霊の成る木 第7話 古びた外灯・逃走
凛子の手首を掴んで半ば強引に踵を返す。
「わっ! ちょっ、ちょっと篝?」
どこか呆けたような表情で立ち尽くしていた凛子がよろけて高い声をあげる。
僕は凛子の訴えを無視してずんずんと公園の入口へと向かっていく。
とにかく早くここから離れなければ。
心臓の鼓動がやけに早く聞こえる。全身の皮膚がぞわぞわする。大股歩きが次第に早足になり、気がつけば僕たちは暗がりの公園の中を走っていた。
あれはなんだ。
風が吹いて葉が揺らめいた瞬間。その葉の隙間から視線を動かした。そこにそれはいた。木の後ろからこちらを覗き込む人影が。
嫌な想像を振り払うように顔を振り、余計な思考を遮断する。けれど脳は考えるのをやめてはくれない。
あれはなんだ。
自分の思考回路にうんざりする。
だってその思考すらも嘘だ。
本当は分かっているくせに。
僕は知っている。本当はあの顔を知っている。
「篝っ!」
はっとして立ち止まる。一拍遅れて凛子も止まった。
「篝、大丈夫?」
「……大丈夫、ごめん」
それほど長い距離を走ったわけではないのに息が切れていた。心臓はまだ激しく脈打っている。
気がつくと僕たちは公園の入口まで戻ってきていた。凛子に声をかけられなければ自転車を通りすぎていたかもしれない。
入口にある古びた外灯が白とも緑ともつかない色の明かりを明滅させている。雲の隙間から月が顔を出し辺りを少しだけ明るくした。
僕は息を整えてから話し始めた。
「人影が見えて……誰かが見てた」
「えっ! ちょっとなんで言わないのよ!」
「違う違う。本物の人の方」
僕は滑らかに嘘をついた。
「なーんだ。つまらないの……」
「不審者か、僕らと同じように噂につられてやってきたか、こんな時間にそんなことをしているのを咎めにきた誰かか……じゃないかな」
「どれも嫌かも」
「不審者だったらまずい。このあたりは人通りも少ないから何かあっても気づいてもらえるのは朝になるだろうね。つまり……」
「つまり?」
「帰ろうか」
「……むぅ」
凛子はまだ納得がいっていないようだった。
隣で少し考え込むようにしていたかと思うと、すぐにいたずらっぽい表情で顔を上げた。
「……私、もう一回見に行っても、いい?」
「だめ」
間髪いれずに答える。
「もぉーわかったよ。篝がそう言うならやめるよ」
ため息をついたが納得はしてくれたらしい。
「結局霊の成る木はなかったってことなのかな。残念」
「そうだね」
「でも、ちょっと楽しかったよね!」
「……それならよかった」
にこにことして話す凛子に僕は救われていた。彼女が楽しかったのであれば僕の目的は達成されたことになる。
「ねぇねぇ。幽霊がいなかったのかな、それとも私が見えないだけなのかな?」
ちくりと胸が痛む。その問いには答えなかった。
ただ、ひとつだけ言い訳させてもらうとすれば、あれは霊ではない。あの木は霊の成る木なんかではなかった。
だってそうでなければーー目の前に立っているはずの凛子があんなところにいるわけがない。




