第四話 影
オペレーターの案内を受けて街の船着き場へ移動すると、多くの士官たちが並んでいた。
その列の先頭で、長いひげを生やした年配の大男がやたらに叫んでいる。
シャツの襟を立て、真っ黒な、いかついコートを羽織った海賊みたいな格好をしていた。
「おーし、野郎ども! さっさと俺の船に乗り込みなあ!」
と言って大きな口を開けて愉快そうに笑った。次に、並んだ士官たちを見渡して、
「おい! てめえら! 俺をただの船乗りと思うなよ! 海上保安隊長兼、戦闘指揮官兼、――船長だあ! 俺のことは、キャプテンと呼びなあ!」
と、港中に響くような大声を上げ、士官たちを尻込みさせた。
「さっさと乗り込みなあ! かっ飛ばすからよー! 任務なんてよお、さくっと終わらせるぜえ! おい!」
と叫びながら、戸惑う士官たちの背中を押して、順に船へ放りこんでいく。
列に並んでいたミリスも容赦なく背中を叩かれた。
「うわ……! ちゃんと乗るから! 押さないでよ……!」
と言ったが、叫ぶ大男には声は届いていない様子だった。
(やれやれ……、安全運航は期待できそうもないな)
任務の先行きや難破船の状況よりも、船の揺れ具合。――今、ミリスの心配事はそれに尽きる。
ミリスたちが乗った軍船は、全長60m程の巡洋船で、速度を優先するため装甲や武器は最低限のものだった。船内に入るとずらりと質素なベンチが並んでいる。ただ人員を運送するために作られたような無機質な空間に思えた。
士官たちが乗り込んでいき、次第に席が埋まっていく。全員が座り終えると、静かに出航した。
……任務で輸送されるときの乗り物の中は、いつも独特の緊張感があり、静まりかえる。会話する者もちらほらいるが、周りに聞こえないぼそぼそとした声だった。
そんな雰囲気に呑まれたのか、レインもはしゃぐことなく、こぢんまりとミリスにくっつくように座っていた。
――一方で、ミリスは別の意味で静かだった。
(……大丈夫。すぐ慣れる。意識するな……、揺れを)
波の揺れに合わせて体も揺れる。宙に浮いているみたいにふわふわする。頭のてっぺんまで振動が伝わり、脳みそがグラつくように感じる。すこし油断すると、額から血の気が引くのを感じる。冷えた汗が一垂らし。
しかし、まだ問題ない。
……こういう時はできるだけ姿勢を崩さず、目線も動かさない。目を閉じると逆効果である。揺れをより意識してしまう。それが船を乗り切る自己流の攻略方法だ。
そしてゆっくりと呼吸を繰り返す。ロングブレスというやつだ。鼻から息を吸い、口から10秒以上かけて息を吐く。
――ミリスは呼吸に集中する。
その神妙な面持ちに、レインは隣でニマニマと笑いをこらえていた。
……あんたは元から浮いてるからいいよな。と、皮肉をいう余裕はなかった。
別のことを考えよう――。
船に乗っていることを忘れるぐらい、考え事をするのだ。意識をそらせ。
すると、ぼんやりと脳裏に残っていた、あの声が浮かんできた。
リィームズ師団基地で口論していたあの女の子の声……。
小さな体の少女が声を上げ、泣き顔を浮かべて走り去るあの光景が、なんども頭の中で繰り返される。
あの時、ふと、ある人物の姿と重ねてしまったのだ。
あの勇敢にも立ち向かっていた少女の本質とは真逆の、――ただ思い詰めるだけの、気弱で、一人でなにもできない、あの姿と。
「――こんなのおかしい!」
夜のふけた誰もいない静かな廊下のすみっこ。
床に腰を落とし、膝に突っ伏して、私はすすり泣いていた。
その叫びは小さく、涙声でかすれ切っていた。
「……どうしたんだ」
かたわらに一人の男が立っていた。やさしく、そしてあたたかい声だった。
私の視線の先は床ばかりで、彼の顔は見えない。思い出の中の顔にも影が落ち、ぼやけている。記憶が拒んでいるかのように彼の顔がかすれ消えかかっている。
「なんで私だけなのっ!」
「……お前だけって?」
「私には、できないっ!」
「……お前だから、できる」
「努力したのにっ!」
「……がんばったんだな」
泣きじゃくる自分の姿が情けなくて、意思に反してさらに涙が流れる。
顔は上げられない。もう涙で床もよく見えない。
ただ、かたわらにいる彼の存在感を感じるだけだった。
「……努力できているなら、いいじゃないか」
と、彼は言う。
声はさっきより近い。彼はこちらの様子をうかがおうと屈んだのだろう。
何も返さず、しばらく無言でいると、
「……あせらなくて、いい」
と言って、彼は私の頭を雑に撫でる。
その声は心に馴染んでいるような低い声で、包み込むような、気持ちを落ち着かせてくれる声色。
「……お前の力は、俺に似ている」
「なれる……?」
私は突っ伏しながらも、ようやくぽつりと口をひらいて、すがるような声が出た。
「……なれるよ」
――耳元で、なんでも肯定してくれる、いつもの声。
そう、私はただ、彼のようになりたかったんだ。
その一心だった。それは目標で、憧れで、私のすべてだった。
私はずっと、彼の跡を追いかけてばかりだった。
……でも、いつも守られてばかり――だったんだ。
真っ暗な廊下が真っ白な霧でぼやけていく。
想い出の中から切り取られ、孤立した空間。アルバムに残された写真が色褪せていくように、からっぽな光の中に溶けていく。自分も彼も、そこに添えられただけの小さな人形みたいだ。
その時、私は、最後まで顔を上げなかった。――彼の顔を見られなかった。
いつもそうだ。後ろめたさや、バツが悪くなると人の顔が見れなくなる。
逃げてしまいたくなるんだ。
――なのに、結局、感情をぶつけて頼ってしまう。甘えてしまう。
わかっていても、癖、なんだ。――わかってよ……。




