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僕は幽霊が見える 第14話 久しぶり



     *



 一晩明け、昨日のどこか気落ちした様子はすっかりと身を潜めているのは僕に気を使わせないためだろうか。そもそも七星さんはこの件に関しては元々無関係なのだ。知らないふりもできたはずだ。

 けれど、そうはしなかった。

 七星さんは条件として僕に弟子になるように言った。タダでは出来ないと。

――けれど。

 もしかしてだけど、この人は僕が何をしなくても凛子を助けようとしたのではないだろうか。

 リスクに対して見返りが小さ過ぎる。そもそもそれは彼女のメリットになっているのだろうか。


「何をぼーっとしてるんだ。早く顔でも洗ってこい」


 七星さんが怪訝な表情で言う。


「七星さん」

「なんだよ」

「ありがとうございました」

「……それはもう昨日聞いた」


 わざと仏頂面をつくって後ろを向いてしまうその姿に僕はまた笑ってしまった。

 多分この人は、それほど悪い人ではないのだろう。

 階段を降りようとした時、ポケットの中でスマートフォンが着信を知らせるために震えた。僕は立ち止まり何の気無しにそれを手に取りよく見もしないでメッセージ画面を開く。


『退院が決まりました。話したいことがあるんだけど、明日家に行ってもいい?』


 心の準備もなく受け取ってしまったメッセージに僕は思わず動きを止める。凛子からメッセージがきたのはいつ振りだろう。結局入院中のお見舞いも最初の一度だけしかしなかった。その時もお互い顔を見ただけで話すらしなかったし、昨日に至っては凛子は僕が来たことを覚えているのだろうか。

 なんて返事をしよう。彼女は何を考えているのだろう。

 しばらく黙って様子を見ていた七星さんが階段の少し下から顔を覗かせて声をかけてきた。


「凛子か?」

「……はい」

「ようやく返事があって良かったじゃないか。素直に喜んでいいと思うぞ」


 ここまできてどう対応して良いか分からないでいる僕をからかうかと思ったが、決してそんなことはなかった。


「ちゃんと話をしておけ。これは命令だ。お前、約束を忘れたわけじゃないだろうな」


 それだけ言うとまた前を向いて階段を降りていった。

 そうだ。僕はこの人の弟子になったのだ。


「……分かりましたよ」


 僕は苦笑しながら返事をした。



     *



 翌日の正午前のことだった。自宅のチャイムが鳴った。今日は家には僕しかいない。姉と七星さんもなにやら朝から出かけていた。

 意を決してインターホンのモニターを確認する。確認などしなくても他に訪ねてくる人なんていないから相手は分かり切っていたが、緊張を解すために少しでも時間を稼ぎたかった。

 玄関ドアの前で深呼吸をする。それから、ゆっくりとドタを開けた。


「――久しぶり」


 そこには凛子の姿があった。もう入院中のパジャマ姿ではなく白いワンピースを着ていた。微笑んだ顔からは体調の良さがうかがえて僕は少しほっとした。


「……久しぶり」


 実際のところは昨晩会ったばかりなのだが、彼女に合わせてそう返した。彼女がしっかりと起きている状態で僕たちが会ったのはもう五日前になる。その時でさえ少し顔を見ただけで、僕は帰ってしまっていた。

 気まずい沈黙が流れる。あの時は話もせず帰ってしまったし、その後お互いに連絡もしなかったから何を話せばいいのか分からない。


「ずっと連絡できなくてごめんね」

「いや……別にいいよ。体調も悪かっただろうし気にしてない」


 もちろん嘘だ。


「お見舞いにも来てくれたのに全然話せなくて」

「……」

「本当は篝が来てくれてすごく嬉しかったの。でも……」


 凛子の表情が曇る。僕は黙って凛子の言葉を待った。余計な言葉を挟んではいけないような気がした。


「私ね、怖かったの。ずっと私だけ何も分からないまで、何も見えないままで。そうしたらなんだか勝手に焦っちゃって、勝手にひとりで色々首突っ込んで、結局また倒れちゃってみんなに迷惑かけて……そんな状態で篝とどう話せばいいのか分からなかったの」

「凛子……」

「昔みたいに篝と仲良くしたくて、だから昔と同じようにすればまた元に戻れるかなって思ってたの」


 そこで凛子は言葉を切り、少し小さな声で続けた。


「あの夏と同じことをすれば、またあそこからやり直せるのかなって……。あはは、馬鹿だよねぇ。そんなわけ、ないのにさ」


 凛子はそう言って笑ってみせた。けれどその笑顔はとても寂しそうだった。

 胸が締め付けられる。体の横で拳を握りしめる。彼女は今、どんな気持ちでこの話をしているのだろう。

 僕は凛子を誤解していた。勝手に卑屈に同情だと決めつけて、自分が傷つかないように目を逸らした。僕は凛子の気持ちをまるで考えていなかった。あの頃も、今も。

 だから僕は同じ間違いを繰り返した。

 僕はまた、何も考えずに彼女を遠ざけようとした。


「覚えてる? あの小学校六年生の夏休み。来年は中学生で忙しくなるだろうからってたくさん篝のこと連れ回したこと」


 その瞬間、奥底に押し込めていた記憶が一気に蘇る。

 そうだ。思い出した。

 森林公園も、夏休みの学校探検も、ホラーゲームも、肝試しも――凛子が倒れたのも、全てあの夏に僕たちが一度体験したことだ。


「けれどやっぱり私も篝もあの頃とは違うところがたくさんあって。今は篝と同じ世界が分かる人が他にもいて。あの頃と同じことをすればするほど篝がどんどん遠くに行っちゃう気がして怖かった」


 凛子だって同じだったんだ。怖かったんだ。僕はそんなこと微塵も考えたことがなかった。


「でも、昨日――夢をみたの」

「夢?」

「篝の夢だよ」


 もしかして、呪い移しをしたあの時のことだろうか。


「色々、思い出したの。あの頃のこと。だからちゃんと……今度こそ後悔しないようにちゃんと言おうと思って」


 僕は真っ直ぐに彼女を見た。それがどんなものであっても受け止めなければいけないと思った。

 凛子が小さく息を吸って、ゆっくりとまばたきをする。その姿は、もうあの頃の幼さを残したものとは違っていた。

 彼女の微笑みが、寂しげなものから、どこか決意を秘めた強いものに変わる。


「夏祭り、一緒に行ってくれませんか?」

「えっ……」


 思いがけない言葉に僕は思わず声を漏らした。


「だめ……かな。あはは、明日だもんね。もう誰かと約束しちゃってたかな」

「いや、約束はしてないけど……」


 凛子が僕を気遣ってわざと明るく話しているのを感じる。彼女が真剣に言ってくれているのは間違いない。けれど僕は混乱していた。

 確か凛子は肝試しの日に佐山君に夏祭りに誘われていた。その時には既に相手がいると言っていたはずだ。


「えっと……凛子こそ、誰かと行くんじゃなかったの?」


 凛子はきょとんとして目を丸くした。

 そして少し考えてから僕の考えに思い当たったようで小さく吹き出した。


「ああ、あれね。やっぱり聞いてたんじゃない!」


 凛子は笑った。ひとしきり笑って、怒って、それからまた微笑んだ。


「篝のこと誘うって決めてたから」


 僕は思わず言葉を失った。


「ずっと待ってたんだよ。あの夏も」


 それを聞いてはっとした。

 まさか。そうだ。どうして忘れていたんだろう。僕たちはあの夏、確かに一緒に夏祭りに行く約束をしていた。昨日の呪い移しで見た『夢』のように。初めてふたりだけで電車に乗る約束だった。


「ごめん。僕は……僕も、怖かったんだ。僕といることで凛子の体が悪くなっていっているようで。怖くて、何も言わずに凛子を遠ざけた。あの頃から僕は何も変わっていない」


 僕は凛子ほど話が得意じゃない。だから僕が彼女に伝えられたのはそれだけだった。

 けれど。


「もういいよーそんなの」


 彼女はやっぱり、そう言った。


「だって、今度は助けに来てくれたじゃない」


 そう言って、笑うのだ。

 彼女はどこまで覚えているのだろう。それはわからないけれど。


「それじゃあ……もう一度聞いてもいい? 夏祭り、一緒に行ってくれませんか?」


 長く伸びた髪がさらりと揺れる。静かに微笑む凛子はあの頃よりもずっと大人びて見えた。

 今でもそう言ってくれる彼女に、僕が言える言葉はひとつだけだった。


「喜んで」

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