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同じ空の下、僕らは違う世界を歩いていく 第9話 そんなはずはない

「あ、あの……」


 意外にも最初に口を開いたのは東海林さんだった。


「助けていただいてありがとうございました」

「いや、盗み聞きをするようなことをして悪かった。なんだがそわそわしているなと思ったら変わった話をし始めたものだから、つい」

「あの、もしかして火野君のお知り合いの方ですか?」

「いや、全員はじめましてだ」


 女性が肩をすくめる。東海林さんが疑問に思ったのも無理はない。僕が見えていることを知っている人間は少ない。なのに彼女は僕に見えていると言った。

 だが、そんなことよりも。


「どうしてあんな煽るような言い方をしたんですか?」

「そうだな、女子の前で出番を奪ってしまってすまなかった」


 そういうと女性は東海林さんの真後ろの自分の席に戻る、かと思いきや自分のコップと荷物を持って東海林さんの向かいの席に腰を下ろした。居座る気か。


「そういうことを言っているんじゃない。もし相手が凶器とかを持っていたらどうするつもりだったんですか? 男が東海林さんに危害を加えようとしたら……」

「でも、持っていなかっただろう?」


 女性は余裕の表情で言い切る。


「そんなのは結果論に過ぎません」

「ちなみにお前はどうするつもりだったんだ?」

「僕は……相手がいなくなってから箱を回収してもう連絡をとらないよう伝えるつもりでした」

「それだけではこの子はきっと連絡を止めなかったと思うがな。弱った人間に漬付け込むのが上手い人種っていうのがいるだよ」

「もしそうだとしても直接危害を加えられるよりは……」

「そういえば、あいつは夏休み中だというのに制服で来いと言わなかったか?」


 女性は急に僕との会話を打ち切り東海林さんの方に向き直る。東海林さんは困惑した表情を浮かべて僕と女性の顔を見比べていた。


「ちょっ、聞いてるんですか!」

「どうだ?」

「えと……そうです。初めて幽霊の声を聞いたときの格好で来てほしいって言われて」

「そのことはSNSに書いていたか?」

「どうだったかな……」

「はっきりとじゃないけど、前後から推測できるくらいには書いていあったよ」


 東海林さんの代わりに凛子が答えた。


「なるほど、やはりな」

「どういうことですか?」

「これも推測だが、おそらくあいつは鞄にも盗撮用のカメラを仕込んでいたな。気になって観察していたら何度かテーブルの下で不自然に鞄の位置を動かしていた」

「えっ……」


 僕と凛子と東海林さんが同時に声を発した。東海林さんの顔は青ざめていた。


「なんだ、そっちには気づかなかったのか? 勘の鈍い奴め。それがわざわざ口を挟んで早めにあいつを追い払った理由だ。カメラを破壊できなかったのが残念だが」


 女性は僕の顔を見るなりため息をついた。

 正直そこまでは全然気がつかなかった。そもそもこれはこの女性の推測であり、実際どうだったかは分からないが大いにあり得る話だ。小箱を奪い返して帰っていったあたり、男が盗撮目的に近づいてきたことは間違いないだろう。


「まあお礼に、もしくは除霊のためとか言って体を要求されなかっただけマシだがな。まあもっと親密になっていたらあり得なくもなかっただろうが。今後こういう話を持ちかけられたら無視しろよ」


 僕たちは押し黙っていた。特に東海林さんにはかなり堪えたようだ。二度とあの男と連絡をとろうとは思わないだろう。

 もし、この場にこの人がいなかったら僕たちは東海林さんを守ることが出来ていたのだろうか。


「さて、場所をうつそうか」

「はい?」


 僕の間抜け面に満足したのか女性はにやりと笑った。


「なんにせよ女子の前で恥をかかせてしまったのは事実だ。お詫びをしよう」


 なんだって?


「この子の悩みを解決してやろう」


 女性は僕たち三人が呆気にとられているのを見てまた満足げに笑った。


「どういうことですか?」

「そのままの意味だよ。他に何がある」


 つまり、東海林さんに取り憑いているものをどうにかできるということなのか。けれど一体どうやって。


「助けていただいたのは感謝しています。けれど今まさに騙そうとしてきた人に会った後でどう信用しろと? 何か具体的な解決策があるということですか?」

「そうだよ」


 女性は当たり前のように答えた。僕たちを信用させるだけの何かがあるというのか。お払いに強い神社でも紹介してくれるのだろうか。


「こんな話をいつまでも人目の多いところでするのも気が引けるだろう? 人気のない場所が不安なら別にここでもいいが。まあ他人を警戒するのは良いことだ。無闇矢鱈に信用するよりは」


 この人は何を考えている?

 ここでようやく僕は全員が抱いていたであろう疑問を女性にぶつけた。


「あなたは何者ですか」


 女性は不敵な笑みを浮かべる。

 心がざわつく。得体の知れない不穏な空気が体の中に染み込んでいく。


 

「私は水川七星。ただのーー霊能力者さ」



 ああ、そうか。もしかして僕たちは、いや、『僕』は、この人と話すべきではなかったのかもしれない。

 そう気がついたときにはもうすでに手遅れだった。

 僕はこの人との出会いを感謝するべきなのか、後悔するべきなのか、後から考えても結論は出なかった。





「あっそうだ。お前はこの子にそれ以上近づくなよ。お前とこの子に憑いているものはかなり相性が悪いみたいだからな。どうにかする前に逃げられても困る」


 七星さんーー名字で呼んだら怒られたーーが「しっしっ」と僕を手で追い払う。

 結局僕たちはそのままカフェに留まることになった。あの男のことがあった今、他人の目のないところに行くリスクよりも周囲の人に変な集まりだと思われるリスクをとることにした。

 東海林さんの隣に七星さんが座り、その向かいに凛子と僕が座っている。それぞれが二杯目の飲み物を頼み、それが届くまで待っているところだ。


「あの……危ないことではないんですか?」


 凛子が緊張気味に聞いた。

 待っている間、僕たちは七星さんに何をするのか聞いたが具体的な答えはまだもらえていなかった。


「大丈夫。少なくともこの子には何も害はない。想定外の事態が起きた場合は私にもどうなるかは分からないが、まずこいつにそこまでの力はないだろう。まあもし何かおかしいと感じたら止めてくれて構わない」


 そこまでの力はない? 人ひとりがここまで体調を崩すほどなのに? これほど異様な気配を放っているというのに?


「納得していない顔だな」


 七星さんが僕を見てにやりと笑う。


「当たり前じゃないですか。そこまでの力はないなんてどうして言い切れるんですか? こんなに体調を崩しているというのに」

「でも、一緒にいてもお前や私には大きな異変もない。そうだろ?」


 確かにそれもそうだ。全く存在が感じ取れない凛子は別としても、僕は一緒にいてももうほとんど影響はない。気味の悪さや寒気はまだあっても、それで本格的に体がどうこなるということはなかった。


「さっきも言った通り、話を聞くにこの霊はおまじないとやらで呼び寄せてしまった霊がありもしない信仰によって力を得て怨霊可した化物だろう。とんでもない怨霊だとかそういった類いのものではない。薄気味悪い気配は自然なものではないからだ。だから元々力もなにもあったもんじゃない。まあ、そんなものがここまで力を持てるというところが信仰の怖いところでもあるわけだけどな。あんまり変な遊びにも変な存在にも手を出すもんじゃない。特に信じやすい奴は。私の話も話し半分で聞くくらいにしておけ」


 この話の真偽を確かめる術を僕は持っていない。信じるも信じないも自分次第だ。

 さっきの男の人は東海林さんに憑いているものについてあまり深く言及してこなかったが、この人は逆だ。よくもまあこんなにひとりでしゃべるものだ。

 何が目的なのかは分からないが、僕に何か考えがあるわけでもない。今はこの人の策に何かしらの効果があるのを祈るしかない。

 黙りこくった僕たちを見て、七星さんはふと話し方を和らげた。


「安心しろ。首を突っ込んだからにはこの子は助けてやる」




 僕たちの話が一段落した頃、二杯目の飲み物が運ばれてきた。


「さて、始めるとするか」


 東海林さんがごくりと唾を飲む。


「簡単に説明するとーー全員何もするな」

「単なる命令じゃないですか。説明になっていません」

「うるさいなぁ。いいから何もするなよ」


 七星さんが面倒くさそうに顔をしかめる。何をするかくらいは聞いておきたいーーが、彼女は僕たちへの説明は不要と判断しているらしく、僕たちの疑問を完全に無視し始めた。仕方がないので僕と凛子は黙って見守るしかなかった。

 七星さんの指示で東海林さんと七星さんが向き合う。七星さんが東海林さんの肩に手を乗せ、そして七星さんが目を閉じーー。


「はい、終わり」

「ーーえ?」


 僕は思わず声を上げた。七星さんが目を閉じてから十秒ほど。肩に手を乗せていた以外、何もしていない。凛子に視線を送ると、あっちも僕に困惑の視線を寄越してきているところだった。僕は首を横に降る。何がなんだか分からない。

 そんな僕たちの様子になど目もくれず、七星さんは東海林さんの様子をまじまじと観察していた。


「どうだ? 体の方は。声はまだ聞こえるか?」


 東海林さんも何が起こったのか分からずに困惑の表情を浮かべている。


「えっと……」


 東海林さんはそこで一度言葉を切り、僕と凛子に視線を送る。もし何も変化がないというのならこの不遜な態度の自称霊能力者にはっきり言ってしまえ。


「……治った……?」

「えっ」


 僕と凛子がまたしても声を上げる。あまりに露骨に怪訝な表情を浮かべてしまったので慌てて表情を戻す。


「どういうこと? 大丈夫なの?」


 凛子がおそるおそる声をかける。


「うん……前に火野君に助けてもらったときみたいに急に体が軽くなったんだよ。……今のところは」


 東海林さんの話を聞いて七星さんがうんうんと頷く。


「よし、大丈夫みたいだな。あとこれは一時的なものではないから安心しろ。よっぽどじゃない限りまた憑かれるということはないだろう。だがまあ、例のおまじないとやらはもうやめることだな」

「これでもういいんですか? 何かしておいた方が良いこととかってありますか? お清めの塩とか……」

「塩? 気になるなら体なり部屋なりに撒いとけ。残ったら食ってしまえ」

「た、食べる?」

「そうだ。人間、食べることはとても大事だ。あとは部屋の換気をよくして体を洗って、よく寝ておけ」


 七星さんの口調が少し柔らかくなった。東海林さんも緊張が解けたのかいつの間にか笑顔が戻っていた。


「本当に何も変なところはない? もし何か少しでも気になることがあるなら教えてほしい」


 僕は納得できずに東海林さんに質問する。

 一体あの一瞬で何があったというんだ。僕が見ている限りなんの変化もなかった。また思い込みか何かなのか。


「ううん、大丈夫。あの人の時みたいになんとなく良くなった気がするとかじゃなくて、本当に急に楽になったの。声も聞こえなくなった」

「……本当に?」

「うん、何が起きたのかは分からないけど……」

「そんなに驚くことじゃない。お前にできないことが私にはできるというだけのことだ」


 僕は何も言えなかった。

 方法はどうあれ、東海林さんの悩みは消えた。今はそれだけが事実だ。

 けれどどういうことだ。どういう仕掛けなんだ。


「まあまた何かあったら私に連絡するといい。特別にアフターサービスも無料でつけてやる。ほら」


 七星さんがテーブルにあったペーパーナプキンに電話番号を書いて東海林さんに渡した。東海林さんがそれを受け取り、何度もお礼を言っている。凛子も東海林さんに何度も体調を確認し本当に大丈夫だと確信したらしい。ふたりで手を取り合い喜んでいる。




ーー治った?

 そんな、まさか。

 そんなはずはない。

 だってーーあの化け物はまだここにいるんだから。

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