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第十六話 牙


 チェロルカの胸にある衝撃緩和壁展開装置――プロテクトシンボルが淡く光り、作動音を鳴らしている。


 先ほどの太く鋭いツタの衝撃を肩に受け、体が弾かれて鉄の床に叩きつけられたからだ。肩や背中に鈍い痺れが広がっている。

 ……だが、耐えられないほどではない。そして、あの速度ならば――。


 チェロルカは巨木の根本――力なく倒れている友人、シーラに向かってまっすぐ駆けていく。


 それを遮断するように、ふたたびツタが襲う。――前方から二本。巨木の根本から解き放たれるかのように――。


(――来るのは、わかっているぞっ!)


 チェロルカは意気込む。ツタが放たれる直前に、チェロルカは駆けながら右手からヨーヨーを放り投げていた。

 そして、伸びてきたツタを振り払うようにヨーヨーを一閃。


 ――二本のツタは弾かれる。植物の繊維がほつれるようにちぎれ飛んだ。


 ヨーヨーをキャッチし、返す手でもう一度、すぐに放つ。

 直後、続けてもう二本、ツタが向かってきた――が、それも弾き飛ばした。


 チェロルカの走る勢いは止まらない。


(――ここなら届くっ! ヨーヨーさえシーラに届けば、〈引力〉で引き寄せられる!)


 チェロはその場で踏み込んで止まり、ヨーヨーをまっすぐシーラにむかって放つ。

 ――しかし、同時にチェロルカに向かって伸びる、三本のツタ。


 チェロルカに避けるそぶりはない。目線の先はシーラのみ。当然ツタの存在は理解している。だが、――受けて立つ、といわんばかりにまったく体がぶれなかった。


 ヨーヨーがシーラに届く前に、チェロルカの眼前にツタが迫る。

 それでもチェロルカの目線は暗がりの奥の一点のみ。


 〝――ズシャッ〟


 と、重い音が響いた。


 すると――、ツタが一本、床に落ちる。続けて二本、三本。チェロルカに近づくたびに床に落ちる。

 

 ――(かたわ)らまで来ていた()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「チェロ……、なんて無茶な……」


 と言って、ミリスはチェロルカの顔を見た。その顔はまるで、多少のダメージは覚悟している、とでも言っているかのような表情だった。


 ――そして、その時、


「――しまった!」


 と、チェロは声を上げた。


 床に伏していただけのシーラが、何本ものツタでがんじがらめに絡まり始める。


 ヨーヨーは届いていたが、引っ張ってもびくともしていない。ヨーヨーの糸がピンと張るたびにシーラの体にツルが食い込む。


「そんなっ! シーラ!」


 チェロルカは声を荒げる。

 無理に引っ張り出すことはできない。どうすればいい? と焦りと怒りが思考に絡まり、チェロルカの動きが止まってしまった。


「――落ち着いてチェロ」


 と、ミリスが静かな口調で言う。そして続ける。


「……このツタをかいくぐりながら根本まで行って救出するのは無茶だ。近づくにつれて、速さと数が増している。だけど、この距離なら私でもツタの動きに反応して、斬り(さば)くことができる。そして――チェロ、〝眼〟だ。ヤツの花びらの中心に眼のようなものがついているのがわかった。近づく者を眼で追って的確にツタを伸ばしてくるんだ。……ツタを何本切っても平然としているヤツだが、その眼を叩けば……、倒せるとまで言えないが、ひるませることができると思うんだ」


 ミリスがそこまで言うと、間を置かずチェロルカの表情に決意が込められた。


「……わかった。ミリス。あたしが眼にヨーヨーを叩きこめばいいんだね」


 ミリスの水弾では巨木の頭部まで距離があるうえに、下からの角度では花弁に防がれてしまうだろう。叩くには、上からしかない。


「うん……。ただ、これも、無茶なことかもしれないけど……」


「あたしはやるよ。必ずシーラを救出する。それに、あの木の上部まで素早く浮かび上がれるのはあたしだけだ」


「ヤツがひるんだら、その隙に私があの絡まったツタを裂いて、シーラさんを助ける」


「ミリス……ありがとう」


 険しい顔をしていたチェロルカからそっと笑みが浮かんだ。




 ミリスは剣を構え、巨木の前へ出る。


 プリズムの剣は腰のライトを反射し、巨木の眼に虹を映した。それに反応するように瞳孔(どうこう)がぎょろりとミリスを捉える。


(私に注目しろ!)


 ミリスがそう思った瞬間、巨木の根本からツタが伸びた。


 それを目で追い、剣を薙ぐ。ツタを切り裂く。――と、たちまち次のツタが向かってきた。

 ミリスはふたたび、薙ぎ払う。そしてまた次が。その次も。隙なくツタが襲い掛かる。


 ツルが向かってくるたびに、足を踏み込んで、斬る。どの方向からきても重心を入れ替えながら鋭く剣を振るう。二本同時にツタが繰り出されれば、一本は避け、残り一本を確実に切り裂く。


 いくつかツタを裂くたびに、プリズムソードにヒビがはいり、形が崩れた。

 その都度、ミリスは〈凝縮〉で生成した氷で埋めて、形を直す。


(――私の体力が尽きる前に、チェロ、頼む――!)


 無尽蔵に放たれるツタの勢いは落ちない。剣を振るたび、ミリスの髪や額から汗が散る。


 ――すると、次の瞬間、向かってきていたツタの動きが止まる。

 そして、巨木の瞳孔(どうこう)が動く。すると上空に向かってツタが伸びる――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


(――バレたか! チェロの動きに!)


 ミリスは、すぐに水弾を構え、


「お前の敵はこっちだぞ――っ!」


 と、声を上げ、射出すると――上空に向かおうとしていたツタを貫き、ちぎり飛ばした。


 次なるツタが、ミリスとチェロルカどちらを狙うべきか、迷いを見せた――その直後、チェロルカは、巨木の花弁のすぐ上までたどり着く。

 ――そして、腕を振りかぶってヨーヨーを投げる。


 ヨーヨーがまっすぐ飛び立つ――その瞬間――チェロルカは目を見開く。

 花弁の裏から、()()()()のようなものが数十本、突き出て来た。


 まさしくそれは、〝牙〟――。


 ――とある植物には、牙といえる器官が確かに存在している。

 それは、羽虫を食らう〝食虫植物〟だ。その代表、ハエトリソウが最もわかりやすい例であろう。獲物が来ると鋭い牙のようなトゲで挟みこみ、消化するまで決して離さない生態をもつ。


 ハエトリソウは本来、植物が生き延びられない枯れた土地でも生きるため、その生存本能によって葉を牙のように発達させて、自ら養分を取って食らうように進化した姿である。その種類の中にはサメの歯と例えられるほどの鋭い牙を持つものもいるという。


 ――当然、このFRANのような凶暴かつ巨大な変異体となれば、サメどころではない。その強大さは、一本一本が象牙のようだった。

 そこに飛び込まんとするチェロルカは、まさに、ハエトリソウにまんまと近寄る羽虫のような光景だった――。


 どこに仕舞っていたのか理解できないほどの長く太い牙がどこまでも伸びていき、チョロルカを食らいつこうと迫る。

 牙は完全にチェロルカの位置を捉えている。十数本の牙が集中線のようにチェロルカを囲む。


 〝――ギュウンッ〟


 その時、ヨーヨーが激しく回転した。


 チェロルカは自分の身を、飛ばしたヨーヨーに吸い寄せ、迫る牙の内側へ入り込んだ。

 この空中で急速に移動するには、こうするしかない。牙はチェロルカの後方でガチリ、と(くう)を噛んだ。

 そして――、


「――このままあぁ―――ぶったたあぁ――くっ!」


 チェロルカは()える。その身に、力のすべてを込めるように。

 自身を引き寄せた勢いのまま、ヨーヨーをキャッチし、それを手にしたまま――巨木の眼球に向かって――()()()()()()()()()()()()()()()



 〝――ズッ〟



 ――何かが、えぐられる、にぶく、どす黒い音。

 小さな音だったが、静かに、虚しく、あたりに木霊(こだま)した。


 ――手に持ったヨーヨーは巨木の眼球に届いていない。


 代わりに眼球には赤い血液が落ちて、ぼたぼたと音を鳴らした。


 眼球の陰から左右三本ずつの巨大な針が伸び、そのうち三本が交互に、チェロルカの肩、脇腹、足に食い込んでいた。


「……う……あ」


 チェロルカの口から漏れ出た音は、声にならなかった。


 ……例に挙げたハエトリソウにはもう一つ特徴がある。――それは、獲物を捕らえる牙は、()()()であることだ。

 鋭く長い牙の内側にも数本、獲物を感知するための牙がある――。

 ――このFRAN(フラン)もまた、例外ではない。

 外側の象牙よりも短く細いが、確かに、あった。それは、少女の体に食らいつくには十分な大きさだった。


 衝撃緩和装置は狂ったように音をひしめかしている。しかし、その緩和を超える衝撃であった。牙はチェロルカの皮膚を破り、肉組織まで到達してしまっていた。


 ――だらりと体から力が失われると、ヨーヨーが手から離れ、虚空にぶら下がった。


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