僕は幽霊が見える 第10話 それでも僕は
木々のざわめきが聞こえていた。風の強い夜だった。
七星さんの言葉はすぐに風にかき消され、消えていった。けれどその言葉は、聞き間違いかと思い込もうとする僕の脳にはっきりと刻み込まれていた。
しばらく僕は何を言うことも出来なかった。
東海林さんに呪い移しをした時、あの時彼女ははっきりと僕に「こんなことを他人に教えるつもりはない」と言っていた。そして、リスクもある、とも。
何よりも問題なのは彼女自身が今はっきりと言っていた。僕には何も出来ない、と。
「どういう、ことですか……?」
「先程伝えたように、私の霊格ではあの霊はどうにもできないだろう。しかし、お前は違う。篝なら、あの霊に対抗するだけの霊格があるかもしれない」
「まさか、僕にあんなことが出来るとは思えないんですが……」
「そうだな」
七星さんは真剣な顔をしたまま言う。さすがにこんな状況でからかっているわけではなさそうだ。
「そうだなって……」
「正確には、篝を通して私が呪い移しをする」
「そんなこと出来るんですか?」
「分からない。言っただろう。試したことがないから上手くいくかは分からない、と」
確かにそう言っていた。聞いただけでは正直上手くいく想像が出来ない、と言うよりどうするのかすらよく分からない。
「そして私にはあの霊を捕捉することが出来ないだろうから、実際に肝心なところを行うのはやはりお前自身になる」
「さっき七星さんは僕は何も出来ないって……」
「そうだ。だが、それは『今』の話だ。出来るかどうかは私にも分からない。何が起こるかも分からない。これはひとつの提案でしかない。だから、実行に移すかどうかは――篝に任せる」
正直こんな話信じられない。信じられる根拠がない。七星さんが東海林さんを救ったのは事実だが、それを僕がやる? 本当に出来るのか? もし出来たとして、それで本当に凛子の体調がなんとかなる保証はない。そして失敗したらどうなる。何もかも、誰にも分からない。圧倒的に判断する情報が足りない。
それでも僕は――。
「ただ、よく考えろ。これを行うのは、お前自身のためでなくてはならない」
「どういうことですか?」
「東島凛子のためであってはならない、ということだ」
僕は眉をひそめた。僕の様子を見た七星さんが慎重に言葉を付け加える。
「凛子を救うことが目的であるのは良い。だが、凛子のために彼女を救うな。必ず自分のためだけに動くんだ。そうでなければ後悔することになる」
「後悔なんて、そんな」
「もし凛子を救えたとして、それでお前自身に何か問題が起きた場合お前は彼女を許せるか?」
「そんなの、大丈夫ですよ」
「彼女がお前から離れていったとしても、か?」
すぐに反論する準備をしていた僕の口は、開きかけたそのままの形で止まった。
「彼女がいなくなればお前に残るものは何だ? お前ひとりが不幸を背負い、そして彼女がいなくなったとしても、それでもしっかりと自分を持っていないと――簡単にあちら側に持っていかれるぞ」
僕は凛子の何でもない。そうだ。自分で言っていた。僕はただの幼馴染だ。僕らはずっと高校生のままではない。学校を卒業しどちらかが地元離れることになれば全く接点がなくなるかもしれない。七星さんの言っていることはいくらでも起こり得る。
「呪い移しは問題の先送りでしかないんだ。結果として霊がいなくなることもあるが、基本的に問題の本質を解決するものじゃあない。だから結果としてお前自身の命が危険にさらされることだってあり得る」
現実味が無いほどに恐ろしい話だ。今ここでぴんぴんしている僕に命の危険があるかもしれないだなんて想像もできない。
けれどそれは事実だ。
七星さんは簡単にやってのけていたように見えたが、きっとそうじゃない。それを僕たちに見せないほど強い『自分』という軸を持っているのだ。
「私の提案と条件は以上だ。さて、どうする」
荒唐無稽な方法だ。本当に成功するのか。そもそもそんなことが可能なのか。
ただ最近少し仲を戻した幼馴染のために命を賭けることになるかもしれない。そんなことまで僕がするべきなのか。僕がこんなことをしなくても、現代医療の力で普通に回復するのかもしれないし、無意味な賭けなんじゃないだろうか。
僕が『あれ』を引き受け、凛子はどこか遠くで何も知らずに幸せに暮らすのかもしれない。
短い時間で七星さんが言ったことを何回も頭の中で考える。
ふと、笑みが溢れた。
答えなんて分かり切っている。
何度も何度も考えて、その上で、僕が決めた。
「七星さん」
僕は顔を上げ七星さんに向き合う。
七星さんも真っ直ぐに僕を見つめる。この人の目に嘘はない。
それなら、僕の答えはやっぱりひとつだ。
「お願いします」
自分のため、自分の責任に決着をつける。この四年間逃げ続けた僕へのけじめだ。
そのために凛子を救う。
それが僕の答えだった。
「分かった」
七星さんはそれだけ言うとひとつ頷いた。




