第三話 声
ミリスとレインは驚いて体をびくつかせる。
「――こんなのおかしいっ!」
と、続けて大きな声。
水槽の壁の向こう側に部屋があり、そばで開いていた扉から聞こえたようだ。
「どうして! あたしが行っちゃだめなの⁉ あたしじゃないと、あの子を見つけられないかもしれないんだよ!」
また女の子の高い声が廊下まで響いた。
「君は戦闘員じゃないんだ。わかるだろう?」
と、声のトーンを落とした男の人の声。
「君の役目は海上での安全確保だ。FRANを退治することじゃあない。君の身を案じてのことなんだぞ……」
と、男の声が続く。
「またそれ⁉ いい加減にうわべだけの心配するフリはやめなよ!」
女の子の声は、ひどく苛立った様子だった。若い海上保安の子だろうか。
レインのほうを見ると、悲しそうで不安気な表情を見せていた。もしかしたら、レインのほうが人の感情に敏感に感じているのかもしれない。
……立ち聞きするのも悪いし、さっさと場所を移したほうがよさそうだ。
と、考えた瞬間、
『――艦艇の準備が完了しました。戦闘士官および海上保安隊、各隊員はすみやかに船着き場へ移動してください。繰り返します……、各隊員は……』
頭上からマイクを通してアナウンスの声が響き渡った。
「あたし、絶対行くから! 今度は譲れない! 絶対! ……譲れないんだ!」
と、アナウンスの声が終わるタイミングで、さきほどの女の子の声が話を終わらせるように叫んだ。……まずい、部屋から出てきそう。
そして、間をおかずに一人の女の子がドアから飛び出してきた。
少女は目をぎゅ、と閉じていた。足早に廊下を蹴ってこっちへ向かってくる。
少女は白い水兵服を着ていて、上から革製のベストを身につけ、腰をベルトで締めている。下は短いスカートで、飛び出した勢いで、裾がひるがえり黒いスパッツをのぞかせた。
頭には紺色の帽子をかぶっている。つばがついていて上部が平らなもの。正面にはロープ状のベルトとバックルが装飾されている。
その帽子からボリュームのあるブロンドのロングヘアーが伸び、ふわりと大きく揺れていた。
耳には海色のグラデーションがかったイルカのイヤリングがぶら下がっている。
「――あっ! ごめん、通して……!」
少女が、はっ、と目を開いて見上げて言った。
少女の軽快な動きで、あっという間にミリスの眼前まで迫ってきてた。
帽子のつばで影になっていたが、そのぱっちりした目は赤く、涙を浮かべていることがはっきりわかった。その痛切さが伝わる目にすこしドキリとした。
「あ、すみま……」
道を空けると、言い終わる前に少女は走り去っていった。
ミリスは呆然とその後ろ姿を見送った。
少女が去ったあと、部屋からぼそぼそとした話し声が耳に入ってくる。
「……おい、あのムスメが紛れないように、見張っておけ」
「はっ」
しばらく、その場で立ちすくんでいると、
「……事情とか、わかんないけど、さっきの女の人、なんだか、かわいそう……」
と、レインはさみしい声で言った。
「うん……でも、危険なのは事実だし、戦闘員でもないなら仕方ないんじゃないかな」
「――ミリスって、薄情なところあるよね……っ!」
レインは低い声でミリスを睨みつけて言った。
眉をひそめ、拗ねるように口をとがらせている。
「え、そんなに怒ること……?」
レインの不機嫌そうな様子に、少したじろぐ。
……確かにあの女の子は悲しんでいたし、レインにはもっと切実な思いを感じ取れたのだろう。――けど、私ができるようなことはない。やっぱりFRANが確認された危険な場所に戦闘のできない人がいくのは、よくない。もしも……あの子を守る力があれば、同行でもなんでもさせるよ。……でも私には……。とにかく、今はレインのことだけでも、いっぱいいっぱいなんだ……。
「それより、早く船着き場に行かないと私が叱られるから……!」
と、ミリスはごまかすように言って、その場を離れた。
レインの顔を見ないように目をそらしていた。




