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僕は幽霊が見える 第1話 帰りたい

ーー帰りたい。

 家にいるのにこう思ったのは初めてだ。

 ここは正真正銘僕の家だ。が。

 僕は今、とてつもなく帰りたいという感情に支配されている。


「くくく……お前のあのアホ面、写真に撮っておくべきだったな……!」


 ここは僕の家だ。間違いない。当たり前だが間違う訳がない。繰り返す。ここは僕の家だ。

 それなのにーー今、僕の目の前では、水川七星が笑い転げていた。




「篝、おかえりぃ」


 家のリビングのソファに座りながら姉である火野日奈子が声をかけてくる。ロングのワンピースに緩く巻いた少し癖毛が垂れている。半年ぶりに会った姉は髪を伸ばしたくらいであまり変わらず、どこかふわふわとして浮世離れしている雰囲気を纏っている。僕が不在の間に帰っていたらしい。それはいい。帰ってくると言っていたのだから、なんの問題もないし別に驚くようなことは何もない。

 問題はこっちの方だ。


「はー、お腹痛い。あ、ヒナ、お茶無くなっちゃった。もっと飲みたい! お前の家のお茶おいしいな!」

「ふふふ、別に普通のお茶だよ? ちょっと待ってて。篝も飲むー?」

「あ……僕はいいや……」


 呆然としている僕を無視してまるで当たり前のように七星さんは僕の家のリビングでくつろいでいた。

 僕は苦虫を噛み潰したような顔でそれを眺めていたことだろう。

 あれから僕はしばらく自転車を走らせ、家に着いたのは夕方前だった。家に着くと鍵が空いており、姉が帰ってくることを思い出して中に入るとーー七星さんがリビングから出てきて「よう、おかえり。遅かったな」と言ったのだ。

 もう会うことはないと思っていた。会うことは無いと思っていたからこそあんな話をしたのだ。それがどうだ。まさかこんなに早く再会することになるとは欠片も思っていなかった。

 そう、まさかこの人が姉の大学の友人で、僕の家に一週間も滞在することになっていたなんて僕は全く、ただの一言さえも聞いていなかった。


「言わなかったっけ?」


 当の姉はとぼけた様子で笑っている。笑い事ではない。


「……聞いてない」

「じゃあ篝にだけ言い忘れてたのね。ごめんね?」

「ごめんねって……」

「いやー火野って言ってたし篝なんて名前珍しいからもしかしてとは思ってたんだけどさ。やっぱりヒナの弟だったんだな。全っ然似てないけど」


 よく言われる。姉と僕は似ていない。柔らかで人当たりの良い姉と性根のねじ曲がった僕では似ているわけもないが。


「分かってたのなら言って下さいよ」


 初対面の僕たちのことを助けたのはこういうことだったわけだ。


「だって人違いだったら恥ずかしいじゃん? ほら、私シャイだからさ?」


 どこがだ。


「まあ少しの間とはいえひとつ屋根の下で暮らすわけだ。仲良くしようじゃないか」

「……どうも」


 にやりと笑いながら差し出された手を僕は渋々と握った。

 姉は度を越したお人好しな上にちょっとぼんやりしたところがある。七星さんにいいように利用されていなければ良いが。


「まったく、誰のおかげで助かったと思っているんだか

「……まさか、姉にその話をしたわけじゃないでしょうね」

「そうじゃなかったらどうやってお前と知り合ったと言えと?」

「なっ……話したんですか?」

「当たり前だろう。私はヒナに嘘はつかない」

「ちょっ……! 余計なこと話してないですよね!?」

「何を言う。余計なことなんて何もないだろう。一から十まで詳細に……」

「……」

「……は、話していないから安心しろ。概略だけだ。おそらくお前が聞かれたくないと思っている話はしていないから安心しろ」


 僕の死んだような表情に満足したのか七星さんはそれ以上僕をこの事でからかったりはしなかった。


「私の知らないうちにとっても仲良くなったくれてたみたいで安心した。篝がこんなにすぐに仲良くなってくれるなんて嬉しいよ。篝、ナナちゃんが何か家で困ってたりしたらよろしくね?」


 姉がお茶を二杯手に戻ってきた。ひとつは七星さんに、もうひとつは断わったはずの僕の前に置く。にこにこと嬉しそうに微笑んでいる。


「……仲良くはない」

「なんだよ、仲良くなっただろー?」


 僕は七星さんの主張を無視して強制的に渡されたお茶を飲んだ。


「それで、どうして七星さんが家に泊まるんですか?」

「なんだよー嫌なのかー? 嬉しいだろ?」

「嫌です」

「おい!」

「ふふふ。良かったね、ナナちゃん。篝がお友達になってくれて嬉しいわ。ナナちゃんあんまりお友達つくりたがらないから」

「お友達ではない」


 姉は僕の抗議を完全に無視して話を続ける。


「ナナちゃんね、夏休みもずっとひとりのおうちにいるって言うの。去年も一昨年もずっとひとりであちこちまわってたみたいなんだけど、今年も実家には帰らないって言うし。だから私も頼みたいことあったし、連れてきちゃった」

「連れてきちゃったって……」

「ま、そういうわけだからよろしくー」


 姉は終始嬉しそうにしていた。

 確かに僕は暇をしていた。姉が帰ってくれば少しは色々と気が紛れるだろうとは思っていた。現実はそう甘くない。むしろ新たな問題を引き連れてやってきたわけだ。



 それにしても。姉は七星さんのことをどこまで知っているのだろう。姉は僕と同じ、見える人だ。つまり、七星さんから何も感じていないということはないだろう。

 ふと七星さんと初めて会った時に感じた寒気を思い出す。呪い移しをするのはあれが初めてではないと言っていた。霊能力者を名乗ったのは僕をからかうつもりだったからか、それともーー。

 ふたりを見る。普通に談笑しているだけだった。ただの友達。七星さんの事情を分かってあげられるからこそ、仲良くなっただけかもしれない。

 姉の頼み事とはなんなのだろう。わざわざ実家に泊めるほどの何かがあるのか。それともそれを口実に七星さんを連れてきただけなのか。姉のお節介は今に始まったことではない。家に帰らない事情を聞いて、いてもたってもいられなくなっただけのような気がする。

 やはり僕は少し人を警戒しすぎなのか。



 頭を振る。

 考えすぎだ。


 

「なあ篝、ひとつ聞いていいか?」


 七星さんが真剣な目で僕を見ていた。


「……なんですか?」


 この人は時折人の心を読んでいるかのような目をする。僕はなんだか不安になって自分の思考を蹴散らした。


「あの子はお前の彼女か?」


 七星さんがにやりと笑う。姉もにこにこと笑っている。

 僕はふたりを無視して部屋に戻った。

 さて。この一週間をどう乗りきろうか。

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