第五話 本能
ミリスたちは草木が荒らされた跡をたどり、獣道を進んでいく。
すると、湖を背にぽっかりと空いた草地――湖の小さなほとりに出た。
そして、その中心に――、一匹の大型の犬のような獣。
体長は80センチ程、顔周りは黒く、凛々しく突き出た鼻先、すらりと伸びたたくましい体躯。そして獅子のタテガミのように首元の体毛が厚く、その姿は、遠目からでも圧倒されるものだった。
獣は、四本の分厚い脚でまっすぐ立ち、首を前に垂らして、静かにたたずんでいた。
その姿が見えると、すぐさま後ろからバッと少年が飛び出る。
「リック! よかった! ――さあ! 帰ろう‼」
喜びの声を上げ、一匹の獣に向かって、ライオが駆けだした。
(――この獣が、ライオの飼っているリック……なのか?〉
はたして、犬、といっていいものか。ミリスは一瞬、頭を悩ました。
それほどの異様な気配とプレッシャーが、のしかかるようにずしりと感じる。
そして、ライオが近づいても、リックはその場でただ低い唸り声をあげているだけだった。
「あれが……リック……?」
と、レインはつぶやいた。何かを見つめているようだった。そして続ける。
「……震えてる……、魂が……。おびえるように、こらえるように……。
まるで、キズからどんどんわきだす血を必死におさえてるみたい……。
これが……家族にやっと会えた、っていうおだやかな気持ちだなんて、思えない……。
――黒くて、赤くて、ドロドロの、悲しい……感情……だ!」
レインはまっすぐ前を見ながら、まるで憑りつかれたように、か細い声で淡々と話した。
ミリスは、はっとして前に目をやると、リックはその場で歯をむき出して、喉の奥からうなり声を漏らしていた。ライオを前にしても……。
「リック、どうしたの……? はやくおいでよ! ぼくと帰ろうよ!」
ライオは、おそるおそる近づきながら、リックに話しかける……しかし、
“オオオ――――――ッ”
犬のそれとは違う、鈍く、低く、ドス黒く染まる血肉を骨ごと捻じ曲げたかのような雄叫びが響く。
リックは口を大きく開き、毛が逆立ち、そして前足を屈め、飛び出そうとしている――!
「様子がおかしい……!」
そう言ってミリスは走り出した。
「――ライオっ‼ 離れてっ‼」
「リック! リック! ぼくだ! ライオだよ! リック――――っ‼」
ライオは必死に叫んでいたが、ミリスは腕を振りライオを横に突き飛ばす。
その時リックはすでに地面を蹴り、こちらに飛び込んできていた。
――その鋭く伸びた爪を向けて。
ミリスはブレードを振り上げ、
〝――ガキンッ〟
リックの爪を弾く。
「レイン! ライオをお願い! 遠くへ! 早くっ!」
「――わ、わかった!」
ミリスの叫びに、レインも素早く反応する
リックと対峙して、間近に見たその姿に驚愕する。
頭を伏していたから、はっきり見えていなかったのだ。
――鋭い牙は口がはみ出る程長く、爪は突き出した刃物のように尖っている。
そして全身の筋肉ははち切れるように盛り上がり、そしてなによりも――、今にも目の前の獲物にとびかかりその首を食いちぎってやろうというような突き刺す敵意。
(――この姿は、まさに、FRANだ――〉
ミリスはごくり、と喉を鳴らして、構えた。
ピンと張り詰めた緊張感が全身に走る。自分の体がきゅ、と強張るを感じた。
しかし、リックはそれにも構わず一息つく間もなく仕掛ける――。
一瞬屈み、ミリスに向かって勢いよく飛び立った。
ミリスはそれに反応し足を振り上げ、リックの顎を下から蹴り上げる。
そして、〈凝縮〉の水弾を作り出しそうと指先を構える。――が、リックはすでに身をひるがえし着地し、すでに飛び掛かっていた。
(――速いっ!)
ミリスは地面を蹴って横に飛んだ。
辛うじてリックの突進は避けられたが、爪がひっかかり、
“ブツッ”
と、肉が切れる音とともに肩がえぐられ血が飛ぶ。
ミリスはほとりの奥へ駆けながら、リックに指を向け、水弾を射出する。
〝バシュシュ――ッ〟
二発、三発、撃つ――が、
リックもそれにぴたりとタイミングを合わせるように右へ、左へと躱す。
(――全て、視えてる……っ!)
銃弾と同等の速度で撃ち出される水弾を、完全に目で追っているような反応。
(――これは、犬の動体視力によるものか〉
犬が本来持つ狩猟本能から発達した、動く者を追う力。
そのうえ人の倍程はある視野の広さ。――その眼の位置、大きさ、形、全てが、決して獲物を逃さない構造になっているのだ。
――水弾はすべて空を切り、リックはすでに眼前まで迫ってきている。
ミリスも全力で駆けているが、まるで距離を離せない。――いや、すでに距離は詰まっている。すぐ後ろに迫り来るリックの存在を確実に感じる。
飛び立てば爪が、牙が、届く距離だろう。
そして、リックの足音は消え、地面を蹴って飛び掛かってきたのがわかった。
――しかし、リックは飛び込んでこなかった。
振り返ってリックの姿を見ると、
〝――グゥゥ……〟
と、苦しそうに、その場で身を震わせていた。
――その様子は、湖の入り口で戦ったスネイクの姿を彷彿とさせるものだった。
「ミリス――っ! いまのうちに――っ!」
数メートル先で、レインが叫ぶ。
その両手は真っ赤になるほど固く握られている。さらに体全体を両手に乗せて抑えていた。
(レイン、いつの間に近づいて……っ)
そう声を出そうとしたが、すぐに思い直し、この機会を逃すまいと背後に飛んだ。
しかし、背中が木にぶつかる。後ろは木々が隙間なく並ぶ森林。
――すでにこれ以上、距離を取れる空間はなかった。
ミリスは木にもたれながら、水弾を構える。
――その瞬間、
“オオォォォ――――――ゥッ”
リックは雄叫びを響かせるとともに身を大きく振り上げる。
すると、それに同期するようにレインの体も持ち上がる――。
「あ」
レインは短い声を漏らす。
そして、そのままリックが横に体を振り、――レインの体も勢いよく飛ばされる。
「――う゛っ!」
――レインは近くの木に叩きつけられ、空気をひねり出すような声が出た。
「レイィィン――――っ!」
固めた水弾を放つ――。
〝バシュ! バシュ! バシュ――ッ!〟
放つ、放つ――!
――しかし、自由になったリックは体をひねり、かするほど寸前で――確実に避ける。
そして、撃ち終えたと同時に、ミリスの膝が勢いよく落ちた。
「――はぁっ! はぁっ!」
その顔は汗にまみれ、口を大きく開け、過呼吸のように激しい呼吸をしていた。
「うぅ――! ミリスゥ――っ‼」
レインは苦悶の表情を浮かべながら近づき、もう一度、魂をつかもうと手を伸ばす。
(ミリスは〈凝縮〉を――プリムスを使いすぎたんだっ!
もう動けないんだ! わたしが、――止めないと!)
――だが、両手を握っても、リックは止まらない。
(とおい――?
ううん、ちがう、――力が、足りないんだ――。もっと、力がないと――っ!〉
しかし、その思いも虚しく――、リックは、ミリスの腕に喰らいついた。
ミリスのプロテクトシンボルによって衝撃が吸収され、牙は表皮までにとどまった――が、それも一瞬のこと――。
リックの顎による圧力がかかり次第に牙が沈みだし――
〝……ぎりりっ〟
と音を立て、肉をえぐっていく……。
――レインは、顔が真っ青になった。
そして、ミリスは、その時――、静かにつぶやく。
「――よかった」
ミリスは全身の力を抜いた。
(――相手がよかった。
――〝犬〟であったことがよかった〉
限界だった。――もう指ひとつ動かせないほど疲労していた。
ミリスの左右の空間に、水弾が一つずつ浮いていた。
――それが、今、リックを挟むように、置かれている。
〝犬の眼〟は、動く物には反応できるようになっているが、反面、静止している物に対しては、うまくピントを合わせられない、という。
――優れた動体視力と広い視野の代償のような欠点である。
「……喰らいかかってきて、ほんとうに――よかった」
宙にとどまっていた水弾はリックの〝眼〟では視えず、自身が有する最も強力な牙をむき出し、まっすぐミリスに飛びついたのだ。
リックにとってはそれは確実に致命打を与える最善手だと疑いなかった。
――その水弾に、〝警戒〟できなかったばかりに。
そして――宙にかまえていた水弾は凝縮の一点を解かれ、同時に射出された。
リックは、――突然現れた水弾に、左右から貫かれた――。
あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます、
犬のモデルはレオンベルガーという大型犬です。首周りにライオンのようなふさふさのタテガミをもった種類らしいです。
この作品では、FRANとなり体大きくなり、本当にライオンみたいに体がでかくタテガミもでかいです。
ミリスはライオンに噛まれたようなもの。
プロテクトシンボルという衝撃緩和装置がないと一瞬で噛みちぎられていたでしょう。
…憶えてますか? 第一話で描いた装備のプロテクトシンボル。
わりとそれありきで戦闘します。これがないと全身鎧でがっちがちでもないと戦えません。
けど、リアルなら絶対鎧も身に着けるでしょうね。怪我したくないですし。
この作品に少しでも気になっていただけれ
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