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第七話 願い

 しばらく走ったあと、チェロルカは通路の角を曲がった所で止まった。


「はぁ……はぁ……」


 ミリスは息切れしながら、どかっ、と壁を背に腰を下ろす。

 ようやく止まったか、といわんばかりに額に手をあて、体をだらけさせる。


 チェロルカは「ふぅ」と一息をつき、


「ねえ! 改めて、自己紹介しましょ。おねーさんと……さっきの、女の子?」


「ここだよ」


 チェロルカは「――んわっ!」と飛び跳ねる。

 レインはチェロルカのすぐそばまで来ていた。……わざと驚かせようとしてない?

 レインは元から浮いているし、難なく穴を飛び越えて追ってきていたのだろうか。 


「あなたは……幽霊とかじゃ、ないんだね?」


 と、チェロルカはおそるおそる確認する。


「うん。わたしはレイン。そっちがミリスで、戦闘士官なんだよ。わたしは――普通の人間だよ……たぶん」


「たぶん?」


「えーと、わたし、あんまり昔の記憶がなくて、いろいろミリスに手伝ってもらってるんだ」


 レインの表情はすこし暗くなったが、声は明るいままだった。


「ふぅーん、なんだかワケありなんだねえ」


 と、言ってから、チェロルカは、はっと気づいたような顔をして続ける。


「あ…さっきはオバケなんていってごめんね…レイン」


「ううん、本当に見た目はオバケだもん。仕方ないよ。それよりも、すぐ信じてくれてありがとう、だよ」


「へへ……それならよかった」


 と、言ってつづける。


「なんかね、レインのこと、ひと目見て、〝生きてる〟って感じが伝わったんだ。……はじめて見たのに不思議、だけど」


「なんだか、そう言ってもらえて、うれしいな……っ」


 と、照れるような笑顔を見せた。

 

 チェロルカはなぜか遠くを見るような表情をして、丸い機械のようなものをいじくる。それを見てレインは、


「そーいえば、最初に窓に引っ付いてたのは、その――さっきの〈引力〉の力のおかげってこと?」


 と、聞いた。


「うん、そのとーりっ! ふふん、これを見て?」


 チェロルカは、パッと顔を上げて得意げに言う。そして、丸い機械を見せつける。


「〈引力〉の力を発揮する時はね、この『デラックスなヨーヨー』を使うんだっ」


 手にもったそれをよく見ると、丸い金属の円盤を二つ重ねるように合わせられていて、その間から細くつややかなロープのような紐がはみ出していた。その紐はチェロルカの右手首にはめられたレザーベルト型のリストバンドに繋がっている。手から離すとヨーヨーは紐にぶら下がりコマのように回転した。


「これを転がして、プリムスの力に集中すると自分の体でも物でも、なんでも引っ張りあげて飛ばせるのだー!」


「そっか! あの大きな穴を飛び越える時も、そのよーよーを投げて、からだを引っ張り上げたんだ」


 と、レインはクイズが解けたように明るい声で言った、そして、


「でも、そんなおもちゃみたいなものでプリムスを使うなんて……変なの!」


 と、付け加えた。


「ふふっ、ヨーヨーを甘くみちゃだめだよ」


 と、チェロルカは目を細めて笑みを浮かべて言った。そしてヨーヨーを見つめて続ける。


「〈引力〉の力を使う時、ヨーヨーの回転する動きが、巻きとって〝引き寄せる〟ってイメージがしやすいんだよね!」


「へぇー」と、レインが返す。


「それに、これを勢いよく打ち込めばFRAN(フラン)だって倒せる武器になるんだから! あたしが小さい頃からの相棒だよ!」


 と言って、ヨーヨーをくるっと縦に一回転させ、キャッチする。

 そして、片手でVサインをつくり、指先を目元にあてて、かわいらしくニコリとした。


 ……小さい頃に持つには危ないんじゃないのか、とミリスは陰ながら思った。


「かっこいー!」


 レインは気に入ったおもちゃを見つけたように目を輝かせていた。


「もう一回やってー!」と、レインのお願いに、チェロルカは「しょーがないなー」と言ってふたたびヨーヨーを振り回した。


 そして、レインとチェロルカはきゃぴきゃぴと会話を続ける。


 ……先に進まないぞ……これは。




「あのさ、あなた、何か目的あって潜入してきたんじゃないの?」


 しびれを切らしたミリスは二人の会話に割って入るように言った。


「――あ、そうだった!」


 と、チェロルカは本来の目的を思い出したように、はっと顔を上げる。


「ねえ、ふたりとも。さっき、あたしに協力してくれるって言ったよね……?」


 チェロルカは不安そうに訊ねた。


 レインは「うん」と、うなずく。


 ミリスは、……私は言ってないけど、と思ったが、口には出さなかった。


 そして、チェロルカはすこし険しい顔になって続ける。


「あたしは、友達を助けたいだけなの……。

 この船が難破したとき、最初に救助に向かった海上保安隊の中に、あたしのチームがいて……大事な友達がいて……、連絡が途絶えたんだ……。あたし、絶対、助けにいきたかった。人になんて任せていられなかったんだ。でも、今回の応援隊にどうしても参加させてくれなくて……、だからこっそり君たちが乗ってた軍用船に侵入してここまで来たんだ」


 そして、膝ついて両手を重ねて握る。


「お願いっ! すこしだけでいいから、友達を探すのを手伝ってほしいの! 隠れて来たあたしが、誰かに頼るわけにもいかなくて、一人ででも探すつもりだったけど、でもやっぱりちょっと不安で……、勝手なことってわかってる……けど」


 チェロルカは目をぎゅっと閉じている。……胸が痛むほど健気さを感じさせる。いままでの元気な様相にあまり考えなかったが、少女はおよそ15、6歳程の小柄な子だ。


「大丈夫だよ! わたしたち、チェロルカさんが本当に困ってるの知ってるから!」


 レインは笑顔で言った。


「えっ?」とチェロルカは目を丸くした。


「チェロルカさんが、たった一人で、おとなの人たちと言い争ってたの見てたから。

 一人で戦うのって、とってもつらいことだもん。

 できることなら、手助けしてあげたいって思ってたの。

 だから……そんな悲しい顔しないでっ」


「あはは……あれ、聞いてたんだ。はずかしいな……」と、顔をそむけて言う。


「ごめんなさい。たまたま聞いちゃって……」


「ううん、……うれしい!」と、向きなおして笑顔を見せ、


「あたし、ほんとに心細かったんだっ! すっごくうれしいよ! ありがとう! レイン!」


 チェロルカはレインと手を重ね、元気よく言って、ぴょんぴょんと飛ぶ。


「ミリスもいいよね? ……ね?」


 レインは期待して、すがるような、そして、すべてを見通しているかのような目をして言った。


 ――その目を見ると、ドキリとして何も言えなくなる。レインの目を通して、鏡に映り込む自分の姿を突き付けられているような、不思議と矛盾した感情にとらわれる。手を貸したい感情と、危険だと止めたい感情がせめぎ合うのをレインの声によって静止させられる。


 ミリスはしばらく口を閉じていたが、やがて、


「反対したって聞かないでしょ……。二人で突っ走られても困るし、ここまで飛ばされてきちゃったし、……しかたない」


 と、ため息まじりで答える。


 チェロルカとレインはまた顔を見合わせて笑顔を交わす。


「やったね! チェロルカさん!」


「ふふ! よろしくね! FRAN(フラン)が出てきても、あたしを盾にしていいからっ!」


 ……やれやれ、この子も無茶しそうな子だ……。


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