(Ⅲ)
病室に入ると、さっそくオイルをセットし、火を焚く。
そして、レインとアロマポットに顔を近づけて香りをかぐ。
「なんだか、甘酸っぱいにおいだねえ」と、レインは微笑みながらささやいた。
「うん、そうだね。トゲのない、ほんのりとやさしい香りだと思う」
と、匂いながら言っていると、ポットからぼんやりとしたモヤが湧き出て来た。
……え、焦げた? と思ったら、それは徐々に大きな塊になり、
「ミリス! これ! これって!」と、レインはモヤを指さし、声を上げる。
「レイン、なに? どうなってるの?」
レインはこれを知っているようだった。レインだけがわかるものってつまり、これは……。
「――魂だよ!」
すると、ぼんやりとモヤが形づくられていく。私でも認識できるように、透明なモヤに存在感が増していく。これもレインの力によるものか。
しかし、アロマに魂、だって? ――いや、花、か? 純度の高い精油とはきいていたが……。
花に魂、か――。
確かに、植物にもFRANとなるような存在がいる。先日の任務でも、巨大な木のFRANとも戦闘したばかりだ。
植物にも生存本能があり、生き抜くために進化したということだ。進化体は、自分で動き、自分で狩りをする。それは間違いなく、植物自身の〝意思〟によるものだ。
すなわち、それは、植物にも〝魂〟があるといっても遜色ないのではないか。
アロマから湧き出たモヤは、人の形を成していた。
そして服を纏うように、体周りが形作られていく。
そこで、私はぎょ、と目を見開いた。
具現された花の魂は、絵本からそのまま飛び出したような、いかにもメルヘンな服装の小人の少女……つまり、妖精の姿だった。
ふんわりとした金髪に花冠を乗せ、背中には蝶の羽。花びらを模したピンクのスカート。
現実で目の当たりにすると、ひどくシュールな絵面……。なんかきもちわるっ。
「わあー。妖精さんだー」
レインは両手を重ね、目を輝かせてうきうきとした表情をしている。
妖精の姿にどこか既視感があると思えば、やはり、絵本だ。幼少期に読んだ絵本の妖精も、こんな格好をしていた気がする。
と、いうことは、この姿は、レインの想像によるものなのか? レインの記憶の中に絵本があるのか。
「レイン、妖精の絵本かなにか、読んだことある?」
「んー、あるような、ないような。でも、妖精さんってこんな感じだよね」
と、レインは首をかしげる。
はっきりとはしないが、レインの想像の中の妖精をあらわしているのは間違いないようだ。
「ねえ、ミリス。この妖精さんとお話しできるかなあ!」と、レインはさらにうきうきしている。レインにとっては、絵本に見たあこがれの存在だろう。その表情から嬉しさがにじみ出ていた。
「うーん。魂、というのなら、意思はあるはず」
――そういえば、こんなことを聞いたことがある。植物も仲間同士でなんらかの手段でコミュニケーションをとり、情報を取り交わしている、と。
そしてその情報を記憶して学習する能力。それによって生き抜くために性質を変え、繁栄していく力をもっている。
私たちが思っているより、植物は動的で、そこらの動物なんかよりも高い知性をもって生きているのかもしれない。
「ねえ、きみ、しゃべれる?」と、私は試しに尋ねた。
「……」
「妖精さん、妖精さん、おはなし、しませんか?」と、レインも話しかける。
妖精は黙っていたが、やがて口をひらく――。
「……はあ? しゃべりかけてんじゃねーよ、クソども」
私とレインは、固まった。
妖精は甲高い声だったが、ヤンキーのようにけだるそうな口調である。
眉間にはびっしりとしわを寄せて、睨みをきかせている。
なんか今日は、こんなのばっかりだな……。
私が放心していると、レインはめげずに声をかける。
「あの、怒ってます……?」
すると、妖精は啖呵を切ってわめく。
「あたりめーだろっ! こら! 勝手に枝をちぎりとりやがって! ぐっちゃぐちゃにつぶされて、液体にされてよー! あげくには火あぶりかよ! サイコかてめえら! おめえらもひき肉にして焼いて食ってやろうか! ああ?」
「うぅ、ごめんなさい……」と、レインは涙目になった。
改めて聞かされる植物への仕打ちの申し訳なさと、思っていた妖精像とはるかにかけ離れた暴言とで、色んな意味で泣けてきてそうだな。
「くそっ、こんなちっぽけな体にしやがって! あたいら伝統ある種族も形無しだぜ!」
妖精は、空中でじだんだを踏みながら愚痴るように言う。
「たしか、あなたは本来、大きな木なんだよね?」と、私はつぶやいた。
「ああ?」
「本体は今も森の中で生きてると思うけど、どうして魂はここにいるの?」
「はあ? 人間の低能さにはあきれるぜ! 植物はよ、枝葉や花一輪ごとに魂を分けて宿らせることできるんだ。枝を切っても折っても自立できるようにな。それが、別の幹に移ったときに魂ごと融合することもできる。記憶の共有だってできる。そうやって、あたいたちはいままで生きながらえて来たんだ」
と、妖精は平然と語る。つまり、これは魂の分身体のようなものか。
植物のたくましさはわかっていたが、人間には到底理解できないような植物の生存システムがあったんだな……。もしかしたら、植物ってこの世でもっとも生命力のある生き物なのかもしれない。
そして、妖精は自分の首元に触れ、けだるそうに口を開く。
「はあー、それにしても乾く……。なんだろう。人間でいうと、腹が減ったって感覚かなあ。あー、乾くぜ」
「……あの、なにか、食べますか?」と、レインはおそるおそる尋ねた。
「はん! そうだなあ。いますぐ食い物を用意できるんなら、おめえらを殺すのは後回しにしてやる」
「植物だから、栄養は水と太陽光? ミネラルウォーターならあるけど」と、私は売店の方角を指さす。
「――ちがう!」と、妖精は一喝する。「虫か、ネズミだ! 特に丸々太ったネズミをたらふく食うのはたまんねえ!」
バリバリの肉食だなあ……。どうせなら妖精らしく花の蜜とか果物とか食べてほしいけど、こいつの場合、共食いになるか。
「……悪いけど、そういうのは用意できないから、自分で獲って食べてくれない?」
「つかえねえな! 人間はほんとっ! くそったれが! やっぱり今すぐぶちころしてやろうか!」
ぎゃあぎゃあと喚き散らす妖精はふと動きをとめて、あたりの匂いを嗅ぎ始めた。
妖精の視線の先には、ベッド脇の棚に瓶詰のヘビ肉のジャーキーが置いてあった。私がおやつに食べていたものだ。うっかりここに置き忘れてしまっていた。
「いい匂いするじゃねえか。それ。試しにそれをよこせ」
私は言われるまま、ジャーキーを渡す。
妖精は瓶を開けると興味深そうに中身を観察する。
「ほお、人間が気軽に食べやすいように加工しているのか、浅知恵だが、努力は認めよう」
と、よくわからんことを述べながらジャーキーを口にいれる。すると、
「――人間の食い物、うめえな!」と、目を輝かせる。
「この油のしつこさといい、雑な味の濃さといい、たまんねえな!」
と、妖精はポットの上であぐらをかいて、がつがつジャーキーをほおばる。
どうやら気に入ったようだ。褒めているのかどうかは、あやしいところだが。
だが、ひとまずご機嫌を取れたところで、私はひとつ、思いつきの提案をしてみる。
「もし、私たちに協力してくれたら、そういうの、もっと食べさせてあげるけど……?」
と、含みを持たせるように言った。
「あ? 食事に連れてってくれるってことか?」
「まあ。そういうことになるのかな。そのヘビとか、戦うし」
「ふうん」と、妖精は眉をひそめる。「まあついていってやらんこともない。だが、お前らの言うことは聞くつもりはねえ。勝手にやらせてもらうぜ」
とりあえず、害がないならそれでいいか……。もしこいつが私たちになにかしそうでも、レインのプリムスの力を止めればおとなしくなるだろう。
「それで、あなたが獲物を狩る時ってどうするの?」
「寄生して養分をしぼり取ってなぶり殺す」
と、妖精はジャーキーをほおばりながら、投げやりに言った。
……これまでの妖精とのやり取りを、レインはただ遠い目をして眺めていた。
レインの妖精に対するイメージが、氷床のクレバスのごとく崩れ去っていくのを痛いほど感じた。




