第十一話 展望
お料理回
船の2階へ昇ると、眼前には外の景色を見渡せるラウンジが広がっていた。
大きなガラス張りのに囲まれた空間になっていて日差しがまぶしく入り込んでいる。船尾の末端部まで来た事がわかる。ガラスのそばにはくつろげるソファやテーブルが並んでいる。
ミリスたち三人は、そんなラウンジの入り口付近でぐったりとへたりこんでいた。
ミリスの息切れはまだ止まっていない。
(いくら窮地とはいえ、ショットガンの弾数が多すぎたか……)
全身がしびれるような感覚で、脳が脈打つかのようにぐわんぐわんする。波がおだやかなおかげか、船の揺れが少ないのが唯一の救いだ。
背後には、チェロが豪快に開けた大きな穴……。座ったまま穴をのぞき見ると、穴の先は船底まで続く暗闇に染まり、ペリームたちの姿はひとつもなかった。
〈引力〉の力で天井を引っ張り崩す――この爆発力に期待したのは私だが、まさかここまで派手なことになるとは。
「……ごめん。あたし、パニックになって、足ひっぱっちゃった」
そばに座り込んでいたチェロが泣きべそをかくような顔で、すがりつくように私の手をとって言った。
あの元気で明るい子が、今やなめくじに塩をかけたようにしおらしく小さくなっていた。
「いや、チェロがいて助かったんだ」
私は息を整えながら言う。そして、汗で顔に張り付いたチェロの髪の毛をよけてあげながら続ける。
「あの数じゃあ、どのみち逃げるしかなかった。チェロがいなかったら切り抜けられなかったよ。ありがとう、チェロ」
チェロは私と同じように力なく座りこんではいるが、あまり疲れを感じさせない様子だった。息も切れず、すこし汗ばんでいるだけだ。……いや、これは触手を見た時の冷や汗か?
ともかく、あれほど大きな力を放出したにもかかわらず、……本当に底知れない。
「それは、ミリスが教えてくれたから……。あたしもミリスがいてくれてよかった」
「私が考えてたより、すごい結果になったけどね……。でも、おかげでペリームに痛手を負わせたし、船底まで落ちていったなら、なかなか追ってこれないはず」
と、チェロを励ましていると、後ろからくいっと袖をひっぱられた。
「ミリスは大丈夫なの?」とレインは言った。
「うん、私は疲れちゃっただけ。ちょっと休憩すれば大丈夫」
レインは少し暗い顔をしていた。すこし目を細めてじっとりとこちらを見ている。レインも疲れが出たのだろうか。
……魂の気配を察知するにも、力を使う。
いつも周囲の警戒を任せてしまっているから、無理させないように気をつかっていかないと。
レインは、しばらく袖をひっぱったまま動かなかったので、私は「どうしたの?」と体調をうかがうように聞くと、すこし間を空けて、
「べつに」
とだけ答えてレインは顔をそらした。
体調に問題はなさそうだが、やっぱりしばらく休んでいこう。
私は、ふたたびチェロに向きなおして言う。
「チョロには悪いけど、すこし、ここで休んでいっていい?」
「うん、あたしもすこし休みたい……」
と、チェロは言ってから、前方に目をうつして続ける。
「あ、でも、それなら、向こうを見て」
ラウンジの奥を見ると、数段の広い階段があり、登ったところは海をさらに広く見渡せる檀上になっていた。展望台というのだろうか。いっそう大きなガラス張りになっている。
西にかたむきつつある日が、展望台をすっぽり照らしつけていた。その檀上の舞台を彩るかのように手前に並んでいる、ツタや花の形に装飾された手すりのシルエットがこちらに向かって影を伸ばしていた。舞台のスクリーンの向こう側は、海に反射した光が波の動きにあわせて揺らめいている。
「ペリームは日の当たるところを避けるはず。温度が高いところが苦手なんだ。あそこなら、ペリームも湧いてこないんじゃないかな」
と、チェロは言った。
「わかった。じゃああそこで休もう」
私はそう言って立ち上がり、よろけながらも展望台まで登っていく。
展望台の床に座ると、私は水筒の水を二口だけ飲み、腰のバッグから、組み立て式の小型ガスバーナーコンロ、ステンレスの小型鍋、折りたたみのまな板、ナイフと、それぞれ取り出した。
ガスバーナーコンロを組み立てると、鍋に水筒の水を注ぎ、コンロにセット。ガス開閉ネジを回して火をつける。すこしして水から小さな泡がぽこぽこと湧き立った。
……英気を養うのに手っ取り早い方法は、なによりも、食、だ。
そして、私はバッグから取り出した麻袋をひらく」。
「え!」と、レインは短く叫んだ。「ミリス、それって……」
レインは目を見開いて、驚愕していた。
「うん、ペリームだよ」
そう、何を隠そう、さきほどの戦闘で私が回収したものだ。私が蹴り上げたペリームがちょうど目の前に叩き落されたため、こっそりと割れた殻から取り出し携帯していた麻袋に入れたのだ。ペリームの傘のような身は、殻の半分ほどの大きさで、球体に近い。つぶれた箇所をのぞけば、ぷるぷるで新鮮な、透き通った身がつやめいていた。これだけ見れば、ただのクラゲだ。触手が腕ぐらい太いが。
本来ならば、バスケットボールほどの分厚い殻を〝くさび〟という、鉄製の太い針の上からカナヅチで叩いて割るのだが、チェロが粉砕してくれたので、そんな工程を飛ばして、この場でありがたくいただくことができるのだ。
「まさか……それ、食べる……?」
レインは眉をひそめ、以前と同じように当たり前のことを聞いてきた。
「食べるよ」
と、きっぱり答えた。
ペリームの傘のような頭部は独特の食感を持ち、様々な栄養素が含蓄されているという。この世の硬い殻に覆われたものは例外なく、体に良く、うまいのだ。たぶん。
「獲れたてのペリームかあ。あたしも食べるー」
チェロが片手を上げ、笑顔で言った。
「えっ! チェロはさっき動けなくなるくらい気持ち悪いって言ってたよね! なんでっ!」
と、レインは険しい顔をして、チェロに向かって叫んだ。
仲間だと思っていたのに、といわんばかりの言い方だ。
「いっぱいいたら気持ち悪いけど、ペリーム自体は別に。それにそれは触手部分だし、ペリームの頭は普通に食べるよ」
チェロは表情を動かさず、淡々と語った。
「そんな……」
レインはそのままうなだれるようにへたりこんだ。
「触手部分も食べられるらしいけど、毒があって特殊な処理が必要みたいだから、今回は切り落としちゃうね」
と言いながら、私はビチンッと音を立ててペリームの触手をぶった切った。切り離された触手はもぞもぞと逃げるようにうごめいている。
「うっ……」
レインは青ざめ、口をおさえた。
私は各種調味料と木製の食器類をバッグから取り出し、調理にかかる。
まず、ペリームの身を塩と一緒に布でつつみ、水気をぎゅっと絞る。
それをまな板の上に移して、ナイフで切れ目を入れ、平らにする。ぺらぺらになった傘を刺身のサクのように切り分けると、後は細切りしていく。
次に、切った身を沸騰したお湯にくぐらせる。きゅっと締まるように丸まったら、すぐにざるであげて、別の容器に入れた水につけて冷やす。
その間に砂糖、しょうゆ、酢、ゴマ油と器に入れ、最後に粉末鶏ガラスープを入れて和える。
そして水から取り出したペリームの細切れをまた布でしっかり絞り、和えた調味料と混ぜ合わせる。あとは皿に盛るだけ。食感プラスにきゅうりがほしいところだが、贅沢は言わないでおこう。
「できたよ。ペリームの冷製サラダ」
「わー! いただきまーす!」
チェロは、とびつくようにフォークでペリームの身をすくって口にいれると、
「おいしー! やっぱりこれだよねー。表面はぷるぷるなのに、噛むとコリコリとした食感がクセになる! タレもきいているし、ゴマ油の香ばしさが鼻をぬけるー」
「レインも食べる?」
と、私が聞くと、
「……いりません」
と、短く答え、レインはそっぽを向いた。
「一口食べれば、おいしいってわかるのに」
と、私はペリームの身をつまみながら言った。
そして、私とチェロは互いの顔を見て「ねー」と口を合わせて言った。




