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第二話 油断

 

 カム・ラムの森はおよそ150kmまで広がりを見せる広大な森林地帯である。

 大陸の北部をすっぽり森で覆っていた。


 森には様々な種類の樹木が生えており、豊富な森林資源がとれるほか、フルーツやナッツ類の食料も多く採取でき、国中の食料にまかなわれている。


 しかし、豊富な資源はFRAN(フラン)にとっても願望の的である。

 森の奥は灰汚染以来の手つかずの自然がほとんどで、森の奥はまだ見ぬ数々のFRANが生息していると言われている。


 そんなカム・ラムの森は、さらに森の奥深くまで開発していきたい人間と、食料を盗られまいとするFRANとの熾烈(しれつ)な争いの場といえよう。




 ミリスたちは村を北に抜け、森の中へ入っていく。


 オペレーターの言っていた通り、森に入るとすぐにテントが並んだ駐屯地が見えた。


 テントをくぐると、隊長と思わしき初老の男性を前に、士官たちが肩を並べ指示を待っていた。


 ミリスもその列に加わり待機していると、次第に隊長が口をひらく。


「本日はこのエリアの探索を(しゅ)とする」


 そう言って、壁に張り付けた地図の一部分を指し示す。


「異常があればただちに報告をするように。確認がとれるまで待機し、決して動かぬように」


 隊長は険しい顔だった。口調も動きもきびきびしており、指示を聞く士官たちにも緊張感が漂う。


(きっちりした性格なんだろうな。FRANと近いところだからか、常に緊張感が必要なのかも)


 と、ミリスは思った。


 その後しばらくの間、細かい指示を聞いた後、テントを出た。


 レインは独特の緊張感に息がつまったのか、それとも、ただつまらなかったのか、いつのまにかテントを出て、外で待っていた。

 椅子にちょこんと座って、飛んでいる蝶々を目で追っている。


「レイン、いくよ」と、声をかけると、


「あ、ミリス」と、ふわりと近寄って来て、


「あのね、あっちにお花がいっぱい咲いてた」


 と、森の奥を指さして言う。


「あんまり遠くへいってないよね?」


「うん。すぐ近くだよ。木に咲いたお花もあったよ。きれーだった」


「レインってお花、好きだよね」


「うん。好き。お花って、おもしろいんだよ。魂の色と花びらの色が一緒なの。見た目にあらわれてるんだ」


(……へえ。レインならではの視点だなあ)


 と、ミリスはすこし感心した。


(レインには、ここらへんの木や花の魂が一つ一つ見えるんだよね……。いったいレインが見ている景色はどんな風なんだろう)


 と、考えてていると、ふとレインがいないことに気付く。


「あれ、レイン?」


 見回すと、レインは森の中へ入っていっていた。


「先にいかないでよ! レイン!」


 何か興味のあるものを見つけたのか、ふらふらと(ただよ)っていく。

 

(普段はゆっくり動いている印象なのに、こういう時だけ、動きが瞬発的に速く感じるんだよなあ、不思議と……!)

 

 と、心の中でうなだれながら駆けだす。




 森をすこし進んだところで、レインに追いついた。


 進むほど、生い茂る木々が増えていき、木々の間に入っていくレインを見失いそうになって少し焦った。


「見てー。ミリス、ほら、おっきな木。魂もおおきいんだよ!」


「それはわかったから。私より先にいかないで」


「……うん」と、レインはちょっと反省した。たぶん。


 〝――カサッ〟


 と、レインの背後の木の枝葉が、わずかに揺れるのを感じた。


「レインっ!」


 と、レインの腕を取ろうと腕を伸ばした、と同時に、


 〝ギィィイ――!〟


 と、鳴き声を上げて猿の姿をしたものが木の影から飛び出してきた。


「――モンギィだっ!」




 『フューリィモンギィ』――通称、モンギィ


 ――猿型のFRANで、動物の中でもっとも早い段階でFRANに進化したといわれている。

 人の子どもほどの体長で、二足でしっかり立ち、鋭い爪をもっている。

 動きは素早く、緑色の体毛が森や草地では保護色となり、気付かないうちに接近されることも多い。

 そのうえ知能も高く、人が油断した隙を狙って襲ってくる厄介な特徴を持つ。




(――速い!)


 ミリスはレインの腕をつかんでひっぱろうとしたが、それよりも先に、勢いよく飛び出たモンギィの爪先がレインに体に到達しそうとしていた。


 ――と、その時、


 〝オォン――ッ!〟


 咆哮とともに、巨大な犬がモンギィを上から押さえつける。


「――リック! 助かった!」


 ミリスは安堵して、とっさに飛び出てきてくれたリックに感謝した。


 ――リックとは、ライオンのような巨体をもつ大型犬で、私たちの頼れる味方だ。

 リックもまた霊体の姿で、たてがみの毛先がゆらめいている。


 動体視力や反射神経が人のそれを超越しており、素早いモンギィもわけなく捕らえることができたのだろう。


 リックは普段は体を縮めてレインに忠実に付いてきている。

 必要な時だけ元の大きさに戻ることができる、らしい。


 〝――ギィィァッ!〟


 地面に押さえつけられていたモンギィは鳴き声を上げ、必死にもがきながら爪をむき出した。


「リック! あぶない!」と、レインの声。


 モンギィが爪を振りかぶったところをリックは反応して避ける。

 しかし、それゆえ前足がわずかに離れてしまう。

 その隙にモンギィは素早く身を起こし、跳ねるように飛んで距離を取った。


 すると、モンギィはこの状況を不利とみたか、一目散に去っていく。


 目で追うヒマもなく、木をつたって森の奥へ消えた。


(この引き際の判断や素早い逃げ足も厄介なFRANといわれる理由だろうな……)




 ミリスたちは戦闘体勢に入っていたが、周りにFRANの気配がないとみて力をゆるめた。


「リックー、ありがとっ!」


 緊張が解かれるとすぐに、レインはリックに抱きつきお礼を言った。


「FRANがいきなり出てくるなんてね。驚いた。まだそれほど村から離れてないのに……。レイン、気をつけないと! 私から離れないで」


「はあい」と、レインはしょげる。

 レインも急な出来事に驚いたのか反省しているようだった。


「――君、大丈夫?」


 と、背後から少年のような声が向けられた。

 ミリスは、びくりと身を浮かし、あわてて振り向いた。


「え、あ、はい。――問題ないです」


 と、取りつくろうように返事した。


 声かけてきたのは、男性かと思ったら栗色の長い髪の女性だった。

 背が高く小顔だが、端正な顔立ちが目立つ。

 さきほどの駐屯テントの中で後ろ姿だけだが、見かけたような気がする。


(今のやり取り見られていたかな……?)


 ミリスは不意をつかれ、内心どぎまぎしていた。


 ――レインは幽体ゆえに、ミリス以外の人からは認識できない。

 レインの能力によって魂を実体化しているリックも同等だ。

 つまり、レインたちとの会話は、他人から見たらミリスが一人芝居しているように見えることになる。


「今、戦ってたのはモンギィかな? ここらへんに出てくるのは珍しいんだよ」


 女性は落ち着いた声色だったが、その表情はどこかわんぱくな少年らしさを感じさせた。


(様子を見るかぎり、私の一人芝居は見られてない。……と思いたい)


 そんな顔色をうかがうミリスをよそに女性は続ける。


「今回問題になってるFRANなんだけどね、モンギィが関わってるって話をちらほら聞くんだ。……もしかしたら、ヤツらのボス的なやつが問題を起こしたのではないかって噂、本当かもね」


 と、手を顎にあてて、さらにつづける。


「とにかく、モンギィたちの様子に注意したほうがよさそう」


 と、女性はそれだけ言うと、ミリスの返事を待つ前に、


 「じゃあ、あなたもがんばってね」


 と、軽く手を振って歩き始める。


 女性は長髪を左右に揺らしながら、軽快な足取りだった。




 ――ミリスはしばらく、その後ろ姿をじっと見つめていた。


「どうしたの? ミリス」


 と、隣でレインが言う。


「いや、なんか、あの人、テオさんにそっくりだなあって」


「テオさんって、この前会ったミリスの先輩の人?」


「うん。顔の雰囲気が似てて、身長も同じくらいだし」


「んー。でも、あの人、テオさんとは魂の色がちょっと違うよ。テオさんはもっと大人っぽくて女性らしい色だったの」


「へえ。人の魂も身体に反映しているんだねえ。レインが言うのなら、単なる他人のそら似かな。あの人はどちらかというと若々しくて元気な印象だもんね」


 そんなやり取りの後、ミリスはレインとリックにケガがないことを確認する。

 そして、周囲を警戒しながら、さらに森の奥へと歩き出した。


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