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僕は幽霊が見える 第11話 僕の世界 

 天気の良い夜だった。窓の外にはすでに夜の明かりが灯り始めていた。次々と通り過ぎるそれを、綺麗だと思った。

 森林公園を出ると僕たちはそのまま車で凛子の入院している病院へと向かっていた。

 ずっと黙り込んでいた七星さんがふいに口を開く。


「ところで、変なことを聞くかもしれないが」

「なんですか?」


 今更変も何も無いだろう。変なことなら山程起こったし、お互い言い尽くしている。


「『あれ』を見て、お前自身に異変があったことは今まで一度もないんだな? さっきも特に何か体調に変化があったりはしていないか? 何か感じたか?」


 僕は眉をひそめた。そういえば七星さんは以前こうして病院へ連れて行ってもらった時にもそんなことを言っていた。


「……異変というほどのことは何も。嫌悪感のようなものはありましたけど、それは多分どちらかというと僕自身の感情のような気がしますし」

「そうか」


 七星さんはまた黙り込んでしまった。

 どうして急にこんなことを聞くんだ。七星さんの方を見るが、その表情からは何も読み取ることが出来なかった。

 しばらく待っていたが、おそらく時間としてはすぐであっただろうけれど、痺れを切らした僕は思わず口を開いた。


「どうかしたんですか?」

「篝にしか見えないということはもしかしたら凛子ではなくお前に取り憑いているのかとも思ったが……」

「えっ?」

「いや……すまない。どうやらそれは間違いのようだな。……あの子自身にも見えてしまったわけだしな」

 



     *



 僕たちが病院に着いたのは面会時間終了間際だった。受付で終了時間について何度も念を押されながらもどうにかすり抜けて中へ入る。帰る人たちとすれ違いながら真っ白な入院病棟を進んでいく。さすがにこれから面会に行こうとする人は他にいないようで、外来診療も終わった院内は昼間よりもさらに静まり返っていた。

 エレベーターを降り、さらに進み、凛子の部屋の前に立つ。相変わらずこの部屋には凛子しかいないようだった。

 握った拳が自然と震えていた。それを無視するように押さえつける。体の震えがあの日を思い出させる。けれど、もうあの時の自分とは違う。逃げるための言い訳ばかり探していたあの時とは、違う。

 もう一度、自分を奮い立たせるために握った拳に力を込める。

 七星さんは何も言わずに待ってくれていた。


「ーー行こう」


 誰にともなくつぶやき、僕は扉を開けた。




 部屋の中はすでに消灯されていて、凛子のベッドのまわりはカーテンが閉められていた。

 凛子の部屋は静まり返っている院内の中でも一際静かだった。真夏とはいえエアコンで適温に設定されている院内はどこも涼しいが、この部屋は夏だということを忘れさせるくらいにまた一段と冷えているように感じられる。

 その原因を、僕たちは知っている。

 静かに近づき、外から小さく声をかけるが返事はなかった。七星さんにさんがそっとカーテンの隙間から覗いた後、僕に目配せをしてふたりでカーテンの中に入った。

 暗がりの中に見慣れた顔があった。

 消灯時間前だというのに凛子はすでに眠っていた。あまり体調が良くないのだろうか。そんな状態でどうして病院を抜け出そうとしていたのだろう。

 僕はしばらく黙って眠る彼女の横顔を見ていた。

 それから、顔を上げる。

 ベッドを挟んで向こう側。そこにずっと『それ』が立っていた。薄ら寒い気配がカーテンの内側に濃く充満していた。

 僕たちがこの部屋に入った時から、前に病室に来た時から、もしかしたらこの夏の間も、この四年間も、ずっとずっと彼女のそばにいたのかもしれない。


「篝、お前にはこいつが見えているか」

「はい」


 正対する形で『それ』がいた。『それ』は心なしかあの時よりもはっきりとした姿をしている気がした。

 七星さんには、凛子には、一体どう見えているのだろう。


「さて、ひとつ質問しよう。お前に見えている『それ』は本当に存在していると思うか?」

「……え?」


 全身に冷水を浴びせられたかのような衝撃が心臓に響く。僕の不安そうな顔の僕を安心させるかのように七星さんは微笑んだ。


「安心しろ。『それ』は確かに今ここに存在している」


……なんだって? じゃあ今の会話はなんだったんだ。

 訝しむ僕を尻目に七星さんはまた『それ』に目を向ける。


「お前は『それ』が存在するかどうかすら怪しいと言っていたが、お前自身がいると判断したのならこいつは今確かにここに存在しているんだ。今ここで私とお前が見えているものが同じだなんて保証はない。こいつがいるかどうかなんて他に誰が証明できる」


 僕があの時言った泣き言を覚えているのか。なんだか気恥ずかしいが、それをずっと気に留めてくれていたことが少し嬉しかった。


「だからお前はお前の見えている世界に自信を持て。お前の見えているもの、判断したことがお前の世界なんだから」

「――はい」


 僕は今度はしっかりと頷いた。


「私にはあの子に憑いているものがやはりはっきりとは見えない。これまでのことも何も知らない」


 僕は目の前の『それ』を見た。

 『それ』は、やっぱり凛子の姿にそっくりだった。まるで寝ている凛子から抜け出した魂かのように思えて、僕は首を振った。

 そんなわけがない。凛子は、今確かにここにいる。これは凛子じゃない。凛子であるわけがない。しっかりしろ。

 僕の世界は、僕が決めるんだ。


「見えるだけで十分だ。お前がそれをできるから、戦えるんだ」

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