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第十九話 咆哮

 

 ミリスたちは、一歩一歩慎重に、前へ進む。

 数歩進んだところで、それに反応するように壁一面に広がる巨木が雷雲が(うな)りを上げるような鈍い音とともに動きだす。

 ライトで照らし出された背景がゆがむ。床がきしみ、ツタが鉄をこする音があちこちから鳴った。


 ミリスは、剣に〈凝縮〉の力を込め、プリズムソードを作り出す。

 それに追従するように、リックは重心を低くして構えた。


 ――そして、一人と一匹は、駆ける。

 同時に前方から伸びるツタ――。


 それを、すかさず剣を振るい斬り裂く。


 次のツタはリックを狙う――が、瞬間、飛び立ち、爪でツタを裂いた。


 リックの動きは、ミリスの反応よりもはるかに速かった。

 先行し、次にくるツタも切り裂く。


 リックの動作終わりに飛んでくるツタは、ミリスが背後から踏み込んで斬り飛ばす。


 次々にツタを斬り伏せながら、前進していく。

 ミリスの負担は、さきほどの半分にも満たない。


 ――次の瞬間、ミリスは足元の床が膨れるのを察知した。


(見えないツタっ! もう見逃さないぞ――っ!)


 ――ミリスは跳躍した。と、同時にツタが床を突き破って一直線にミリスに向かって伸びた。


 ミリスは跳躍の勢いのまま、宙で前転。下方のツタに斜めに刃を入れて斬り上げる、逆袈裟斬り――。ツタが伸び切る前に断面が露出する。


 床に着地し、すぐに駆けだす。リックとともに勢いは止まらない。


 ――大木の根本まであとすこし。


 その時、大木は身を乗り出すように揺れ動き、床のきしみ音が響き渡る。――そして、ミリスたちの上空から、10を超えるツタが降り注いだ。


(――この数っ!)


 (さば)ききれないと判断したミリスは後方に飛んだ。

 いくつかが、伸びた勢いのまま床にぶつかったが、残りは方向転換し、ミリスを追う――。

 飛びながら、ミリスは剣を振る。一、二本を斬り、剣の動きに間に合わないものは身をよじって避ける。腕や足をかすり、皮膚が裂けた。


 リックもツタを避けつつも、一本一本を順に対応している。


 ――しかし、ツタは減らない。ふたたび放たれたツタは上空から降り注ぐように迫る。


 〝――ブゥンッ〟


 ――背後から、ヨーヨーの回転音。

 激しい音を響かせながら、ミリスの頭上を流星のごとく駆ける。

 ヨーヨーの動きにつられるようにツタが吸い寄せられ、10本程ががっちりとヨーヨーに固定され、ツタが塊となった。

 ――そして、ツタを身に纏ったヨーヨーはそのまま床に叩きつけられ、ツタは接合されたように動かなくなった。


(いいぞっ! チェロっ! これなら、いける――っ!)


 ミリスは残ったわずかなツタを斬りながら、前進する。――その時、


「チェローっ! よけてーっ!」


 背後からレインの叫び声。


「――っ!」


 ミリスは、身をよじり、後ろを振り返ると、

 ――チェロルカが地面から伸びたツルに(はじ)き飛ばされる姿が見えた。


 ヨーヨーは今も、10本のツタを床で固定し続けている――。


(――チェロはいま! 無防備だっ!)


 まずいっ! と頭をよぎったと同時に、ミリスは水弾を構え、後方に射出した――。

 チェロルカを弾いたツタに直撃し、――中ほどで分断される。

 ツタがぼとりと床に落ちるのを確認する。ひとまず、チェロへの追撃はおさえた。


(チェロの様子が気になる――が、)


 ふたたび前方を向くと、リックが先行して根本付近まで進んでいた。


(――先にこっちだっ! シーラを助けて、すぐに戻ろうっ!)


 リックの後を追うため地面を蹴り、全力で駆ける。

 このまま到達できる――、と頭の中をかすった時――。


 前方のリックが飛んだ。――いや、弾き飛ばされた。


「――リックっ!」


 そう叫ぶとともに地面から何本ものツタが伸び、視界を遮断した。リックはそれに巻き込まれたのだ。


 ――そして、背後からも異物の気配。

 顔だけを後ろに向けると、同じように視界を阻むほどの数のツタが床からせり出していた。

 気づいた時には前後左右からのツタで完全に囲まれている――。


(まるで――〝トラップ〟――っ!)


 ミリスは瞬間、そう悟った。


 プリズムソードを凝固させて、振りかぶる動作に入る。――しかし、全方向からくるツタを、一度に斬り伏せることなど――到底、無理、だ。


 ――すべてのツタが降り注ぐようにミリスに迫る。


(――チェロの覚悟を思い出せっ! 私より幼いあの子が、あの怪我で、立ち上がっているんだぞっ! 多少の肉は切らせてやる――っ!)


 ツタの鋭い切っ先たちが隙間なく向かってくる――。視界がくすんだ緑で埋まっていく――。

 そして――、


 〝バンッ〟


 という、音が響いた。


 ミリスの振った剣筋は空を切った。体にツタは触れていない。依然視界は緑で埋まったままだ。


 ――ふたたび、バンっ、と音が鳴った。

 眼前まで迫ってきていた無数のツタは、時間が制止したかのようにすべて動きが止まっている。足もとに視線を下げると、ツタがいくつか落ちている。

 また、バンっ、と音が鳴る。同時にツタが一本、足元に落ちる。――この音は、ツタが床に落ちた音だと理解した。

 それを皮切りに次々にツタが床に落ちる。薄く張った海水が大きなしぶきを上げる。


 ミリスの周りには、ツタが身を起こそうとうごめていたが、床から離れることができないようだった。


「……なにが……」


 起こったんだ? と、口に出す前にその姿が視界に入る。――すこし離れたところで、チェロルカが床に伏したまま右手をこちらに伸ばしている。


 さきほど弾き飛ばされ、床に叩きつけられた格好のままだろうか、そばでレインが彼女の体を支えていた。


 伸ばされた手から視線をたどると、ヨーヨーがすぐ近くまで転がってきていたことに気付いた。


 そして、チェロルカは口を開く。


「……今、そこに、()()()()()()()()()()()()()()っ! ミリスを中心に円状に広がっている! ツタは、もう……床から起き上がれない――っ!」


 ミリスは、思わず、ぞくりとした。

 鬼気迫る少女の顔には影が落ち、憎悪の底から這い出るような低い声。そしてこの、底知れぬプリムスの爆発力――。


 続けて、チェロルカは声を上げる。


「――そして! ミリス、あなただけ……()()()()()()()()()()っ!」


 すると、ミリスの体がふわりと、浮かびあがる――。


 チェロルカの眼はギラギラと(またた)いている。


 ミリスはチェロルカの意思を読み取った。


(――チェロは自分の力がそう長くはもたない、と判断したのだろう)


 ……何度切ってもツタは無制限に伸びてくる。頼りのリックも傷ついてしまった。

 このまま、シーラの元へ向かっても、ミリスはやられるだけだろう。


「――だから、私が、ヤツを仕留める――」


 ミリスは自分に言い聞かせるように、静かに、ただ、燃え立つように言った。

 ミリスの体は上昇していく。

 

 そして、天井に近づくと、身をひねって逆さまになり、膝をついて()()()()()()()

 ここからなら、巨木の花びらの中心にかまえる目玉がはっきりと見通せた。


 ミリスは両手を前に構える。――20発分の水弾を生成。


 〝――ドォンッ〟


 二十重(はたえ)の射出音を響かせながら、水弾が一斉に放たれた。


 すると、花びらの(かげ)から象牙が伸び、一瞬にしてすべて剥き出しになった。

 弾はすべて象牙にふせがれ、目玉へは一発も通らなかった。


 ――だが、ミリスは射出したと同時に天井を駆けだしていた。


(それは、もう知っている――っ!)


 右手にはブレード。――〈凝縮〉の氷結により刀身が伸びていく。


 花びらの直上に差し掛かったところで、プリズムの剣はさらに刀身を伸ばし、――2m。


 そして、天井から足を離す。〈引力〉の反転はもう効いていなかった。この時――剣の長さは3m。


 ミリスの体は、そのまま落下を始める。――剣は4m。


 巨木は、それに反応する。象牙は水弾によってヒビだらけになっていたが、形は保っている。――そして、確実にミリスを捉えるためにふたたび動きだす。


 ――だが、ぎしり、と音を立てて象牙の動きが止まった。


 象牙には(しも)が張り付き、びっしりと根本まで広がっていた。


 ――さっき放たれた20発のショットガンの弾は、そのすべてが強力な〈凝縮〉によって冷却され、氷結の気を纏っていた。

 氷結の弾に当たった象牙は、根本の神経を凍てつかされ動きがひどくにぶっている。


 ミリスは落下していく。――目玉に向かって、一直線。――この時、剣は5m。

 剣の重みに耐えきれず、重力に任せて切っ先を真下に振り下ろした。


 危機を悟った巨木は、二枚歯であるもうひとつ牙が目玉の陰から伸びる、――だが、ミリスには届かない。

 目玉にはミリスの体よりもはるかに先行して5mの剣が降ってくる――。


「――ッアアアァァア―――っ!」


 ――ミリスは咆哮する。5mものプリズムソードは〈凝縮〉し続け、その全身を硬く、鋭く、形を保ち続ける。


 〝――ズッ〟


 と、目玉に刃が落ちる音。血管とゲル状の角膜が断たれる音。そして――。


 〝――ブチブチブチッ〟


 剣が、目玉をえぐり、つらぬき……、



 〝――ブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチビチブチブチブチブチブチブチチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチチブチブチブチブチブチブチブッ〟



 ――巨木の内部まで引き裂き、一本一本の植物の繊維組織をひきちぎる音がどこまでも、どこまでも、響き渡った――。


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