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始まりの合図

= 時雨 =



雨が降る空は皆の心模様かのように降り続いた

春成国の同志がいない教室は、木漏れ日が入らない部屋のように皆は喪に服し、授業のほとんどが自習の中、桃の木の死に疑問を抱く小暑

「何かおかしいとは思わないか?」

「人はいつ死ぬか分からない…」

立冬は頬杖を付きながら空を見ている

「桃の木学長とあろう言霊使が突然死なんて有り得るのだろうか?」

「…確かに…だが歳も歳だしな…」

「何か違和感がないか?」


小暑と立冬の会話に入る寒露

「私も何か変だと思った…大人たちは何かを隠してるような…そんな気がする」


そこへドクダミが咳払いをする

「芒種!」

突然名前を呼ばれて驚く芒種


「夕食後、医務室へ来るように」

「はい!」


夕食を済ませた芒種は足速に医務室へ向かい扉を叩く


「芒種にございます」

返事は無いが医務室へ入る

「ドクダミ先生?」

医務室の奥に孤高の〝気〟を放ち佇むドクダミ

〝祈りの時間か〟芒種はそっと医務室を出ようとする

「待ちなさい」

「はい」

「そこに座って待っていてはくれないか?」

「ですが、私がいては〝気〟が混じり祈りの邪魔になります」

「そこに、座って待っていてはくれないか?」

「…はい。」

数分の祈りの間、芒種はドクダミの背中をただ見つめた

〝ドクダミ先生の里はどこなのだろう…〟

生まれた国の為に祈る姿を見るのは芒種にとっては初めての事であった

〝自分も中等部を卒業すれば日々このように祈るのか…〟

ドクダミの姿は美しさの中の強さに包まれていた

「さてと、待たせてしまったね…」

「いいえ、とんでもござ…」  

「いい、いい、なぜ謝ろうとする」

「はい?」

「祈りの最中に申し訳ありませんと言おうとしていたであろう」

「はい。」

「私が言った通りに来た君は何も悪くない」

「はい…」

「私は鳥になりたかった」

「はい?」

ドクダミの突然の話に一瞬戸惑う芒種

「戸惑うでない」

そうドクダミは笑う

「芒種、そなたの天能力は〝治癒〟だな?」

「はい。まだ知恵授かりの芽は出ていませんが…」

「私と同じ天能力だ、君の家は診療所だったね?」

「はい…」

「ならば、医者になりなさい」

「はい?」

ドクダミが優しく笑う

「医者に興味はないかな?」

「いえ、ですが私は言霊使として生きる身です、祈りの時間は欠かせませんし、言霊の力で病を癒す事はできても命は救えません…それに…」

「うん?」

「それに天能力が治癒となれば、噂を聞きつけた患者が溢れ平等に診る事はできないでしょうし、病を治すだけが医者ではなく患者に寄り添い、夜であっても朝であっても急患となれば診なければなりません…祈りが疎かになってしまいます、そうなっては言霊使としての役目が務まりません…何より、天能力を使っても救えない命もあります」


「ならば、君が言霊使でなければ万人を救えるのか…祈りが疎かになれば国が滅ぶのか?」

「それは…」

「君は、救えない命を間のあたりにした時に、普通の人よりも自分への不甲斐なさへの思いが邪魔をしているのではないのか?」


「…私は父のような医者になるのが夢でした、夜に高熱の子どもがいれば夜中であろうとも診療し、昼はお年寄りの話から心の良好さえも診る、遠くに火傷の人あれば足を運び、父がもう一人いたら良いのにと子どもながらにそう思っておりました」


ドクダミが深く芒種の目を見る

「自身が言霊使だと自覚したのはいつだね?」


「九つの時でした、父が過労で倒れた時に右手で父の背中を摩りながらこう思いました。

〝死なないで、この父の疲れを私に全て残らずくださいと、そこからの記憶はなく、次に起きたのは父が過労で倒れた日から七日も過ぎていました」


「それで、医師を志す気持ちがなくなったのが君の本音だね?」

ドクダミが芒種の真意をつく


「癒すつもりが相手の痛みを全て吸い込んでしまったのだと気がついた時は自分の力が怖くなりました、死に直面した人を目の前に、この天能力を使うのを躊躇するのではないかと…」


ドクダミの目が微かに光り、芒種を見る


「…なるほど。」

何か納得したようなドクダミ


「私には治癒の他に〝草知樹〟と言う天能力がある。そのおかげでと言っては過言ではないが、言霊使でありながらこの医務室で薬の研究をしている、君の天能力は〝吸思頂〟

だろう」


「吸思頂?」


「〝吸思頂〟(きゅうしちょう)は名の通り、相手の痛みや特性を吸い取りれることができる天能力、父親を助けたい強い思いが火付となったのだろう、力を使いこなし自分を信じて生きなさい

君を見ていると何故だろう昔の自分を思いだすのだ…今日、君を呼んだのは話がしたかったからだ、同じ天能力の者が現れると先人の言霊使は九年で死ぬ定め

君が九つの時に目覚めたのであれば、私はあと五年でこの治癒の天能力を天に還す、生きているうちに君に出会えた事に感謝する、卒業までの間に私の天能力の〝草知樹〟を君に授けよう、いつでも私はそなたの味方だ」


ドクダミからの思いもしなかった話に言葉が出ない芒種


「言霊使が君の人生の全てではないのだよ、ただ、たまたま閏適正期に生まれただけの男だ、ワハハハハ!」

「ドクダミ先生」

「うん?」

「ドクダミ先生の四霊は…」

「私の四霊は龍だよ」

そう笑うドクダミの顔は雪溶けに降り注ぐ木漏れ日のようだった


その時、医務室の窓をつつく伝書カラスの姿が見え、窓を開けるドクダミ

青黒く光るカラスの目は言葉を発しているかのようだ。



「無事に桃の木の葬儀が終わったようだ、始まるぞ」

「何が始まるのですか?」

「物事の終わりは始まりだ、桃の木の死は合図だ」

ドクダミの言葉の意味が分からず眉間にシワを寄せる芒種

「遅くにすまなかったね、もう部屋に戻りなさい」

「あ、はい!」

芒種は一例すると医務室を後にした


「合図…何の合図だ…」

寝床に横たわり、ドクダミの言葉を思い返しながら眠りにつく芒種は夢を見る

黒い水の中に沈む、睡蓮の姿に手を伸ばし睡蓮が芒種の腕を掴み大声で叫ぶが波の音で互いの声が聞こえず言霊が使えない

恐怖に包まれ芒種自身も黒い水に吸い込まれていく


「芒種、おい大丈夫か?」

その声に目を覚ます芒種、荒い息で胸が痛み、自身の言霊の力で気を落ち着かせる

同室の立春と大寒が心配そうに芒種を見る

「一体、どのような夢を見たのだ?」

立春が問う


「覚えていない…ただ苦しかった事は覚えている」

そう答える芒種の腕にアザのような痕が見える


「誰かの手形のみたいにくっきりとついてるだよ?」

大寒がアザに手を当てる

「随分と小さな手だな…」

立春もアザに自分の手を当てる

「これは、女か子どもの手のように見える」


その言葉にハッとする芒種

「俺ってば、どんな夢見たらこんなに苦しむのか、見た夢も忘れるなんて、きっとこのアザも自分で掴んだんだろう、すぐに消える、明日も早いのに驚かせちまったな、もう寝ようぜ」


立春と大寒は目を合わせ小さく頷く

「話たくなったら話せばいい、おやすみ」

「嘘をつくほどの怖い夢だったんだな、気が乱れっぱなしだ、おやすみ」

立春と大寒がそれぞれの寝床に戻る


芒種は無言のため息をつき目を閉じた


朝、目覚めると腕のアザは薄くなっていた。芒種は自然と自分の治癒の天能力が働いたのだと気がついく


教室横の洗い場で顔を洗う芒種


「あれ?このアザどうしたの?」

睡蓮がアザに手を合わせるとアザの大きさと睡蓮の手の大きさがピッタリと重なった


「あのさ、昨日俺の部屋に来た?」

芒種が真剣な顔で問いかける

「行く訳ないでしょ!」

と笑う睡蓮の笑顔を見て安心する芒種

「変な夢も見てない?」

「見てないけど?」

「それならいいんだ」

「そのアザくらい自分の天能力で早く治しちゃいなよ」

「そうだな…」

「今日はやけに素直ね」

「別に」

芒種はそっ気無い返事をして教室に入る

「別に…ねぇ」

首を傾げる睡蓮の頭をポンっと誰かが手を置く

「源先生!」

「もう授業の時間だ」

「あっ、はーい(源先生の呼吸と香り何処かで…)」そう思いまた首を傾げる睡蓮


春成国がいない教室はどこか空気が重く気のバランスが取れていない

「春は恋しい」

源の言葉から自然と授業が始まると、皆は一人ひとりが春成国の同志がいない寂しさに気がつき、いつの間にか同志は大切な友になのだと思うのであった。


一日の授業の終わりに伝書カラスが源の肩に止まる


「明日の夕刻に春成国から君たちの友が帰るとの事だよ」


「また、柱に色々教えてやんねぇとなぁ」

皮肉を言う芒種の顔は何処か嬉しそうだった


「明日、君たちに大切な話がある。楽しみにしておいてね」

源は静かに微笑むと教室を後にした。


翌日、春成国の立春、蟄、清明、柱が四季学仙校へと戻ると皆の心は何処となく暖かくなった。

獅子十六閣堂に皆が集められ蓮角が口を開く


「酔イ踊レ乱舞の日にちが決まった、九月 夏成国にて開催だ」


皆が顔を見合わせる、つまりは出身国の覇権をかけた勝負が始まるのだ

互いの友情が芽生え出してからの勝負は男女対抗戦の時とは違いう、

他を知り他を認め本当の己を知る。愛国心を背負い真剣勝負が始まるのだ。


「音図集めは先陣の言霊使たちが手分けをして取り掛かっている、そして桃の木の死についても探りを入れている。君たちは酔イ踊レ乱舞に向けて励みたまえ。 以上。」


蓮角がその場から去ると皆は無言になる


酔イ踊レ乱舞が終われば、朱雀継承の儀が執り行われる事は決定事項である。

睡蓮を皆が見つめる中、一人黙ったまま獅子十六閣堂を出る立冬


「よっしゃ!真剣勝負だぁ!」

突然大声で叫ぶ柱の声が獅子十六閣堂にこだまし皆が耳を塞ぐ

「うるさいわねぇ!!」

睡蓮が柱を追いかけると皆は自然と笑顔になった。

「そんなことさせない…」と小さな声で呟く海。

「えっ?今何か言った?」

大雪が少し驚いた顔で海を見る

「ううん、何も…」


酔イ踊レ乱舞まで5ヶ月 


春成国の同志は達は桃の木の死の真相を探りつつ、酔イ踊レ乱舞に向けて修行を始める


夏成国の同志達は自国で酔イ踊レ乱舞と朱雀継承の儀が執り行われる為、一層強い気持ちで一丸となる


秋成国は覇権保守の為、かぐやと白露の二人が出場する事が勝敗を分けると考え、二人の対面許可を得ることを秋納に懇願する運びとなった


冬成国の立冬、大寒、大雪は言霊使不足の自国のみんなに冬成国の強さを示し安心を与え、自国の繁栄の祈りに繋がるようにと、三人の心は言わずとも固く静かに前を見た。











= 獣国鳥 =


酔イ踊レ乱舞開催が正式に決まり、獣国の要人達が、いち早くその連絡を受け胸を躍らせた。


獣国と双成国は古くから親交があり、過去には不穏な時期もあったが今では条約を結び互いに干渉をしない事を約束し数年に一度開かれる祭り事などで交流している。

獣国の者は双成国の結界を超える事が出来ない為、結界に道ができる彼岸の時期に獣国と双成国を結ぶ道が双成国小国の夏成国のみに現れる、獣国の獣人達はこの道の事を

〝ヨモギ道〟と呼ぶ。

獣人は元々は人であり双成国で暮らしていたが、はるか昔の大飢饉の時に人が人を食べた事で、人は人ではなくなり、言葉を忘れ心を失くし獣の姿に近づいたのである。

 事態を重くみた先陣の言霊使は獣人に特別な祈りの言霊をかけ獣人達は言葉を話すようになり見た目も人に近づいたが、人を食べた罪は永遠に血に受け継がれるとし、獣人は新しい大陸で生きる事になった。

獣人と呼ばれる者はかつて人を食べた事のある先祖の血が流る者である。

今の獣人は誰も人を食べる者もいないし、食べたいと思う者もいないが双成国へ行く事を固く禁じられている。

そんな獣人達にとって彼岸道を通って双成国へ行けるのは始まりの場所へ行ける事を許された日なのである。

獣国に言霊使はいないが、一人の言霊使の男が人質として獣国で時を過ごしていた。

その男、名は 〝 水泉藤ヒハシ 〟 声帯を取られた言霊使である。


酔イ踊レ乱舞開催の吉報を受け、ヒハシは静かに吐息をはいた。

吐息で曇った窓に文字が浮かぶ

「始まりの合図」 浮かび上がった文字はすぐに消え獣国の夜空には綺麗な月が輝いていた。



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