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第十二話 跳躍

いつも読んでいただきありがとうございます。


「でね、わたし、おっきな犬飼っててね」


「犬? レインが寝てるっていう病室で?」


 三人は、思い思いに腰をおろして体を休めていた。

 ミリスは調理道具の汚れを拭きながら、レインとチェロの何気ない会話を聞いていた。


「うん。もう幽霊なんだけどね。わたしの力で動けるようになったの」


「そっか。それは……もう、ホラーだよね」


「でも、今回の任務にはつれていけないってミリスが……」


「どうして?」


「船の中で吠えだしたら、みんなパニックになるって」


「そーだよねえ。やっぱり、ホラーだよねえ」


 チェロルカはレインの言うことをなんでも素直に受け入れていた。真実とはいえ、突拍子もない話ばかりだが……最近の子ってこんものなのか?


「わたしが声を出してしゃべっても、まわりの誰にも聞こえないのに……」

 とレインは拗ねるように言った。


「そーいえば、レインだって確かにこんなに存在感があるのに……霊体、なんだよねえ」

 チェロルカはレインの体を眺めながら言った。


「うん。わたしは幽霊じゃないけどね」


「大丈夫。幽霊の体でも、レインが生きてるのは、しっかりわかるよ。こんなに生き生きしてるんだからっ」


「うん。わたしがしっかり自分でいられるのもね、ミリスと一緒にいるおかげなんだ」


「そっか。その感じっ、……いいなあ」


「その感じ?」


「そう、二人で色んな所へ任務に行って、色んな物見て、色んな体験して……あたしもそんな旅、したいなあ」


「チェロも師団に入れば?」


「そうしたいのは、海海なんだけど……、あたしには放り出せないことがあってね……」


「ん? 海?」


「……チェロは、海上保安なんだっけ? その歳で立派だよね」


 そこまで聞いていただけだったミリスが顔を上げて言った。チェロの仕事に興味があった。

 海保志望でも、普通なら軍学校に通っているような年齢だ。実地訓練であっても本格的にチームを組んで任務をこなしたりするのは、あまり聞いたことがない。


「……立派とか、そんなんじゃないから……! あたしは、ただの、置物で……」


 チェロルカは目をそらし困ったような表情をしながらも、その声にはまた違った感情が含まれているようだった。


「……え?」


 突然チェロルカの様子が変わり、ミリスはとまどった。


「――ううん、なんでもない。そうだ、あたしも戦闘士官になれたら、ミリスの相棒にしてもらおうかな! なんてっ」


 チェロルカは、慌てていつもの調子に戻そうと元気にふるまう。


「それは、だめ!」


 と、レインが口をとがらせて睨みつけるような顔で声を上げた。


「えー? なんで?」


 チェロルカは首をかしげてみせた。


「な、なんでもっ!」


 レインは顔を赤らめて目を泳がせた。


「ふーん。じゃー、あたしのおねえちゃんになってもらおうかなー?」


 と、チェロルカは不適な笑みをして言った。


「だめー!」


 レインが声を上げながらチェロルカに飛びかかった……と思ったら、くすぐり合って笑い転げ始めた。どったんばったんと床を鳴らして、はしゃいでいる。

 なんでそんなに元気なのか。……若いっていいよね。


「あ! まって!」


 と言って、床に転がったレインが突如動きを止めた。そして、続ける。


「……なにか動いてる、――魂の気配!」





 レインの声を聞いて、ミリスはさっと立ち上がり、腰のブレードに手をかけながら周囲を警戒した。


 ……物音はない。皆、警戒体勢に入り、場はしんと静まりかえる。船に波がぶつかる音だけがかすかに木霊(こだま)する。ミリスたちは動く存在をとらえるため、前方に目をこらす。

 ――しかし、動きはない。

 

 一方で、レインだけは一か所を睨んでいた。

 レインの視線の先は――。


 展望台から階段をくだったすぐ先のソファを、レインは見下ろしている。

 そこにいるのか、とミリスはレインの表情から感じ取った。


「レイン、そいつがどんな形かは、わかる?」と、ミリスはソファの影を注視しながら問う。


「そこまでは……」


 と、レインが応えた直後、


 〝シャッ――――〟


 と、いう金切り音とともに――ソファの影から、()()()が飛び出してきた。

 ――長い体を、跳ね返ったバネのように伸ばしての跳躍。


 段差をもろともせず、ひと飛びでミリスの前方上空まで間合いがつまった。

 コマ送りでもしたかのように目で追えないするどい跳躍に、ミリスたちは反応できず、宙に舞ったそいつの姿を見上げるしかできなかった。


 そこで初めてそいつの詳細な姿を捉えることができた。


 こいつは『シャークーシャ』だ。――サメを統べる王という意味がある。青い体をもつ海ヘビ型FRANだ。

 体を巻けば、ソファの影に収まるほど小さくなれるが、まっすぐ伸ばせば、およそ6mはある。さらに、サメをもたやすく捕食できる牙と、絞め殺す力をもっているという。


 シャークーシャは、おそろしく尖った牙がすべて露出するほど大口を開けて上空から降ってくる。

 ミリスは踏み込み、右手でブレードを抜いて、その口に向かって振りかぶろうとした――その瞬間、右側からの衝撃――腕が弾かれた。


「――ぐっ!」


 予想しない方向からの衝撃で、ミリスは大きくのけぞってしまう。

 腕に棒で叩かれたようなしびれが広がり、握力がゆるむ。――が、すぐにブレードを握り直し衝撃がきた方向へ目をやる。

 しかし、そこに()()()()()()()()()()が消えていた。


「――っ! レイン! チェロぉ!」


 一瞬、ふたりの姿を見失ったが、すぐ後方をみると、レインとチェロがガラス張りを背に倒れていた。


(――全員が今の衝撃を受けたのか――っ! 今のは一体、なんだ――っ!)


 シャークーシャはすぐ近くに着地し、すかさずミリスにかぶりつこうと牙を見せ、迫ってくる。


 ミリスはそれに反応し、後ろへ飛ぶ。――その瞬間、ふたたび衝撃を腹に受ける。

 ミリスはさらに後方のガラス張りまで飛ばされてぶつかって止まる。

 胃酸がこみ上げ、えずく。――しかし、この衝撃の意味を理解した。


(――尻尾だっ!)


 ――ヤツは、大口を開け、その鋭い牙に注目させた瞬間に、長い体を振り回し、打撃を与えてくる。そしてそれは、並んだミリスたち三人を同時に一振りでふき飛ばせるほどの長いリーチだ。一歩引いたところでは、到底間に合わない。


 ミリスはガラスから背を離し、ブレードを握りなおす。そして、この状況を察知する。


(つまり――ここまで距離を詰められた時点で、逃げ場は、ない――)


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