」
と、つづけて小声でささやく。
「気付かれないように、攻撃できるの?」と、レインも声を抑えて聞いてきた。
「私の能力、知ってるでしょ? ここからなら、〈凝縮〉の水弾が届くはず」
と言いながら、指先に力を込めて集中する。
すると、空気中の水分が〈凝縮〉され、水の塊になり、弾丸の形を成す。
「……よし、一発でしとめてやる」
(足を狙えば、逃げることもできないだろう)と考え、指先で足に狙いを定める。
「がんばって、ミリスっ」
と、レインは背後から息をひそめながら言った。
〝バシュ――ッ〟
と、水弾が弾け、風を切る音ととともに――、モンギィの動きがピタリと止まった。
モンギィはこちらを一瞥すると、すぐに飛び跳ねて、一瞬のうちに丘の向こう側へ飛び降りていった……。
――放った水弾は、モンギィにかすることもなく、足元の地面に着弾していた。
「――し、しまった! 外した!」
と、あわててあとを追う。
丘の上まで駆け上り、向こう側を見下ろしたが、黄色いモンギィの姿はもう見えなかった。森林の中にまぎれてしまったら、あの目立つ色でもまったく見つけられない。
「ミリス……」
と、後ろからレインが気まずそうな声をかけてきた。
「……ええと、ちょっと遠すぎた、かな。ははは」
と、振り返ることもなく笑ってごまかした。
(ちょっと珍しかったけど、任務とは関係ないよね。また見つけた時に、しとめればいいや……)
と、考えていると、
「――おいっ!」
と、突然低い声がした。
目を向けると、木の影からゆらりと男が姿を見せた。
どしどしと土を踏みしめ、こちらに向かって丘を登ってくる。
「今、アイツを逃がしたのは……お前か?」
男は鋭い目つきで、顔をしかめ、気だるそうな声だった。
深い緑色の髪は後ろにひとくくり。そして、片目が隠れるほど垂れた前髪が揺れる。
服装は、胸元まで開いたシャツで、襟にボアのついたレザージャケットを羽織っている。
肩にはベルトをひっかけて、ボルト式ライフル銃を背負っていた。
「な、なに? あんたは?」
男のにらみつけるような表情に、少したじろいでしまったが、つづける。
「アイツって、今の黄色いモンギィのこと? 先手をうって捕まえようとしたんだけど、ちょっと外してしまって……。残念」
と、言いながら軽いため息をついた。
「……」
男は黙って私の言葉を聞いていたが、次第に深く眉間にしわを寄せて、表情はさらに険しくなる。
そして、男は口を開く。
「……なにが、残念、だ!」と、噛みしめる歯を見せた。
「俺は、今のヤツに〝細工〟をしてあとをつけていたんだ……!
ヤツらの親玉か、アジトの場所を突き止めるためになっ!」
と吐き捨てるように言うと、
「チッ」と、軽く舌打ちして、
「だが、それも、考えなしのバカのせいで、台無しになったってことか」
と、頭に手をつき、嫌みったらしくため息をした。
「わ、悪かったよ……」
と、男の勢いに押され、とっさに謝ってしまった――が、男のぶしつけな態度かつ、口の悪さに時間差でだんだんと腹が立ってきた。
「――でもさ、いきなりさあ、バカはないんじゃないのっ?」
あんたが何を狙っていたかなんて、知らないから!」
「なに……? 文句あんなら、責任とれよ!」
と、男はふんっと鼻息をふかして続ける。
「師団士官様の応援部隊かなんだか知らねえが、ここらのFRANの生態の知識も、ろくにねえくせに、でしゃばりやがって……、はっきりいって、邪魔だぜ!」
次々と出てくる男の悪態に、さらに怒りがつのってきた。
「――ちょ、ちょっとあんた、グチグチと何勝手なことを!」
(なんなんだ、この男……! 本当にぶしつけだな! 見たところ戦闘員だと思うが、一人でいるってことは……まさか、基地を出る時に聞いた、勝手に単独行動している奴ってのは、こいつのことか?)
――だとしたら、この男、一人で勝手なことして、勝手に邪魔されたとか言ってるのか! と考えた瞬間、――カッとなる。
「細工か、なんだか知らないけどさ! そんな作戦聞いてないし、勝手な行動してたあんたに、ごちゃごちゃ言われる筋合いないから!」
と、男に負けじと迫るように声を上げた。
「あぁ?」と、男もひるむことなく睨み返してきた。
「ちょ、ちょっとまってよ! ケンカしちゃだめだよっ!」
と、レインの叫びが、私たちの間を割って入る。
「レイン……」
レインの叫びにすこしたじろぐと、男も口をあんぐりとさせてレインのほうを向いていた。
その男の様子を見て、私は、はっとする。
(まさか……この男、見えているのか? レインのこと)
「お兄さん、わたしもごめんなさい。モンギィを逃がしてしまって。わたしたち、なにか手伝えることがあれば、がんばりますから」
レインは、男の目に自分が映っていることをわかっているのか、自然に話しかけた。
だが、男はレインの言葉に返すことなく、
「……シキ!」
と、声を上げた。
レインはびくりと体を跳ねさせる。
「えっ! ……それって、わたしのこと?」と、レインは驚いた顔で自分を指さす。
「――あんた、この子を知ってるの?」
私も思わず目を丸くさせ、大声を出す。
――レインには幽体になる以前の記憶がない。レインのことを知っているというのなら、これ以上にない記憶の手掛かりだ……。
「……」
だが、男も驚いた顔で黙っていた。
(……なんで黙る! はやくなにか言え!)
少し間をおいて男はやっと口を開く。
「い、いや、ただ……、妹の顔に、すこし似ていただけだ……何年も前の、な」
レインはそれを聞いて、はっとする。
「もしかして、妹さんを亡くされた……とか?」
「……いや、そんなことはなく、妹は生きてる。今ごろ、どこかで遊びまわってるだろうよ」
と、男は思いふけるように顔を上げ、つづける。
「君と同じ年頃の時の妹に似ていてな。
特に、いつも俺の背中にひっついていた頃の姿とダブって見えてしまったんだ。
……驚かせたな。すまない。気にしないでくれ」
男はそう言ってすこしうつむく。
(こいつ……、記憶の手掛かりかと期待した私が本当にバカみたいじゃないか!)
「――まぎらわしい反応するな! このシスコン変態野郎!」
「あぁ? なんだと! てめえは関係ねえだろ! 黙ってろ腹出し筋肉女!」
「はあぁっ? どこみてんだよ!」
「――ちょっと! ふたりともおちついてよっ!」
と、ふたたび私たちの間に割って入り、レインが叫んだ。
ぷっくりと顔を膨らませて私を押してその場から離そうとする。
「だって、こいつが……」と、男に指さす。
「だってじゃないの! わたしがお話しするから、ミリスはちょっと黙ってて」
……叱られてしまった。私は悪くないのに。
しかたがないので、私はレインの言う通り、素直に黙っていることにした。




