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第七話 魂の色


 捜索対象の〝正体不明のFRAN(フラン)〟というのは、飼い犬リックのことであった。


 ただし、その結論に至るまでに数々の議論がめぐらされていたことは、ミリスたちは知らない。


 まず、リックと本件の目撃情報を照らし合わせるのに、情報の一致するものと、そうではないものがあった。

 共通して挙げられたものは、鋭く伸びた長い爪と牙、大きな体。一般動物の範疇(はんちゅう)を超えた強力な力。


 しかし、全体の風貌に関して意見が分かれている。


 目撃者の一人は、獅子の姿をしていると主張し、また一人は熊の姿と言い、さらに一人はバイソン、また一人はイエティまたは、ビッグフット、もしくは、アトラスコプコサウルス・ローズィの子孫……、とその意見は一つにまとめられないものだった。


 任務内容としては実に曖昧な〝正体不明〟とされたのは、これらの証言によるものに他ならない。


 ただ、最終的にリックを当該FRAN(フラン)とする結論に至ったのは実際に被害を受けた者の証言であった。


 その者がいうには、異常発達した筋肉により、実際の全長の何倍もの大きさに見えたという。そして、10メートルほど跳躍をしていて去っていき、片手で大木をなぎ倒しながら森の中を強引に進んでいったという……。


 それは主観による誇張表現ではなく筋肉量からいって事実、リックには可能であったというのだ。




 ――そして、その結論によってもう一つ、派手に賑わせた議題がある。


 それは国内外に波紋を広げ、FRAN(フラン)対策機関の他、FRAN生態研究部および生物学者、生物進化調査研究部、適応細胞培養センター等、多方面を巻き込む事態となっていた。


 課された議題は、〝本件の大型犬型FRAN(フラン)(仮)をFRANと定義してもよいものか〟である。


 死体は回収され、そのまま研究施設へ送られたのだが、その様相と経緯を聞くと各部門の人物が揃って顔色を変えた。

 『飼い犬が突然姿を変えるなんて前代未聞だ』と。


 人間が飼育する動物は一般動物に分類され、基本的に人間に危害を加えたりはしない。

 (しつけ)次第では人の言うことを忠実に聞くほどだ。


 対してFRAN(フラン)は人を見れば確実に喰らおうとする凶暴性をもつ。

 ――その対照的な差は何か?


 それは、灰汚染以前の旧時代から、家庭内で飼育されていた〝ペット〟という存在が今日まで遺伝子を残し、人とともに生きているものが一般動物として扱われていた。


 では、なぜペットだけがFRAN化せず、残存しているのか。


 それは、当時、人類はすでに動物性食品を必要としていなかったため、地下へは人のみが避難するものとされていおり、動物は地上に置いていくという決まりがあった。

 それにも関わらず、一部の人間が莫大な金銭をはたいて貴重な人員枠を割いてシェルターに持ち込んだということが起因だ。




 そんな一般動物が、こたび、突然適応進化細胞をその身に宿し、FRAN(フラン)と姿を変えたのだ。それが各方面に衝撃を与える。


 議論の一部を以下に抜粋すると、


 『灰汚染はいまだ存在しているのではないか』


 地上の灰濃度係数は限りなく安全圏にあると証明された実績がある。それが揺らぐ可能性があるのではないか、と。


 『しかし、当該動物は街中で人に囲まれて暮らしていた犬である』


 仮に灰汚染によるものだとしても、人には影響されず、該当動物のみ汚染されたとするのは不自然といえよう。


 『しかも、ごく短期間で適応細胞を宿し、突然変異的に変貌した』


 そもそも適応進化とは、多くの年月をかけ、遺伝子を子孫へ受け継いで発達していったものだ。それが単個体ではたして成立するものなのか。


 『そもそも、FRAN化は灰汚染によるものではないのではないか。すべての生物がFRANとなるべくしてなるのではなかろうか』


 時には論理が飛躍した。


 ……議論の熱は、いまだ冷めやらぬ状況である。




          ***




 コルトタウンの教会には、孤児院が隣接されている。孤児院は主にFRAN(フラン)被害により行き場を失った孤児たちを受け入れ、日々、修道士たちが献身(けんしん)的に世話をしている。


 任務を終えたミリスは、ライオを連れてその孤児院へと向かっていた。


「ライオくん!」


 以前街中でライオと共に出会ったシスターが孤児院の前で両手を組んで、そわそわとした様子で立っていた。そして、ライオの姿をみると声を上げ、駆けつけてくる。


 事前に保護されたと連絡を受けていたシスターは、ライオのことを本当に心配していたようで、すぐさまライオの前に(かが)んで、ケガはないか、どこにいっていたのか、などと質問攻めした。


 しかし……ライオはうつむき、沈黙していた。


「あの、すみません、私が湖の奥まで連れて……」


 ミリスが代わりに答えるように言った。

 だが、それに反応するようにライオが顔を上げ、


「一人で、湖の奥まで行って迷ってたら、お姉さんたちが見つけてくれたんだ!」


 と、ミリスの言葉をさえぎるように声を出した。


「ライオ君、どうして一人で、そんなこと……!」


 シスターは悲しい顔をしてライオに問う。理由なんて一つしかないとわかっていても問わずにはいられなかった。


「ご、ごめんなさい! でも、平気だったから! どこもケガしてない!」


 ライオはまっすぐ前を見て、主張するように言う。その顔はどんな叱責(しっせき)も覚悟しているようだった。


「ライオ……」

 ミリスは言葉を遮られて黙っていたが、また口を開こうとする。

 すると、ライオはミリスをかばうように前に出た。


「リックも、おねえちゃんが見つけてくれた……。リックは…だ、だめだったけど……ぼくのことは、おねえちゃんが守ってくれたから、平気だったんだ」


「……リックのことは聞いているわ。でも、ライオ君までいなくなったら私は……。もうこんなことしないで……お願い」


「はい……。ごめんなさい…」


「さっ、早く中へ入りなさい。疲れているでしょう?」


 そう言ってライオの背を押して、中に入るようにうながす。


 シスターの瞳に怒気(どき)なんてなかった。安堵(あんど)と安心の気持ちのほうでいっぱいだった。

 

 そして、ライオが孤児院に入っていくのを見守ってから、ミリスを見て言う。


「士官さん、ライオを守ってくれてありがとうございます。なんとお礼をいったらいいか……」


「い、いえ、私は……、あの」


 ミリスが言いよどんでいると、


「私に協力できることでしたら、いつでもおっしゃってくださいね。いつでも歓迎いたします」


「……は、はい」


「では、子供たちが待っているので私は失礼します。本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げ、シスターも中へ入っていく。




 ミリスはしばらくその場で立ちすくんでいた。


「……ねえミリス、ライオくん、わたしたちのこと許してくれたのかな?」


 と、後ろからレインが言った。


 リックを失った時、喪失感で立ち尽くしていたライオだったが、ミリスの言うことを素直に聞いてくれて、無事に街に戻ることはできた。

 だが、ライオは最後まで目を合わせてくれなかった。


「……わからない。でも、私の力が及ばなかったのは……事実なんだ」


 そう言って、ミリスはうつむきながら孤児院を背に少し歩く。


 すると、そこには、一匹の犬――。


「えっ! リックっ?」


 ミリスは驚いて目を丸くする。

 前の前には、穏やかな目をしたリックの……()()


「レイン……?」と、言って確認するようにレインのほうを見た。


「……えーと、リックの魂を実体化したら、そのまま動けるようになったみたい」


「なったみたいって……」


「……リックはね、自分がもう生きていないこと、これから生きていくライオとは一緒にいられないってことも全部わかってるんだと思う。

 ……だから、あの場で決別できるように、ライオの前から消えるように去っていったの。

 ライオくんにも、その気持ちがつたわったと思う」


「ん……? じゃあ、なんで、ここにいるの?」


「――リックは自分をおかしくさせた原因を知りたいんだよ!

 そして、ライオを守ってくれたお礼も()ねて、ミリスに協力したいんだって!」


「と、いうか……、レイン、リックの言葉わかるの……?」


「ううん、魂の感情の色から()()してるんだよ!」


(……ほんとに合ってるのか……?)


ミリスは疑いの目を向けた……が、レインはそんなことにかまわず、


「そういうことで……これからよろしくね! リック!」


 と、明るく言って、それに返すようにリックはワウッと元気に吠えた。


「それで……どこで飼うの……?」


「わたしの病室だよ。いいでしょ? ミリス?」


「うーん……私はいいけどさ」


 レインはリックの霊体に楽しそうに抱きついた。

 それを前にミリスは呆気にとられながらも、帰ったときの状況を想像していた。


(……病室はもう、幽霊屋敷だな……)



あとがき


ここまでお読みいただきありがとうございます、


魂についてですが、感情によって色が変わるらしいですが、その人自身のベースカラーもあって、そこにグラデーションみたいに感情色が加わったりします。

さらに弱ってたら魂がちょっと縮むし、元気なら魂もぷっくり健康的に。

つまり、レインには下手な嘘をつけません。…だからどうとうことはないですが。


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