僕は幽霊が見える 第5話 それでもお前は何かあると感じたんだろ
話を聞くと僕はすぐに家を飛び出した。
あの場所の名前を出したのは僕自身だが、まさか本当にあんな場所にいるなんて。
嫌な予感がする。
何故ひとりであんな場所に? あそこはこの間ふたりで行ったばかりだ。何か気になることがあったというのか。一体何があるというんだ。あそこは何もないということで話は終わったはずだ。
終わったはずーーだが。
ぞわりとした寒気が体の内へと侵入してくる。あの夜の記憶が蘇る。本当に何も無かった? もしかして、僕が無かったことにしたいだけなんじゃないか。違うと思いたかっただけなんじゃないか。僕の恐れが生み出した幻覚などではなく、本当は『あれ』そのものだったのではないかーー。
「おい、どうした」
はっとして声のした方を見ると、姉と七星さんが車から降りてくるところだった。
「大丈夫? 随分顔色が悪いわよ?」
姉が心配そうに近づいてくる。僕は昨日からの出来事をかなり簡単に説明した。
「だから、今から病院に……」
「その病院っていうのは近いのか?」
僕の話を遮り七星さんが聞いた。
「ここから車で三十分くらいかかるところよ」
「分かった。乗れ! ヒナ、こいつ借りてくぞ」
そう言って七星さんが素早く自分の車に乗り込んだ。僕は少し困惑して姉を見る。姉は僕を安心させるようににこりと微笑んだ。
「いってらっしゃい。ナナちゃん、力になってくれると思うよ」
「……ありがとう」
「お礼ならナナちゃんに言ってあげて?」
僕は頷いて車の助手席に乗り込んだ。七星さんはすでに病院の場所をカーナビにセットしていた。
「お願いします」
「分かった。行くぞ」
七星さんの声とともに車が動き出す。サイドミラー越しに姉が手を振るのを見えた。姉はついてこなかった。もちろん心配する気持ちはあったのだろうけれど僕に気を遣ったのだろうか。
「それで、何があった」
「え……? それはさっき……」
「無事に見つかって病院にいるんだろ。それならそんなに焦ることはないだろ」
「凛子は元々持病があって……だから……」
「それだけか?」
車が信号待ちで停まる。ちらりと隣を見る。まっすぐ前を向いた七星さんの表情からは何も読み取れない。ただ僕があまりに慌てていたから助けてくれたのか、それとも何か勘づいているのか。
「……実は、」
僕は初めて『あれ』の存在を自分以外の人に話した。霊の成る木のこと、この間起こったこと、いくら検査してもすでに持病は治っているはずなのに『あれ』が現れる度に凛子の体調が悪くなること、『あれ』がどんどん凛子の姿に近づいていっていること。
「なるほど。それでそいつの存在を確かめに行こうとしていたのか」
七星さんは驚きも否定もしなかった。ただそうあるものとして僕の話を受け入れていた。
「……今回僕は凛子と一緒にいなかったんです。僕の周りに『あれ』が現れたわけでもない。もしかしたら凛子自身が何かを見たのかもしれない」
今まで誰にもしてこなかった話。けれど話し始めたら止まらなくなっていた。僕はこれまでのすべてをまるで独り言のようにぶちまけた。七星さんは黙って聞いていた。
「もし、見えないはずの彼女が『あれ』を見てしまったら……何か良くないことが起きるんじゃないかって。あちら側に引きずり込まれるんじゃないかって……」
窓の外を見るふりをして視線を逃がす。窓に映った自分の顔はひどく沈んでいた。こんな顔を見せる訳にはいかないとは思いつつも、実際会ったらいつも通りでいられるか自信はなかった。
「それを見たときにお前自身には何も変化は無かったのか?」
「はい。僕は特に……」
そういえばそうだ。言われても初めて気がつく。僕にはこれまで何の影響も無かった。
「……はは、こんな話してすみません。もしかしたら何の関係も無いのかも。ただの僕の勘違いかもしれません」
しかも僕が最後に『あれ』を見たのは小学生の時だ。本当に僕はそんなものを見たのだろうか。本当にそんなものがいたのだろうか。僕以外には誰も見えていないというのに。凛子が倒れたことに気が動転した僕がありもしない記憶をつくってしまった可能性すらあるんじゃないのか。
「僕しか見てないなんて、都合良すぎますよね。本当にいたのかどうかだって怪しいですよ」
乾いた笑いが漏れた。けれど七星さんから返ってきた言葉は予想外のものだった。
「それでもお前は何かあると感じたんだろ?」
「え……」
「どうなんだ。今私にこんな話をするということはお前は確かにその霊に何かあると感じたからなんじゃないのか」
僕は驚いて固まっていた。こんな話をしたのはあんなことが出来る七星さんなら信じてもらえるのではないかと無意識に思ったからなのだろう。けれど、彼女は僕の想像を超えて僕よりも僕の話を信じていた。その言葉はあまりにも真剣で、誤魔化すことは許されない気がした。
「……はい。『あれ』が現れたから凛子の体調が悪くなるのか、その前兆として現れるのかは分からないですけど……」
「そうか」
そう言うと七星さんは真剣な顔をしたまま黙り込んでしまった。無機質なウインカーの音だけが車内に響いていた。信号待ちの時間が焦燥感を煽る。
結局車の中ではそれ以上この件について僕たちが話すことはなかった。




