第十七話 心と体
「チェロおお――――っ!」
叫びながら、ミリスは駆けだす。
――ミリスの心臓音が一気に高まる。顔から血の気がひく。流れていた汗がすべて冷えていく。
(――血だ! チェロが巨木の眼に近づいた瞬間、血が飛んだ! ここからではチェロの身に何が起こったかよく見えない、しかし、流血している――っ!)
その時、上空では、チェロルカの体がずり落ちるようにして牙が引き抜かれ、さらに血が舞う。
血とともに力なく落下するチェロルカを見て、ミリスはさらに足を速める。
(――意識がないのか? 動けないのか? とにかく、受け止めなければっ!〉
しかし、根本に近づくつれてツタの猛攻が激しくなる。
ミリスは氷剣で斬って、受けて、防いで、必死に進行を止めずに近づく。
(――このままいけば間に合うっ! チェロを回収したらいったん退いて、治療しなければっ! だから、無事でいてくれ! チェロ……っ!)
〝――ドッ〟
と、鈍い音。
ミリスには何の音か理解できなかった。だが、自分の動きが止まってしまっている。
何かに進行を防がれているようだ。
――上空から落ちるチェロルカを、常に見上げていたことも災いした。
ミリスの足元の床を突き破って、ツタが伸びていた。
それに気付いた時には、腹にツタが撃ち込まれている。
(――ツタは……見えているものだけじゃ、なかった……)
そう思った時には、両足は浮かびあがっていた。
すぐにツタを握りしめ、腹に食い込むのを防ぐ――が、その伸びる勢いのままミリスの体は後方に飛ばされる。
「うああ――――っ! チェロお――っ! うごけえぇ――っ!」
もはや、ミリスには切実に呼びかけることしかできない。
ツタが伸びるままに、はるか後方まで戻されていく。
***
ツタが限界らしい長さまで伸びた頃、花畑の始まりの場所まで弾き飛ばされ、床に叩きつけられた。
バシャン、と海水を散らし、仰向けに大の字になる。
「……はっ、はっ……!」
激しい息切れだった。
そして、腹部からは出血していた。ツタを手では止めきれず肉を軽くえぐられていた。
(チェロは……どうなった)
すぐさま立ち上がろうと、体を起こそうとするが、思うように動かない。
呼吸がままならず、汗があふれ、脳が揺れ動くような感覚……。
叩きつけられた衝撃もあるが、ツタとの攻防で、能力を使いすぎていた、と今、自覚する。
氷剣は消耗が少ないとはいえ、あまりにも連続的な使用。かつ、体を酷使するような動きで疲弊しきっていた。
(――でも、動かなければ……チェロが)
……私の作戦のせいでチェロが……。安易だったのか……。全部、私が悪いんだ……。
倒れながら、涙が伝う。――だが、
(……泣いてなんか、いられるか……っ!)
涙を絞り切るように目をぎゅ、とつむり、体に力を入れる。
「……ミリス、しっかり……」
と、静かな、声がした。――とても、温かく感じた。
はっと、目を見開くと、傍らに座り込んだレインが私を見下ろしていた。
「レイン……」と、私はささやきかける。
レインはひどく悲しい顔をしている。私が弱いばかりに、また心配させてしまった。
そして、レインは何も言わず、私の胸元に手を当てた。
すると、体の重さがやわらぎ、次第に手足が動くようになった。
「えっ。これは……?」
どういうことだ。体力が戻っているのか? レインがやっているのか?
戸惑う私を前に、レインは口を開く。
「……わたしは、魂が見えるから……。いろあせた魂。キズついた魂。ゆがんでしまった魂。それはたぶん、その時の心の気持ちをあらわしてて……」
レインは、ええと、とつまりながらも、言葉にしようとしていた。
それでね、と続ける。
「……心と体は繋がってて……つかれとか、よわった体力とかも、感じ取れて……」
レインは、だからね、と続ける。
「……わたしが、ゆがんだ魂のかたちを整えるように、――くずれてしまったところを埋め立てるように、ちからをこめると、魂の形はもとどおりになるの」
……〝心と体は繋がっている〟か。確かにそれは、一理あるかもしれない。
プリムスの強さは精神力のあらわれと言われているが、実際使った時に消耗するのは体力だ。魂の疲弊が、体力の疲弊というのなら、逆もまたしかり、――魂の回復が体力の回復に繋がる、ということだろうか。
「けほっ……!けほっけほっ」
レインが突然、苦しそうに咳込む。
「レイン、どうしたの?」
と、手を差し伸べる。その時にはすでに体が楽に起こせるようになっていた。
すると、レインに触れた箇所が、霧のようにぼやけ、体が透けて触れた感覚がなくなる。
「レイン……っ! まって! レインの形も崩れてるっ!」
レインの、この幽体は、魂そのものといえるだろう。
それがゆがむということは、レインが疲弊しているってことじゃないか。
――まるで私の疲れを吸い取ってしまったかのように。
回復をとめるため体を離そうとするが、レインは私の胸元から手を離さない。
「その力を使えば、あなたが消耗する! もういいから! これじゃあ……これじゃあレインが肩代わりしているだけじゃないか!」
「これは、体の傷までは治らないの……だから、せめて体力を全部、回復しなきゃ……けほっ」
私の声を聞こえないふりをするようにレインは力を込め続ける。
そこで、私はレインの手をつかみ上げた。
「……あ……ミリス、まだ、だめ」
明らかに弱弱しい声だった。
「レイン、もうやめて」
私は表情に影を落として言った。すると、レインはすがるような顔を向ける。
「役に立ちたいから……」と、強い眼差しを見せる。
「ミリスたちががんばってるのを見ているだけなんて、いやだよ……。わたしは、きっと、このためにいるんだ……! わたしの体力の分まで、ミリスたちを動けるようにするためだよ! そうじゃないと、チェロもミリスもやられちゃう……! わたしは平気。ちょっと疲れるだけだから、ミリスたちみたいに傷ついたりしないからっ!」
その決意の灯が揺れる瞳から涙がそっと頬をつたう。
「レイン……」
事実、レインがいなければ、立ち上がる力もなかっただろう。
すでに甘えている状況で、私にレインの気持ちを無下にする資格はない。
私が強くなればいいことなんだ……。ただ、それだけ……。
それに、今、言い合っている場合ではない。
「――わかった。レイン。ありがとう。でも、私の回復はもういい。チェロが心配だ。残りの体力はチェロに使ってあげて。いい?」
「……大丈夫だよ。ミリス。チェロは無事だよ。ケガがひどいけど……」
「えっ?」
「でも、チェロ、また無理して木のFRANに立ち向かっていってるかもしれない……はやく様子、見に行かないと!」
どういうことだ。レインがチェロを受け止め、傷の手当てもしたというのか?
わからないが、とにかく、チェロの元に戻って安否を確認しなければ!
私は、さっ立ち上がり、レインとともに、駆けだす。




