第四話 心
ミリスは応急処置キットをひらけ、ライオの手当をしていた。
ライオのケガは、逃げた時に転んだのであろう傷だけで、雷撃は服を焦がすのみで済んでいた。
――ライオの話を聞くと、案の定、ミリスと別れたあとに間もなく犬のリックを探しに孤児院を抜け出したらしい。
人目のつかないよう森の中をかきわけて探していたところ、先ほどのウィスプと遭遇した。必死に逃げたが、次第に追い詰められ、身を隠していたというわけだ。
「……レインは、もう大丈夫なの?」
ミリスはうつむいて手当しながら、訊ねた。その声は暗い。
レインはそのすこし後ろで両ひざを抱えて座っていた。
「すこし、ピリッときただけ。平気だよ!」
レインは、わざとらしく明るい声で答えてみせた。
しかし、その声とは裏腹にバツが悪そうに目をそらしていた。
「レイン……。無理しないでって言ったのに……」
「ミリスも電撃受けたじゃん。わたしと一回ずつで、おあいこだよ?」
と、すねたように少し口をとがらせて言い返す。
「はあ……」
ため息が漏れる。ミリスは、諦めたようにうなだれ、それ以上問わなかった。
手当てを一通り終えると、今度はライオの目を見て、問いただす。
「ライオ、ケガは大したことがなかったからよかったけど……、こんなところに一人で来るなんて、ダメだよ。さ、早く孤児院に帰ろう?」
ミリスは、眉を上げ、少し怒気を込めた口調で言った。
「……ぼ、ぼくは……」
そう言いよどんだあと、うつむいてしまった。
「シスターさんがきっと心配してる。……犬の、リックだっけ? その子のことは私たちも探してるから……私たちを信じて? ね?」
ライオはしばらくうつむいていたが、ポケットから何かを取り出すと口をひらく。
「もう見つけたんだ」
「……え?」
「これを……。首輪。リックがしてた。そこで拾ったんだ。
いかなきゃ……! 見て、首輪がちぎられてるんだっ!
リっ、リックは……襲われたんだっ! 助けにいかないと……っ!
このままじゃ、このままじゃあ! リックが!
さみしい思いをしたまま死んじゃう……!」
そう言い終えると、ライオは涙をこらえていた。
「それ、ここらへんで拾ったんだね? なら、ここは私が探すから、ライオは安全な場所で待っててればいい。あとは、大人にまかせてくれないかな……?」
ミリスはなるべく穏やかな声で諭すように話すが、ライオは首を横にふる。
「……だめなんだ! あいつは……! リックは……、ぼくが行ってやらないとだめなんだ……! あいつは……僕のにおいでしか……安心できないやつなんだ…っ!」
いつの間にかライオの目から涙が零れていた。
だが、顔を伏せることなくまっすぐ首輪を見つめていた。
(まいったなあ…どうしよう…)
ミリスは、困った表情で顔を上げて、頭を抱える。
「もうだめだよ……ミリス」
近づいてきたレインが静かに口をひらいて続ける。
「人が、誰かを心配する心は、止められないよ……。
わたしたちでも、シスターさんたちでも……どんな力でも……
この子のはち切れそうな思いは、誰にも抑えられないよ……」
ミリスは顔を上げたまま、目を閉じる。
(どんな力でも、か……。たとえ、プリムスだって人の心は満たせない。
……誰かを心配して、空いてしまった心の隙間は、どうあっても満たせない。
――隙間を埋められるのは、その誰かのそばにいる時だけなんだ……)
やがて涙を拭ったライオが、声を張る。
「手当してくれたことはありがとう……! でも、ぼくは、戻らないから!
シスターに言いつけてもいいよ! 止められてもぼくはこの先にいく!
ぜったい! ぼくがリックを守るんだっ!」
そう言って、スッと立ち上がって背を向けようとする。
「まって! じゃあ、わたしたちと一緒にいこ?」
レインは明るく、優しい表情をして言った。
「……えっ?」
ライオはきょとんとする。
「もう止めないよ。……でも、わたしたちも一緒につれてってよ。みんなで探した方が、いいでしょ? ミリスも、それでいいしょ? ね?」
レインはライオとミリスに順に目配せしながら言った。
「……ちょっと、レイン……!」
「ミリスなら、わかってくれるでしょ? あの子、わたしとおなじ……。
リックを見つけるまで、ライオは、――まっ暗闇の中、不安と恐怖で苦しみ続けるんだ……っ! わたしがひとりぼっちだった時のように……!」
「う……。気持ちはわかるけど……あぶないし……」
レインのまっすぐな視線に目をそらしてしまう。
ミリスは、レインに賛同してしまいたかった。しかし、もしもライオの身に何かあれば……と考えると素直に返事できなかった。
「ライオのことは、わたしが、守るからー!」
レインは、そんなミリスの曖昧な気持ちに活を入れるように声を上げた。
少し沈黙の間があいたが、やがてミリスはライオの顔も見る。
(……こうなると、もう……どうしようもないな……)
ライオを止める言い分も思いつかないし、しかも、隣にいるレインがこうもやる気では何を言っても不利だ。ミリスは意を決した。――というより諦めたという念のほうが強いかもしれない。
「……ライオ、ちょっとその先を見るだけだからね。
リックがいなかったらすぐ孤児院に戻ってもらうよ?」
「…う、うん……わかった」
ライオも覚悟したように返事した。
そしてレインは、にっこりと広角を上げ、満足そうに、
「ミリス、ありがとう! じゃあ、いこっ!」
と、陽気に言い放って先頭に立つ。
ミリスもやれやれと言いたげな表情でレインに続いていく。
すると、後ろからライオが
「……、あ、あの……おねえさんと、――ゆーれいのおねえちゃんも、
あ、……ありがとう……」
すこし顔を赤らめて小声で言った
ライオの素直な言葉に、ミリスは微笑んで返したが、レインは、
「幽霊じゃないんだけど……。まーいーけどー……」
すこし不満げに言っていた。
あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます、
レインは魂が見えることもあって、人の感情に敏感に察することができます。
感受性もゆたかです。影響も受けやすいです。ライオの気持ちにあっという間に同調してしまいます。
逆にミリスは鈍感です。基本的に人はいいけど、あっさりしてます。
なので、レインに引っ張られなきゃ物語が進みません。
この作品に少しでも気になっていただけれ
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