49日の音図の旅
十九年前ヒハシは知恵授かりを終えたばかりの子年生まれの言霊使いの卵たちに自身の天能力で未来を変える事にする事を語り、全ては双成国を守る為だと独自仲間と作戦をたてていた。
瀕死のナオイク王は朱雀と露草の最後の力で目を覚ますが、それは朱雀と露草の死を意味していた。
そして、音図回収班を決める御籤が振られるのであった。
= お仕置き部屋 =
モズと小照は座禅を組み、決められた呼吸数で瞑想する。静かではあるが集中力が必須である為〝気〟を消耗する
凛の音と共に「休め」と見張り番から声が掛かると、二人は静かな汗をかいていた。
僅かな休憩を挟み、また声が掛かれば座禅を組み〝気〟を集中させる。
束の間の休憩にそっと、モズと小照は目を合わす
「体は大事ないか?」
モズは小照が一心不乱に紙に筆を走らせる姿を思い出していた。
「はい。私は大丈夫です。… モズ様、申し訳ありませんでした。私がモズ様を巻き込んでしまいました。」
幼い小照の頭を下げる姿はあの時とは違い普通の女の子である事にモズは少しホッとした。
「謝らなくても良い。結果的に、酔イ踊レ乱舞は秋成国が勝利したようだ。」
「はい。」
「そうなる様に、小照が物語を書いたのかい?」
「はい。」
二人の間にしばしの沈黙が流れた。
「小照はどうして自国である夏成国が勝利する未来を書かなかったのか、座禅の間中に色々と考えた。」
「はい。」
「僕たちがした事で死者が出た。どう受け止める?」
「物語を変えなければ、死者の数はもっといたのです。」
「さすがだな。もっと居た〝はず〟ではなく。もっと居たの〝です〟と言い切るあたりが何とも…小照よ、君の天能力は未来予知なんだな?」
「はい。」
「全てが見えるのか?」
「いいえ。」
「そうか…結局の所、私たちは何の為に生まれたのか考えた時、明確な答えは見つからない。気を失う時に大切な人たちの顔が走馬灯の様に頭を流れた。私はどうやらこの時代に生まれた言霊使であり、秋成国祭祀の継承者だ。我が双成国はこれからどうなるのだ?」
「双成国は消えます。ただ、言霊使は僅かに残ります。」
「そうか。ならば祈らずにはいられないな。そうならない為にも。」
前向きなモズの言葉にハッとする小照
「祈りの力が強ければ、私が見えた未来が変わるかもしれないと…」
「小照?私たちは今、どうしょうもなく子供だ。今私たちがどう言っても動くのは大人たちだ。例え言霊使であっても決めるのは大人たちだ。そして、与えられた時間を生きる。大人になる。何か良い未来は見えているのかい?」
「私たち言霊使は完全には消えません。ですが、心が失っていくのです。…良い事は言霊使たちの他国婚ができます。例えば、私とモズ様も結婚できます。」
真剣な小照の言葉に顔を赤るモズは咳払いをした。
「それは、今じゃ考えられない事だ。それこそ秋成国と夏成国衰退の始まりではないか」
「何故です?」
「それは昔から決められている事だ。」
「私たちの〝血〟は同じです。では何の為に音図が春、夏、秋、冬成国と封印門に納められているのでしょうか。」
「それは、四霊の神が眠られている場所だからだ。」
「そうです、我が夏成国には〝宝音図〟別名〝鳳凰〟秋成国は〝天津菅音図〟別名〝麒麟〟が封印されています。春成国、冬成国にも音図と共に神が封印されています。
これは結界。それを張った先人の言霊使もかつてこの神とされる者と戦い、契約をかわしているのです。」
「何が言いたい?」
「四季=四鬼(神)眠る土地に我々は祈る、ここが神々の始まりの地=始まりの血。
四つが交わる時、表と裏に分かれる。」
「それは、言霊神歌の一節…」
「はい。鶴と亀が統べった後ろの正面だれ」
「鶴とは夏成国の鳳凰、亀とは冬成国の玄武亀、つまりは、夏成国と冬成国が双成国を統治するという未来なのか?」
「二つの血が交わる時、世界が変わるのです。後ろの正面とは鏡合わせ。」
「すまない。話が見えない。」
「血は水より濃いのです。言霊使他国婚により、合いの子=愛の子が生まれ世界が救われる。つまりは…」
その時、見張り番が戻り凛を鳴らす
「初め」
モズと小照は座禅を組み瞑想を始めた、すると不思議な事に小照の見えた未来がモズの頭にも流れ込んでくるのだった。
一瞬に長く感じられる不思議な時間にモズは鼓動が高鳴った。お仕置き部屋に僅かに入る日差しが二人の額を温めた。
そして、また凛の音が鳴り、目を開けた二人は確信する。後ろの正面を。
見張り番が静かに口を開く
「モズ様。小照様。あと二十四時間後、この部屋を出たらすぐに喪服へ着替えて、朱雀様と露草様の葬儀にご参列ください。」
モズと小照はこの時初めて、朱雀と露草の死を知るのだった。
= 朱雀・露草 献花のナデシコ =
朱雀と露草の葬儀の日、夏成国には珍しく雨が降った。
献花に訪れる人々は皆ナデシコの花を手に朱雀と露草に花をたむけ手を合わせた。
小雨の中、陽が照り空には虹がかかっていた。
この光景は人々が思い描く天界のようだった。
朱雀と露草の孫である睡蓮は、この日から次期朱雀として護衛がつく様になった。朱雀と露草の同期である日照は大粒の涙を流していた。
「この日、この場所に、海の姿が無い事が悔やまれるばかりだ。」
日照の孫である、小暑と小照は初めて見る祖父の涙に胸が締め付けられた。
ヒハシはそっと、小照を見ていた。
〝あの子が、僕と同じ天能力の持ち主か…〟自分の幼少期を思い出し胸が苦しくなるヒハシにそっと肩を叩くのは、ドクダミであった。
「自分と同じ天能力の者が現れた場合、確実に自分の力は薄れ死期が近い。私は力の全てを芒種に託す事にした。ヒハシよ。お前が感じた孤独をあの子にも与えてはならない。憎悪ではなく、愛で還せ。お前の両親はお前を愛していた。竹林に幽閉したのではない。守ったのだ。結果、籠の中の鳥のような孤独が生まれた。…小照を護るぞよ。」
ヒハシは片方の目が見えにくくなっていた。
「片方で見れば、愛。片方で見れば、憎。今の私は…その片方がぼやけています。やがて両方が見えなくなるその時は、自由な愛を知りたいのです。」
ヒハシの手の中のナデシコの花とその蕾が雨に濡れた花びらに日差しが差し込むと、ゆっくりと蕾が花を開いた。
「母様…」
ヒハシの母の名は撫子それはまるで、死しても尚、息子に話かけるような光景であった。
= 消えた音図回収と四季神 =
葬儀が終わるとすぐに、言霊使たちはナオイク王との話合いを始めた。
「音図が消えた理由を調査していた者が皆同じ違和感を覚えたと記録されている。本来ならば、音図堂の結界は四カ国の言霊使が揃い初めて音図堂に入れる、又はその国の〝納役のみが供え物をする時に中に入る事ができる。だが音図に直接触れる事が出来る者がいるのだろうか。と皆が口を揃えていた。理由は明白だ。音図に安易に触れれば死の呪いにかかるからだ。私は思うに触れずに天能力を使い音図に触れずに音図を移動させた者がいるのではないかと。」
ナオイク王の視線はトンボに向けられた。
「はい。私の天能力で飛ばしました。」
キツネはすぐさま息子であるトンボの頬を強く叩いた。
「お前は何て事をした!音図が無くなったあの日、秋成国は地震起き、葉楓が死にかけたのだぞ!」
「はい。私は私たちの作戦を実行したのです。」
キツネがトンボの胸ぐらを掴むと、寒露が止めに入った。
「お祖父様、トト様おやめください!」
寒露の涙に冷静さを必死で保つキツネ。
「では、話て頂こう。何故に音図を…」
ナオイク王の声と共に静けさだけが部屋に響いた。
「知っての通り、私は子年生まれ閏言霊。十九年前知恵授かりをした日にヒハシ様の家へ行き話を聞いた者です。ヒハシ様が見た未来に言霊使も双成国も無い事を聞き心底震えました。獣国の者達が私たちを食い殺す世界がたまらなく怖くなりました。たった一つ回避できる方法は音図の力でハクビシンを呼ぶ事だと。そして、私の天能力は〝空間移転送〟本来ならばこの力は不作の土地に作物などの物資を届ける時などの緊急時の時にしか使わない天能力。ヒハシさんが書いた言霊白書通りに行動し、音図を飛ばしました。」
「どこへ音図を飛ばした?本来ならば、音図が封印堂にない場合、四季神が暴れているはずだ」
ナオイク王はただ、静かに問いかけた
「音図は四季神の生まれた場所に飛ばしました。」
「なるほど、通りで暴れない訳だ…だが、しかし四季神は賢い。私たちが音図を取りに行きハクビシンを呼ぶ事はお見通しであろう。」
「その通りで御座います。」
「トンボ様はハクビシを呼ぶ時、九つの魂を捧げなければならない事を存じているはず、自分の娘が死ぬかも知れないと言うのに、何故実行した?」
「私達はこの世に生を受け生まれた、その日から言霊使なのです。逃れる事はできません。国の為に平和を祈り人生を全うする。その大義を果たさずに獣にただ食われて命尽きるのなら、大義を果たし言霊使として人生を全うする。そうでなければ私達が言霊使に生まれた意味がなくなるのです。娘が獣に食われるくらいなら、言霊使として生を全うして欲しいのです。」
皆は目を伏せ言霊使としての使命と大義を思い言葉が出ずにいた。
「本当に言霊白書の通りに物語は進むのか?」
春成国の柱がぶっきらぼうに声を出した。
「どうだろう…私の後継者が現れてね。どうなるかはわからないんだ…」
ヒハシは目線を伏せたまま呟いた。
「何だよそれ。」
柱は奥歯を噛んだ。
しばしの沈黙の後、澄んだ〝気を〟纏いナオイク王が声を出した。
「これより、音図を回収する旅に出てもらう。その使命を全うしてもらうのは、辰年生まれの言霊使の卵たち、君たちに命をかけてもらう」
ナオイク王は頭を深々と下げるのだった。
ナオイク王の前に言霊使たちは深々と頭を下げて「御意」とだけ言い、誰も未熟者の言霊使の卵が音図回収の役目を担う事に反論しないのは、王の命令だからではなく、四季神が最も若い言霊使(知恵授かりを終えたばかりの者)の魂を必要とするからであると理解していたからである。
それは同時に必ず誰かが四季神に魂を捧げるという事なのである。
「いざ、四方陣鳥居山へ。北は冬成国、蝦夷本山。東は春成国、出羽三山。西は秋成国、論鶴羽山。南は夏成国、於茂登岳。六角御籤で班を決める。」
ナオイク王の言葉の重さは、どこ悲しげであった。
「蓮角様、ご準備下さい。」
「御意」
蓮角は静かに立ち上がると部屋を後にした。
「順次、言霊使は国に帰る様に。今は神無月に近い状況である。獣国の者たちから民を守られよ。」
ナオイク王の言葉と共に言霊使たちは足早に部屋を後にする。
部屋に残された言霊使の卵たちは、これから自分たちが担う役目に震えていた。
「君たちに一つ聞いても良いかな?」
ナオイク王の悲しげな口調は、目の前の幼さが残る言霊使の卵たちに死を宣告しているようなもの。その言葉を吐き出さねばならぬ苦しみが滲み出ていた。
「なんでしょうか?」
皆が黙り込む中、睡蓮が柔らかな口調で口を開いた。
「君は夏の太陽の様に無邪気で優しい〝気〟を纏っている。
では聞こう。私たちは何故、言霊使に生まれたのか。何故だろう。」
ナオイク王はまるで答えを求めている様に悲しげな表情をした。
「それは、この世に生を受ける前に私たちが望んだ未来なのだと思います。ただ、その事を私たちは忘れてしまっただけなのです。私は思い出せずに苦しむよりも今を真っ直ぐに生きたいのです。双成国は母であり、そして果てなき空は父なのかも知れません。親は時に難しい試練を子に与えます。それは〝幸せに生きよ。〟と願い幸せとは何かを子に考えさせます。今、私は幸せで御座います。それが答えなのです。」
「私たちが、望んだ未来か…朝日が休まずに昇るような綺麗な考えだ…睡蓮、君は死ぬのが怖いとは思わないのかい?」
「はい。また会えますから。風となり花となり鳥となり虫となりても、また会えますから。」
睡蓮はただ、真っ直ぐに微笑むと部屋の外から眩しい光が降り注いだ。
「君の天能力は誠に美しい」
ナオイク王は一雫の涙を頬に流した。
「ナオイク王様、私たちは睡蓮と同じ考えに御座います。」
小暑を始め、皆は誰一人として暗い顔をせずに笑っていた。
その光景に息を呑み、涙が溢れそうになるナオイク王は声を出して笑うのであった。
「真の言霊使たちよ。きっと君たちは後世に語り継がれることであろう」
そこへ、御籤を持った蓮角が現れる。
「これにて、音図の回収班を決める。が。次期朱雀である睡蓮を音図回収班から外すようにとの意見が多数出ております。海なき今は睡蓮が必須。ナオイク王様、如何なさいますか?」
蓮角の低い声が部屋に響いた。
「睡蓮はどうしたい?」
ナオイク王は視線を睡蓮に向けた。
「…私は音図回収に向かいたい気持ちです。」
睡蓮の強い眼差しは覚悟を秘めていた。
「あまり、この台詞は言いたくないのだが…」
皆は固唾を飲んでナオイク王を見た。
「王命により、睡蓮を音図回収班に参加させる。」
王宮内の者達がザワザワと声を上げた
「睡蓮様に何かあった場合、次期朱雀様はどうなるのですか?それこそ夏成国の存続、王様の命に関わる事に御座いますぞ!」
「そうです、海様もいなく、49日後には朱雀継承の儀式をしなければなりません!王様はご自身の命と国民の命、両方を抱えているのをお忘れか!」
ひしめく声にそっとナオイク王が声を上げた
「では聞こう。夏成国だけが双成国とお考えか。その自分勝手な考えを改めないのであれば、私は喜んで死を選ぼう。そんな考えを持つ者がいる国を作った責任を果たそう。」
ナオイク王は腰元の剣をそっと抜き自分の喉元にあてた。
その光景に青ざめ悲鳴が上がった。
睡蓮がそっと立ち上がり、ナオイク王に近づ静かに頷くと皆の方を見た。
「次期朱雀からのお願いであります。必ず生きて夏成国へ帰国します。そして私、皐月睡蓮は朱雀継承の儀をし朱雀の役目を全うする事を約束します。」
その立ち姿は朱雀そのものであった。
「一刻を争います。どうか私を信じてくださりますように。」
王と朱雀の覚悟を決めた姿に皆は頭をさげ涙を流すのであった。
「では、六角御籤を振る。名前を呼ばれた者は前へ。」
蓮角の声と共に喉元に向けた剣は静かに下ろされた。
「陽が昇る地、東は春成国〝出羽三山〟龍神の元へ向かう者は…立春、芒種、寒露、大雪」
「結界の地、北は冬成国〝蝦夷本山〟玄武亀神へ向かう者は、蟄、睡蓮、葉楓、立冬」
「月光の地、西は秋成国〝論鶴羽山〟麒麟神へ向かう者は、柱、小暑、かぐや(白露)」
「火鳥の地、南は夏成国〝於茂登岳〟へ向かう者は、清明、大寒、朝織」
蓮角の口から朝織の名が上がり、皆は目を丸くした
「朝織は言霊使ではありません!何故、朝織が…」
許嫁の小暑が思わず声を上げた
「朝織は秋成国圏内である淡島で閏適正期に生まれた。確かに言霊使ではない」
「だったら何故です!!」
「朝織が〝斎王〟に選ばれた。」
「さ、斎王…」
「斎王は言霊使同等の力を持ち、一生を地神に祈りを捧げる身。朝織の希望で四季神の元へ向かう事を承諾した。」
「そ、そんな…」
小暑の青ざめた表情に皆は居た堪れなくなる。
御籤を振る手が一瞬止まり小さなため息をつき、目を強張らせた。
「では。ここ夏成国から最も遠い、冬成国と春成国の音図回収へ行ってもらう。知っての通り四季神は春、夏、秋、冬成国の言霊使が揃っていなければ、姿を現す事はない。よって、生き残ったが、秋成国、夏成国への音図回収へ向かってもらう。それ即ち、足りぬ言霊使を守り四季神に身を捧げる覚悟を持つ。と言う事だ。」
全員が互いの顔を見て、次に会う事ができない者がいる事が信じられずにいつしか自然と肩を組み抱きしめあった。
「我ら、辰年生まれの閏言霊、ありがとう、」
立春の言葉に皆は涙を堪えた。
「では冬成国へ向かう者達は直ちに出発してもらう。」
蓮角の目はどこか潤んでいた。
「蟄、葉楓、立冬、睡蓮を頼みました。」
ナオイク王が深々と頭を下げ、睡蓮にそっと近づき耳打ちをした。
「必ず帰国する事を心から祈ろう。その時、君に話がある。」
この時のナオイク王の瞳を見て、睡蓮はナオイク王が源先生だと気がつく。
「先…」
思わず口に出しそうな睡蓮の口元にそっと指をかざしたナオイク王は大きな声を出した。
「皆に告ぐ、我が双成国の言霊使に敬礼を。」
蟄、葉楓、睡蓮、立冬はそっと歩き出し姿が見えなくなっても敬礼は続いた。
次回、 ヒハシと小照
次回、ヒハシと小照




