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第十五話 未熟

 数枚、空気の膜を突き破ると、次第に落下の速度が落ち始める。

 やがて……、


(——地面が、見えた!)

 真っ暗な空間でも、冷ややかな床の質感を感じ取れる。


 落下の終着点に差し掛かろうとした時には、パラシュートを開いたかのように宙をゆっくりと降り始める。


「……なんとかなったね。でも、この高さだと、また上まで浮き上がるにはちょっと厳しいかなあ?」


 と、チェロが安堵したあと、上を向いて複雑な表情で言った。上のフロアの明かりは小さな点でしか見えなかった。高さはどれほどだろうか。


「チェロ、ありがとう。無理せず、このまま着地しよう」


 チェロの力を使えば、私をあの小さな点まで持ち上げることは可能かもしれないが、確実にチェロの体力は大きく消耗するだろう。


 床に足をつけると、パシャリと水が跳ねた。

 ……これは、海水か? 水が入り込んでいるのか……。大丈夫なのか、この船。よく沈没しないな。


 チェロも続いて足をつけると、驚きながらも、いぶかしげな表情を浮かべていた。似たようなことを考えているのだろう。


 海水のことも気になるが、先に言わなければならないことがある。


「チェロ、ごめん……。私の不注意に巻き込んでしまった」


 私は目を伏せ、反省する。雑多なエンジンルームに意識が取られ、床の状況が見えていなかった。FRANの警戒だけでは、状況の判断には足りないと思い知った。


「へへっ。あたしの無茶に比べればぜんぜんマシだよ! ミリスを助けられてよかった!」


 チェロは相変わらず明るい声で答えた。


「それより、はやく明かりをつけて、周囲を確認しようよ」と、チェロは続ける。


「そうだね」


 私はそう言って、ポーチから携帯用サーチライトを取り出し、腰のベルトに引っかけた。これで50m程先まで照らし出せる。


 そこは広い空間で、周りには赤褐色と群青色の大きなコンテナや、大型の車両が壁沿ってずっしりと並んでいた。私達はそれらに挟まれた通路の中心あたりに立っていることがわかった。太い柱が点々と立っているだけで仕切りなどはない。くすんだ白い床がどこまでも続き、鉄と海水の匂いに囲まれ、静かで、寒々とした光景だった。


「ミリス! チェロ!」


 と、上空から声が降って来た。レインが追い付いてきたのだろう。顔を上げると、レインが心配そうな表情で近づいてきていた。まるで明かりに寄ってくる羽虫のように……ではなくて、そう、かわいい妖精さんのようにこちらへ向かってくる。


「平気なの? ケガはないの?」


 と、レインは私とチェロを交互に見ながらあわてて言う。


「だいじょーぶだよ!」と、チェロはグーサインを突き出して元気に返す。


「私も、チェロのおかげで無事だよ。心配させてごめん。私の油断だった」


「わたしも何もできなくて……ごめん。ミリスの役に立ちたいのに……」


 レインは私のそばにくると、そう言ってしょんぼりと顔を伏せる。


「レインには、十分助けになってるってば」


 私はレインの頭を撫でるついでに、ズレていたベレー帽の位置を直し、帽子を固定するヘアピンをバッテンにして留めなおした。するとレインは、私の乱れまくった髪の毛を手櫛で直してくれた。


「あ、あれって……」


 と、チェロは奥のほうを見やり言った。私とレインも視線を向けた。


「……あれは、……花?」と、私はつぶやく。


 そこには、鉄の床に到底似つかわしくないカラフルな花びらが、薄く張った海水から顔をのぞかせていた。


「あー! ――ちゅるしぇるかだー!」


 レインは最近見覚えがあろうその花の名前を叫んだ。叫べてないけど。

 確かにあれは、師団の水槽で見た、あのコケの花だ。


「ちゅるしぇるか、じゃなくて、『トルセルカ』の花だよ」と、チェロが訂正する。

 ……でも、


「正しくは、『トゥルセルカ』、でしょ? チェロ」


 私がそう言うと、


「いいのっ! 言葉っていうのは発音しやすいように変化していくものだっておじいちゃんが言ってた! ……頭の固いお母さんは反対しそうだけど。リィーンズの街の名前みたいに」

 と、チェロがふくれっつらで語った。後半は独り言のようだった。


「そうだよ。ミリス。じだいのながれ、だよ」

 と、レインは便乗した。その短い舌を引っ張ってやろうか。


「それはともかく、なんで船底に花が?」


 そう言って私は辺りを見回した。花は一輪だけじゃなかった。さらに奥を照らすと、花畑のようにトゥルセルカの花が広がっていた。

 ライトに反射して色とりどりの花が呼応するように燦々(さんさん)と輝いている。


「きれーだねー」

 と、レインは花色を瞳に映し出すように目を輝かせて、やさしい笑顔で言った。


 それに対して、私とチェロはやはり怪訝(けげん)な表情をしている。


 私たちが花畑の近くまで足を踏み入れると、ぎしりと鉄の床が音を鳴らす。


 さらに奥を照らし出すと、――そこには、誰かがが横たわる姿……。


「――シーラあっ!」


 突然チェロは声を張り上げた。そして、駆けだす。


「シーラ! 返事して! シーラあ——っ!」


 チェロは地面を蹴りながら、叫ぶ。あの人がチェロの探している友人なのだろうか。


 私も後を追うため走り出そうとすると、――突如、地面に違和感を感じた。


「……待った! チェロ! なにか、揺れている!」


 すると、徐々に地面の揺れが増していく。何かが動き出すように……。


 視界の端で鉄の床をするすると、ヘビのように這い伸びてくるものが見えた。

 そしてそれは、チェロに向かって飛び出し、――ビッ、と風を切る。


「――チェロっ!」


 そう声を上げた時、すでにチェロは横に弾き飛ばされていた。

 ――バシャンッ、と水と床に叩きつけられる音が鋭く響く。


(なんだ……あれはっ! 矢のように飛び、槍のように長く、先が尖っている!)


「ミリス! 奥を……一番奥を見てっ!」


 と、レインが何かに気付いたように声を上げた。


 すかさずライトを高く掲げて遠くまで見通すと、壁だと思っていた背景がゆがむように動いている。

 明かりを受けると、そこからギギギ、と鉄がきしむ音を大きく響かせる。


(――でかいっ!)


 緑色の巨大なツタと根が複雑に絡み、大木の幹のようになっている。ライトの明かりが上部まで届かないほど巨大だ。さらにその周囲の壁や床一面にもツタが這うように伸びていた。


 根は、鉄の床を当たり前のように突き破り、ずっしりとした重厚感を味あわされる。筋肉のように、はち切れそうに太く、そして、横たわるチェロの友人を囲むように脈々と張りめぐらされている


 最長部には、血のように赤い巨大な花びらがゆっくりとうごめいていた。


「これは、植物のFRAN(フラン)……? しかし、あんなに大きく、異常発達するものなのか……?」


 ――FRAN化は動物だけではなく、植物でも確認されている。生存本能の強いものは自ら根を動かして移動し、ツタで獲物を捕縛し、肉を食らうような存在がいることは知っている。

 しかし、この大きさは……常軌を逸している。


 気がついた時には、チェロは立ち上がってふたたび駆けだしていた。

 友人を助けようとしているか――。だが、危険すぎる!


 すると、花びらの中心からきらりと光るものが見えた。

 大きく、丸い水晶体のようなものが、ぎょろりとチェロの動きを追う。


 ――眼だ。しっかりと瞳孔のようなものが透けて見える。こいつは、植物に持ち得ない、〝眼〟をもっているのか!


 まずい。それだと、チェロがどんなに素早く動いても……。


「チェロ! 待つんだっ! まず、様子をみたいっ!」


 私は叫ぶ。船底に根付く、その巨大な体、眼、素早いツタの動き、と前例にない要素が多すぎる。そいつがどんな行動をとるのか予測がつかない。


 しかし、チェロは私の声など気にも留めず、ためらいなく巨木のふもとに向かって走っていく。


 巨木は重厚なプレッシャーを放つ。ヤツが動くたび、雄叫びを上げるかのように鉄がきしむ重低音が響く。


 ――チェロ、あなたは能力の使い手としてのセンスは抜きんでている。反応速度や機転も十分利く。その点では私はほとんど敵わないだろう。

 ……だが、不利な状況を前にしたときは、すこしだけ、冷静さが欠けているんじゃないか……! 


 ――〝精神的な未熟さ〟――と、頭にふっと浮かんで、すぐに払いのける。

 ……私がいえたことか。つい一年前まで、泣きべそをかいていた私が。


 チェロの目的はきっと友人の安全確保だ。

 それを達成させるためには、私が、確実にチェロの援護をしなければ。


(いま! 冷静に判断し、動かなければならないのは、――私だっ!)


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