同じ空の下、僕らは違う世界を歩いていく 第4話 芝居
東海林さんの家は駅からすぐ近くのマンションだった。凛子も一緒に、という話になりそうなところをどうにか押さえ込んだ。東海林さんには悪いが凛子にここにいてもらっては困るのだ。
東海林さんの母親には凛子の友人として相談に乗るために来たという風に紹介してもらった。事実のはずだが東海林さんの母親の表情を見るに何か勘違いされていそうだ。思春期の娘が異性の友人をひとりで家に入れるのだ。にやつきもするだろう。色々と本当に申し訳ない。
「ここ。私の部屋」
げんなりした顔の東海林さんに案内されて扉の前に立つ。
そうだろうとは思っていた。言われなくても分かる。この扉の向こうから異様な気配がしている。もはや確認するまでもない。
確実に、いる。
これで東海林さんの妄想という線は消えた。
「本当散らかってるし、その……」
「大丈夫。なんとなく分かってる。急にごめんね」
東海林さんが首を横に振る。
視線を泳がせる東海林さんを安心させるようになるべく穏やかに言う。不穏な空気に気圧されて緊張気味の声になってしまったことを気づかれていなければいいが。
「それじゃ……おじゃまします」
聞きたいことは色々あるが、ここで話して内容を聞かれるのは困るだろう。とにかく部屋に入るしかない。
僕は一度深呼吸をしてから、ドアノブに手をかけた。
足を一歩踏み入れた瞬間、強い目眩を感じ思わず立ち止まる。一瞬ブラックアウトした視界から復帰するとそのまま気力を振り絞り中に入っていく。東海林さんがどの程度影響を受けているのかは分からないけれど、この中にいたのなら具合も悪くなるだろう。
後ろから東海林さんが続き、扉が閉まった。
僕は息を飲んだ。
「なるほど……」
異様な光景だった。
部屋の中心には、やはりあの化物がいた。
けれどそれとはまた別にこの部屋を異様な光景にさせているものがある。
東海林さんの部屋は女性らしい部屋だった。本人は散らかっていると言っていたが実際は雑貨などの物が多く確かにすっきりしているわけではないが、雑然としているというよりは賑やかでかわいらしい部屋という印象だ。
いや、賑やかでかわいらしい部屋だったのだろうというべきか。
部屋の四隅に盛塩とコップに入った水があり、なにやら呪符のようなものが四方の壁に貼ってある。自ら書いたものだろうか。かわいらしさと呪具が共存する、重苦しい空気に包まれる異様な雰囲気の部屋になってしまっていた。
東海林さんはこれを見られたくなかったのだろう。
僕はなるべく化物を意識しないようにしつつ東海林さんに向き直る。
東海林さんは扉の前で居心地悪そうにしていた。
「あっあのね! いつもこんな感じなわけじゃなくて……っ!」
「大丈夫。分かってるよ」
僕は苦笑しながら答えた。その気持ちはよく分かる。
「とりあえず」
僕はぐるりと部屋を見渡した。解決するかどうかは別として、最初にやらなければならないことがはっきりした。
「一回任せてもらっていい?」
昼間だというのにどこか暗い部屋に明かりをつける。窓を開け放ち、風を通す。
あたふたとして口や手を出したがる東海林さんをなだめつつ、僕は片付けを進めていく。
もちろん、結界を張っている呪具を取り払うためだ。
一応きちんと事前に了解は取ったのだ。不安な気持ちは分からなくもないがやめるわけにはいかない。
「これ本当に大丈夫なの? ちゃんとした手順とか何かあるんじゃ……」
「いいからいいから、体しんどかったら座ってて」
「でも……」
「あ、じゃあこの水流してきてもらってもいい?」
「えっどこに?」
「どこでもいいよ、洗面所とか」
「えっ!?」
渡されたコップを手に呆然としている東海林さんによろしく、とだけ声をかけて壁の呪符に手を掛ける。思った通りこの呪符には何も感じない。ただの心理的効果だけだろう。しかし今はそれが一番厄介なのかもしれない。
東海林さんの言う通り、もしかしたら本来は何かしらの手順を踏むのが正しいのかもしれない。けれど今はとにかくこれらを取り除くのが先だ。
手早く壁に貼られた呪符を回収しているうちに東海林さんがすべての水を片付け終えてくれていた。
「火野君、これって一体……?」
僕は回収した紙をくるりとひとまとめにしてゴミ箱に投げ入れた。
「東海林さんから話を聞いたときおかしいと思ったんだ。東海林さんが声を聞くのはこの部屋でだけだった。あれは学校から東海林さんに憑いてきたはずだ。ずっとではなくても外でも聞こえてもいいのに聞こえない。ということは今この化物は場所に憑いているか縛られているのかもしれない」
東海林さんは黙って聞いていた。何を言っているんだと思っているかもしれない。正直僕も同じ気持ちだ。
「だからこの部屋に縛られている理由が分かれば少しは助けになるかもしれないと思ったんだ。そしてその理由が、これなんだと思う」
僕は部屋に最後に残った盛塩の入った小皿を手に取る。
「全部厄除けだよね」
東海林さんがおずおずと頷く。
「この厄除けが『結界』として、霊を閉じ込めてたんだ」
「閉じ込めてた……?」
僕は横目でちらりと化物を見る。あちらも僕を見ている。怖じ気づきそうになるのを堪えて話を続ける。
「結界は邪気や霊が通れないようにするためのものだ。だけど結界を張った時点ですでにこの部屋には化物がいた。結果、あの化物は結界の内側から出られなくなりこの部屋に閉じ込められてしまった」
まるで分かっているかのように話す。実のところこの話は八割がはったりだ。あとの二割はそうであってほしいという僕の願望だ。
けれど今はそれで良い。東海林さんの不安を取り除くには今はこうするしかない。安心すれば少しは体調も良くなるはずだ。こんな部屋で過ごしていては意識するなと言った方が無理だ。
「だから今は全部、無くて良いんだ」
僕は最後の一皿の塩をゴミ箱に捨てた。
東海林さんはぽかんとして僕を見ていた。
さて、僕の芝居はここまでだ。
振り返り、部屋の中央に目を向ける。
ーーいる。
このまま放ったおいても本当にいなくなるかもしれないし、そのまま居座るかもしれない。
呪具が原因なのか、東海林さんが強く意識してしまったがために居着いてしまったのか、それとも全く他の理由か。本当のところは僕になんて分からない。
つまるところ、結局最初から僕には何も分からないままなのだ。
だから最後にもうひとつだけ試しておきたいことがある。
部屋の中央を見据える。
自分でもどうかしていると思う。わざわざクラスメイトにこんな話をしてこんなことをしているのだから、何かしら効果があれば良いのだけど。
ひとつ息を吐き、僕は部屋の中央へと進んで行った。




