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僕は幽霊が見える 第13話 私にはとても真似できそうにない

 翌日、姉を通して凛子の退院が決まったことを知った。朝になるとすっかり体調は回復し、どこを検査しても異常は無かったため医者も首を傾げていたらしいが、本人もいたって元気そうだし身体的にも何の問題もないため急遽明日退院になったという。

 その知らせを自室のドアの向こうから知らせてきた姉に返事をしつつ、僕はベッドの上に寝転んで自分の手を見つめていた。この知らせが昨日の夜の出来事が現実のものであり、僕たちの呪い移しが成功したことを物語っていた。しかし僕はまだ昨日の記憶がどこか非現実的なものであるかのように感じていた。

 自分がしたこと、自分が見たこと、どれもまだ実感がない。まるで全てが夢だったかのようだ。


――夢。

 あの時、もし、目が覚めなかったら――。

 浮かびそうになった疑問を無理矢理振り払う。手を握りしめ、ベッドに投げ出す。考えても仕方のないことを考えるのはやめよう。あの時僕は確かに戻ってきたし、今ここにいるのだから。


「起きろー。そろそろ朝食食べないと片付けが進まないってヒナが怒ってるぞ」


 ドアの向こうから七星さんの声が聞こえた。おそらく僕を部屋から連れ出すための口実だろう。しかしそろそろ正午にも差し掛かろうとしているこの時間までベッドに横たわっているのも確かに考えものだ。

 僕は思い体をなんとか引き起こす。


「おはようございます」

「おはよう。お前寝癖すごいな」

「……うるさいです」


 そう言って笑う七星さんはいつも通りだった。いつも通りに見える、と言ったほうが正しいのだろうか。昨晩、帰りの車内で七星さんは珍しく少し様子がおかしかった。



     *



 面会時間を少し過ぎてしまった僕たちはやや怒られながら帰りの手続きを済ませ、そそくさと七星さんの車に乗り込んだ。

 七星さんは病室を出てからずっと黙っていた。おそらく、僕の身に起きた事が原因だろう。どう説明するか考えあぐねていたようだった。僕はまだどこかぼうっとしたまま煌煌と輝く街の灯りをぼんやり眺めていた。

 走り出してしばらく経った頃、七星さんがため息をついてぽつりと呟いた。


「一瞬で持っていかれたな」


 言っていることの意味はすぐに分かった。あの時、僕が呪い移しをした直後に夢を見ていた時のことを言っているのだ。


「僕は一体どうなっていたんですか?」

「気を失っていた、と言うべきか。終わりの合図をしても何の反応も無かった。あちら側に引きずり込まれそうになっていたんだろうな」


 僕が踏み込み過ぎてしまったのか。七星さんの言っていたリスクというのはこういうことか。


「すぐに助けられなくてすまなかった。これはひとえに私の力不足だ」


 七星さんはいつものように真っ直ぐに前を見つめたままだったが、その声はどこか沈んでいるような気がした。その理由は、なんとなく気がついていた。


「でも結果として僕は戻ってこられたわけですし。ありがとうございました」

「それは私の力じゃない。あの子のおかげだ」


 あの子の――凛子のことか。


「お前があちら側に持っていかれそうになった時、凛子が篝の名前を呼んだんだ。そうしたらお前は戻ってきた。私の声はまるで聞こえていない様子だったのに」


 やっぱりあの声は実際に凛子が僕を呼んだ声だったのか。あの声が無ければ、僕はどうなっていたのだろう。


「夢を、見ていたんです」

「夢か」

「はい。あったかもしれない、過去の夢です。僕がずっと正しかったのか悩んでいた過去の。選ばなかった道に進もうとした時、凛子の声が聞こえて……僕はやっぱり、またその道を行かなかった」


 七星さんはまたしばらく黙り、それから小さなため息をついた。


「何も見えていないから出来ることもあるってことか。凛子はあちら側とまるで波長が合わないらしい。それで『あれ』の影響なんて全く関係なく意識の深いところにいたお前自身に干渉できたんだろうな。私にはとても真似できそうにない」


 なるほど。零感過ぎて何も感じないというわけか。見えない凛子に助けられるとは思ってもみなかった。七星さんにこんなことを言われているなんて、本人が聞いたら飛んで喜びそうだ。

――――あ。

 それと同時に僕は恐ろしい想像に思い当たる。

 あちら側とまるで波長が合わないはずの凛子が『あれ』を見えるところまできていたということは、かなりまずい状況だったのではないだろうか。凛子はそこまで深くあちら側に入り込んでしまっていたということなのではないか。

 もし、僕たちが行くのがあと一晩遅れたらどうなっていた? 

 僕は無理矢理思考を打ち切る。頭の片隅でもうひとりの自分が警告している。これ以上考えるなと。


「……助かって良かった」


 ぽつりと、ふとすると聞き逃してしまいそうなほど小さな声で七星さんが言った。

 それからもう一度小さなため息をついて、強気な声で言った。


「まあ、凛子が起きなくても最終的には私がどうにかしたけどな!」

「そうですか」


 あからさまな強がりに僕は思わず吹き出してしまった。


「ふんっ出来たばかりの弟子をみすみす無くすような馬鹿な真似を私はしない」

「はいはい」


 珍しい姿にもう少しからかっておこうかとも思ったが、これ以上言うと運転が心配なのでやめておいた。

 それに凛子を助けてくれたのは紛れもなく七星さんだ。僕に方法を教え、実行する手助けをし、最後はきちんと成功させてみせた。

 もし、凛子が僕の名前を呼ばなければ。もし、僕が目を覚まさなかったら。一体僕はどうなっていたのか。


「成功、したんですよね」

「ああ」


 つまり、今僕には『あれ』が憑いているということだ。しかし僕には何の実感も無かった。まるで何も変わったところはないように思える。


「七星さん」

「んー?」

「ありがとうございました」

「礼を言うのはまだ早いぞ。お前が呪い移しをして本当に良かったと思うかどうかはこれからにかかっている」


 そうだ。何も変わったところがないように思えても、僕の中には確かに『あれ』がいるのだ。

 僕の表情をちらりと見てから七星さんは言葉を続けた。


「何と言ってもまだ私にこき使われていないからな」


 そう言ってにやりと笑ってみせるのだった。


「まああれだ。お互い色々と思うところはあるだろうがとにかく今日は帰って風呂入ってぐっすり寝ろ。さもないともうお前とは話をしない!」


 その言葉の通り、七星さんは家に着くなり僕を風呂場へ放り込んだのだった。 

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