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同じ空の下、僕らは違う世界を歩いていく 第10話 同じ空の下、僕らは違う世界を歩いていく

「さて、聞きたいことがあるって顔だな」


 カフェのボックス席には僕と七星さんだけが座っている。

 あのあとなんなかんや理由をつけて凛子に東海林さんを送るように頼み、僕はひとりでこの場所に残っていた。

 まさかこのまま帰るわけにはいくまい。


「当たり前でしょう。あなたの除霊が終わってからもあの化け物はなんの変わりもなく存在していた。その上あなたは僕が見えていることを分かっている。それでもあなたは何の説明もしなかった。どういうことなのか説明してください」

「あの場でそれを口に出すほど無粋ではなかったことに感謝している」

「僕たちの目的はあなたの手品を見破ることではないですから。東海林さんが助かる、もしくは『助かったと思う』ことが一番大事だ」


 七星さんはコーヒーを一口すすり、それから一度深く

頷いた。


「そうだな。だけど、もう大体察しはついているだろう? ーーこの状況を見れば」


 僕は七星さんの隣に視線をやる。

 確かに。これが彼女の答えなのだろう。だけど一体これをどうするつもりなんだ。


「……『この』化け物、」


 七星さんへと視線を戻す。涼しい顔をして真っ直ぐに僕を見ている。その表情には相変わらず余裕が感じられる。だけど。


「あなたに憑いてますよね」

「そうだ」


 当たり前のように答える。

 東海林さんは帰った。けれどこの化け物はここいるまま動かない。化け物が存在し続けたまはま東海林さんが回復したからくりはこういうことだったのか。


「どうして東海林さんにちゃんと説明しなかったんですか」

「この話は私が勝手に買って出ただけだからな。いたずらに罪悪感を抱かせるつもりはない。ちなみに私は除霊という言葉は一度も使っていない。ただ『助けてやる』と言っただけだ」

「……大丈夫なんですか、その、体調とか」

「もちろん」


 そう言って肩をすくめる。確かにさっきから顔色ひとつ変わっていない。無理をしているということではなさそうだ。通りがかった店員にケーキの追加注文を入れる。うん、大丈夫そうだ。

 だけど何が起こったというんだ。どうやって、そしてどうしてこんなことをしたというんだ。


「意味が分からないという顔だな」

「そりゃそうですよ。あんなものを自分に憑けるだなんて。それに……」


 僕はちらりと七星さんの横を見る。あの化け物はただそこに佇んでいた。


「私はこれを『呪い移し』と呼んでいる。自分に写すことしかできないがな」

「……呪い移し」


 言葉からして不穏なものしか感じない。つまり、相手の呪いを自分に移すことができるということか。そんなこと意図的にできるものなんだろうか。しかし実際東海林さんに憑いていたこの化け物はここにいるわけで。


「それで、」


 考え込んでいた僕の思考を遮るように声をかける。


「ここまで話せばもうひとつの疑問も大体分かっただろ?」


 僕はすぐに返事をすることができなかった。

 彼女の質問の意図はおそらく理解している。彼女もおそらく僕の疑問を理解している。問題はなんと答えるかだ。

 この話の先を聞いてみたい。けれどこれ以上踏み込んで本当に大丈夫なのか。

 心のどこかから警告音が聞こえる。これ以上は聞くべきではない。もしかしたら後戻りができなくなるかもしれない。

 いや、話を聞くだけだ。少し話をして、それで終わり。なんの問題もない。ないーーはずだ。

 七星さんは黙ってのんびりとコーヒーを飲んでいた。


「このことについても黙ってくれていて助かった。もうひとりの子も見えてなかったみたいだし。関係のない人たちを無駄に怖がらせたいわけではないからな。まあ不便もあるが、たまには役に立つものだな。話をするだけよりも説得力が増す」


 その通りだ。それはあんなことの後に見ず知らずの七星さんが東海林さんの除霊をすることを止めなかった理由のひとつになった。

 ごくりと唾を飲む。



 一体この人には何体憑いているというんだ。



 初めてこの人を見たときから寒気がしていた。それはこの化け物と初めて会ったときのそれと似ていた。だいぶ慣れたと思ったあの化け物の悪寒かと思ったが、それは間違いなくこの人から感じる違和感だった。だから本当は最初から分かっていた。この人には得体の知れない何かが憑いている。それがひとつの存在からきているものなのか、複数の存在が原因なのかは分からない。けれどこれは明らかに普通ではない。

 東海林さんをあれだけ苦しめた化け物が憑いたというのに七星さんは顔色ひとつ変えない。この状況がまるでそれが当然とでも言うかのように。今回が初めてなわけがない。


「あなたは何者なんですか」

「それはさっき答えただろう。お前の大嫌いな霊能力者さ」


 そう言って笑う。なんでもないことかのように。


「ーー僕にもあなたと同じことができますか」

「何?」


 七星さんの表情から冗談めかした笑いが消えた。


「妙なことは考えるな。今回は時間もかからなかったし簡単なように見えたかもしれないが、もちろんリスクもある。こんなことを他人に教えるつもりはない。少なくとも今はな」

「……分かりました」 


 明らかな拒絶。先ほどまでと纏っている空気が違う。きっとこれは七星さんの本音だ。あんなものを憑けてなんともないわけがない。

 これ以上は何も話してはくれないだろう。僕は素直に引き下がった。

 僕たちの間に居心地の悪い沈黙が漂う。僕は何も言わなかった。七星さんも何も言わなかった。

 少しして僕が帰り支度を始めると、七星さんがひとつため息をついて話始めた。


「ところで、何故黙っている」


 僕はなんと答えるべきか分からずただ七星さんの顔を見た。そこにはもうさっきまでの緊張感は無くなっていた。


「お前、見えることを隠しているんだろう」

「……僕にも色々あるんです」

「そうか。ばらして悪かったな。あの子たちには適当にごまかしておいてくれ」


 七星さんはそれ以上追及しなかった。


「あの男の前ではお前には私と同じものが見えていると言ったがーー霊が見える者同士だからと言ってお前の見えているものと私が見えているものが同じだとは限らない」


 どういうことだろう。僕は口を開きかけ、やめた。


「だが、お前に見える世界も私に見える世界も、見えないあの子が見ている世界も、それぞれ本当の世界だ。つまるところ、この広い広い同じ空の下、私たちは皆違う世界を歩いていくしかないのさ」


 そう話す七星さんは少しだけ寂しそうだった。





 眩い太陽の光に目を細める。だいぶ長いこと店にいたような気がしたが、外はまだまだ明るく空は青いままだった。

 席を立とうとすると既に伝票はなく、どうやら東海林さんと凛子がすべての会計を済ませてくれていたようだった。


「そうだ、少年」


 そう呼ばれて僕は振り返る。七星さんが店のカウンター裏に預けていたキャリーケースを引きながら歩み寄ってくる。


「お前は運が良い。いや、悪いとも言うか」


 僕は意味が分からず顔をしかめる。


「祠の手入れはしておけよ。お前が守られているのはそのおかげだ」

「えっ」


 どうして祠のことをーー。


「まあ、それが神か悪魔かは分からないがな」


 僕がその真意を聞く前に彼女は去っていってしまった。





 ひとり残された僕は駐輪場から自転車を引き取りあてもなく走る。僕の役目は終わった。きっと夏休みが終わったらまた僕たちはあまり関わり合うこともなくなるのだろう。

 けれど。

 もし、またこういうことが起きたら。

 もし、また僕が『あれ』に出会ったら。

 僕に出来ることなんてあるのだろか。あの日の後悔を無くすことができるのだろうか。そもそも僕に見えている『あれ』はなんなのだろう。

 何も分からないままだ。何も出来ないままだ。僕は何も変わっていない。

 ただ、見えるだけだ。

 何も出来ないやしないのに、何故僕には見えるのだろう。

 ぐるぐると思考が同じところをまわり続ける。

 道の端で自転車を止める。見上げると、空は高く澄んでいた。

 いつもと少しだけ違う、少しだけ涼しい夏の日だった。木陰に風が吹くと気持ちが良い。いつまでもここに留まっていたくなる。穏やかな風に身を任せていたくなる。

 凛子はちゃんと帰っただろうか。東海林さんはこのまま大丈夫だろうか。あの人はどこへ行くのだろうか。僕はーー何か、変われるのだろうか。

 一度深呼吸をし、僕はまたペダルを漕ぎ始めた。


 同じ空の下、僕らは違う世界を歩いていく。

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