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第五話 微睡

「――ス、――リ、ス」


 ミリスは薄く目をあける。

 ぼやけて見える目の前の風景は、前列から立ち上がって移動していく士官たちだった。


「――ミリスっ! 起きないと怒られるよ!」


 脳が遅れて覚醒したように、やっとレインの言葉を認識できた。

 いつの間にか、うたた寝していたようだ。


「……うん、ありがと、レイン。起こしてくれて」


 と、小声で言って、目をこすり、姿勢を正す。

 そして、立ち上がろうとすると、すこしふらつく。

 ……眠っていても、しっかり船に酔っていた。ひどい頭痛がする。夢のことなんてもう頭から煙のように散っていた。――ああ、さっさと外の空気が吸いたい。


 甲板に出ると、海の真っただ中に浮いている難破船が見えた。

 そこに停泊しているかのように微動だにしていない。こちらの船より、ふたまわりは大きく感じた。


 すでに甲板同士を、一人分通れるほどの細い鉄橋で繋げられていて、士官たちが乗り込んでいく。


 そのそばでやはり声の大きな隊長兼船長兼キャプテンとやらの大男が叫んでいた。


「おぅし! てめえら! 船内へのりこめーい! さっさと困った迷子ちゃんたちを見つけてやろーぜぇ!」


「ふぅ……」

 外の空気を吸って、すこし気持ちが楽になったが、まだ体に力が入らない。

 ミリスの順番になり、鉄橋に踏み入れると、


「ハッハッハッハ! 嬢ちゃん! なんだその青い顔はあ! しっかり!足で地面を踏み込むように立つんだ! 慣れない船に酔ってんのかあ! 酔いなんてのはなあ、気合で! ぶっとばすんだよお!」


 隊長兼なんたらの人が隣から大声を上げた。


(お願いだから……耳元で大声出さないで……)


 ミリスはげんなりとしながら、鉄橋を渡り、難破船内へ入った。


 乗船口をくぐると、広いホールに出た。壁や柱はのっぺりとした白いペンキで塗装され、床は木の板だった。

 潮がしみ込んだ鉄の錆びたにおいと、少し油っぽいにおいが鼻をかすめる。

 人によってはこのにおいだけで酔うだろう。


 ホール中央には、らせん状の大きな階段。その周りは客室の並ぶ廊下が数か所から伸びていた。その対角にラウンジやレストランなど書かれた案内看板が下げられた広い通路が見える。


 連絡船ときいていたから、貨物運搬がメインの業務的な船と思っていたが、しっかりと宿泊設備の整った客船の様相だ。……豪華、とまでは言わないけど。


 ただ、ひとけが全くなかった。ぞろぞろと士官たちが入ってきてはいるが、そこは静まり返った講堂のように張り詰めた緊張感がある。


 その一方で、レインはさきほどまでの緊張感が解かれたように、船の中を見渡し、目を輝かせている。


 ふらふらとどこかに行ってしまいそうになったのでとっさに、ぎゅう、とケープを握った。

 ダメ、と目で訴えるように無言でレインを睨む。こんな入り組んだ所ではぐれてしまったら大惨事だ。

 レインは顔だけ振り返り、その横顔は口をとがらせていた。


 しばらくすると、その静寂な空間が突如、一人の士官が叫びによって破られた。


「――FRAN(フラン)だっ! やはりFRANがいるぞ!」


 周りの士官が戦闘体勢に入る。


「戦闘士官、A隊は前にでろ! 戦闘準備! B隊、C隊は周囲の警戒だあ! 整備隊は偵察機の準備はやくしろお!」


 隊長兼キャプテンの大声の指示が響きわたる。

 ミリスは一番後方のC隊に組まれていたため、FRANの様子は人で遮られ見えなかった。


 あっという間に場は騒然として、士官たちの声が飛び交う。ホールの奥から打撃音や銃声が響いてくる。


「――C隊ぃー!」


 と、キャプテンがさらに叫ぶ。

 ミリス含めたC隊の士官たちが一斉に振り向き「はっ」と返答する。


「船の損害状況をチェックさせるために海上保安を数人エンジンルームに向わせる! C隊はその護衛にあたれぇ! 道中でも異常があれば即刻連絡入れろよお! 」


 C隊は口々に「了解」と声を上げた。


 FRANの発見から士官たちの行動は早かった

 同時進行的に自分たちの役割が的確に割り振られる。

 目的も手段も明確に理解できる。これもあの老齢のキャプテンがなせる業だろう。



     ***



 ミリスたちC隊と数人の海上保安隊、合わせて10人程で、乗務員室が並ぶ通路を進んでいた。


 ホールでの喧騒もここまでは届かず、ふたたび静寂した空間が広がる。

 通路は人が5、6人ほど並んで歩ける幅で、片側に丸い窓が並び、海が波打つのが見える。


 ……そして、進むにつれて床や壁にすり傷が見られた。さらに床がぎしりときしみ始める。

 その様子に自然と隊員たちは警戒心を高めていった。


「おっと、止まってくれ!」


 先頭を歩いていた一人の士官が言った。


 全員が通路の前方を見ると、そこは床が抜けてぽっかりと穴が開いていた。


「この先に穴があって、通れない!」


 先頭の士官が改めて全体に通るように言った。


 穴は大きく、とても飛び越せるものではない。

 下を覗き見ると、漆黒が敷き詰められたような空間で、何も見えなかった。


 その脇で数人が、話しあっている。


「この下は、貨物とかを入れる倉庫か?」


「そうですね。貨物庫は2フロア分の高さで、落ちるとかなり危険かと」


「下の状況もわからないしな」


「ああ……FRANが潜んでいてもおかしくはない」


「他にエンジンルームへの通路はあるか?」


「いえ……船底部からの搬入路はありますが、船内からだと、ここからしか」


「そうか……」


「キャプテンへの連絡はしますか?」


「いや、それなら、あいつがやってくれている」


 と、言ったタイミングで、すこし離れて通話していた士官がこちらを振り返り、口を開く。


「――みんな、今、キャプテンに連絡をいれたが、整備隊が別ルートを確保してくれるらしいから、待機だと」


「ようし、整備隊の装備にかかりゃ、船室に風穴開けてでもルートを確保してくれるぜ」


「でも、このあたり、床がかなりきしんでない? 待機するにもすこし離れたほうがいいんじゃない?」


「たしかに、そうだな……。ここまで床が抜けてもおかしくはない。すこし戻ろう」


 話しがまとまり、全員が引き返し始める。

 ミリスもそれにならって来た道を歩く。


「――ミリスっ!」


 背後からの突然の大声に、ミリスは思わず体が跳ねる。


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