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第八話 甲殻

 

「チェロ、何してるの?」


 と、レインは口を開いた。

 チェロルカとは妙に意気投合したためか、すでに彼女を愛称で呼んでいるようだ。


 ミリスたちは、通路をすこし進み、休憩所になった小さな広間に出ていた。

 その隅の方で、チェロルカは目を閉じ、膝をついて床に手を置いていた。


 そして、首をかしげて言う。


「やっぱりエンジンの振動を感じない……」


 それを聞いてミリスは尋ねる。


「エンジンが止まってしまっているってこと?」


「うん。でも、おかしい」


「おかしいって?」


「エンジンが止まっているのに、船が波にさらわれて傾くこともなく、難破したこの位置からもほとんど動いてないんだよ」


「それって良くないことなの?」


 と、レインはひょっこりと顔を上げて言った。


「良くないっていうか、おかしい。不自然、かなあ。船体バランスを取るための動力が働いていないわけだし、イカリを下ろしているわけでもないのに。まるで、この海の真ん中で固定されているみたい」


 と、答えて、チェロルカは船の様子を見るように広間を見渡していた。


「でも、沈むよりは良いことだよ! このうちに早く迷子になった人たちを見つけなきゃ!」


 と、レインは迷いのない表情で言った。


「……うん、そうだね。考えてるヒマなんかないよね。今はみんなを探さないと。……たぶん、FRANに襲われてどこかに隠れているのもかもしれない」


「チェロルカのチームの人たちは、戦闘はできないの?」

 と、ミリスは問う。


「うーん。すこしは戦えると思うけど……。みんな、あんまり戦闘経験はないからなあ。乗員乗客を守りながらだと、きびしいかも」


「チェロは戦えるんだ? 同じ海上保安さんなのに」

 と、レインは素直な疑問を口にした。


「ま、あたしは――ちょっと、訓練してるからねー」


 と、目をそらして言った。

 海上保安隊でも戦闘ができるに越したことはない。さきほど揚々と自分の能力を説明していた割には、珍しく自信なさそうな表情だな、とミリスは思った。




 広間の奥にある通路にさしかかると、ふたたび床が抜けている箇所があった。

 小さい穴だが、複数個所抜けている。


「また穴だ。いつ、どこの床が抜けるかわからない。気をつけないとな……」


 と、ミリスは身構えながら言う。


「落ちそうになったら、あたしが引き上げるから平気だよ」


 と、チェロルカはにこやかに言った。……できれば、それも避けたいな。


「――ミリスっ」


 レインはすこし抑え気味の声量で低い声を上げた。


 ミリスは、その声に反応し、腰を低くし、ナイフに手をかけた。

 鋭い目で左右に目を動かす。そして、「敵――?」と短く返す。


 ミリスはレインの呼びかけに含まれた微妙な緊張感や危機感を察することができた。


「穴の下……魂の気配が近づいてくる。ひとじゃない」


 レインも眉をひそめ、端的に伝える。


 後ろでその二人の掛け合いを見ていたチェロルカは手で口を覆い、


「ふたりとも、かっこいー……アクション映画の相棒みたーい」


「ちゃかしてないで、チェロルカは下がってっ」


 と、ミリスが言うと、床の穴から這うように体をのぞかせる存在が――。


「――FRAN(フラン)だ!」 


 真っ先にそう言ったのはチェロルカだった。


 それは、バスケットボールほどの大きさの丸い殻に覆われ、底部から何本もの触手が伸びている。穴から這い出ると、触手でその球体の体を支え、立ち上がった。


 ――こいつは、クラゲ型FRAN(フラン)だ。もはや無為に海をただよう生物ではない。触手でうごめくように陸地を走り、その発達した表皮は人の頭をかち割れるほど硬く、その身を守る防具であり、武器でもある危険生物だ。


 ミリスは人差し指を前に突き出し、〈凝縮〉で水弾を作り出す。

 そして、射出する。


 クラゲ型FRANに命中すると、ゴッ、と鈍い音を立て、水弾は殻に弾かれる。

 殻にはヒビがはいったが、FRANの動きは止まらない。


(――思ったより、硬いっ。数発必要か?)

 ミリスがふたたび指を構えると、


「あたしにまかせて」


 と、チェロルカが背後から言った。落ち着いた声だった。


「こいつはね、かたい表皮も特徴的だけど、それを支える触手が繊細にバランスとって、衝撃をいなすテクニックをもってるやっかいな奴なんだ。見た目通りクラゲの適応進化形で、正式名は『ペリーム』。凶悪な殻を意味する言葉だよ。――あたし、こいつと戦い慣れてるから、ここはあたしがやる!」


 ……さすが海洋生物に関する知識をもっているな。


「わかった。無理はしないで」と、言ってミリスは後ろに下がる。


 前に出たチェロルカはヨーヨーを構え、集中する。――そう思わせるほど、チェロルカの周りの空気が張り詰めるように感じた。


 ペリームがとびかかろうと構える――その刹那、チェロルカは右足で踏み込み、ビュッ、と風を切るようにヨーヨーを飛ばす。


 まっすぐペリームに命中した。――が、体を横に反らしヨーヨーがいなされる。……その時、


 〝――ブゥゥン〟


 というヨーヨーの鈍く、重い回転音が響く。


 そして、チェロルカは腕を高く振り上げる。――釣り竿をしなやかに立ち上げるように、なめらか、かつ、瞬発的に。

 ヨーヨーは空中に投げ出された。それと同時にペリームも連なって宙に飛び出す。

 ――ペリームの体は〈引力〉の力で、ヨーヨーに接合されたかのようにくっついていた。


 そして、振り上げたヨーヨーが頂点に到達した時、ペリームは、釣り針が外れたように開放される。――その位置に置き去りにされるように。


 チェロルカは素早くヨーヨーを戻し、ばしっ、とキャッチし、左足を軸にその場で回転。

 その勢いで、ヨーヨーを投げ、右腕を薙ぎ払うように振るう。


 ヨーヨーは、勢いよく風を切り、宙にとどまっていたペリームの横っ面に命中する。


 〝バキッ――〟と、岩が砕かれるような破裂音。


 殻全体にヒビが入り、破片がいくつか飛び散る。そのまま壁に向かって投げ出されると、激しくぶつかって殻がほとんど砕けた。中身が大きく露出する。


 殻の中は、透明でやわらかいゼラチン質のクラゲの傘そのものだった。


 チェロルカはヨーヨーをキャッチして、すかさず、もう一振り。


 壁に張り付いたペリームがはがれ落ちる前に、ヨーヨーが着弾し、――ぐちゃり、と生肉をすりつぶしたようなネバついた音を出した。


 ペリームは壁に(はりつけ)にされたようにへばりつき、体液が床まで垂れていく。




 チェロルカはふぅ、と一息して振り返る。


「こうやって、地面から離してしまえば、いなされずに、フルパワーで叩きつけられるんだよ!」


 と、口元にVサインをあてて笑顔で言った。


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