霊の成る木 第6話 霊の成る木・いつも通り
古い水道の奥に特に何の変哲もない木がぽつんと立っていた。
周りの木々に比べると背の低い木だ。
「あれのことだよね」
僕が指を指すと凛子がすぐに反応した。
「わぁ! 懐かしい!」
「懐かしい?」
尋ねると、凛子はこくこくと力強く頷いた。
「覚えてない? 昔あそこの木の下でいじめられて泣いてた私に篝がお菓子くれたの」
「……そうだっけ?」
言われて思い出す。そういえば小学生の頃、凛子はホラー好きが災いしてよくクラスの男子にからかわれていた。今の誰とでも感じよく接する凛子からは一切想像できない姿なので言われるまで忘れていた。
そもそもいじめていた男子は端からみると凛子に気があってちょっかいを出しているのが丸分かりだったのであまり深刻に考えたことがなかった。本人はいじめられていたと記憶しているらしいが。
近くにひとつ外灯が灯っている。その明度の低い明かりに照らされて木の様子はよく見えた。夏らしく葉が生い茂っている。
僕と凛子は少しの間その木を眺めていた。
至って普通の木だ。背の低い細い木。
さて、どうするか。
「なんにもないね」
凛子が淡々と言った。
どう声をかけようか迷っていた僕は凛子が先に声をあげたことに少し安心した。
「ほら、やっぱり何もなかったんだよ」
前に立つ凛子の表情は分からなかった。落胆しているのか、ほっとしているのか、その声色からは判断がつかない。
「暗いし幽霊より不審者が危ない。早く戻ろう」
公園の入り口に自転車を置いてきたことを後悔していた。公園内は雑草が生い茂っていたし、当たり前のように置いてきたが何かあったときのために多少歩き辛くても自転車を押してくればよかった。
凛子は木を見上げたまま動かない。どこか見惚れているようにも見えた。
生ぬるい風が僕たちの間を吹き抜けていく。7月の風は夜でも涼しくはなかった。張り付くような湿った空気だった。
風が凛子の肩より少し長い髪をかき乱し、葉が擦れ少しだけざわざわと鳴った。
もう一度声をかけようとして、僕は一度言葉を飲み込んだ。
それから彼女に聞こえないように一度小さく息を吐いた。少し息を吸い、
「凛子」
声をかける。
なるべく落ち着いた声で。
「帰ろう」
端的に言う。
はっとしたように凛子の肩が揺れた。
「待ってもうちょっと……」
前を向いたまま返事をして、凛子はそこでふと言葉を止めた。
「篝……?」
凛子が不思議そうに振り返る。
「帰ろう」
反論の隙は与えなかった。
「わかった」
少し何か言いたそうにして、けれどそれ以上何も言わずに頷いた。
いつも通りの静かな夜だった。
いつも通り僕は彼女に嘘をついていた。




