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霊の成る木 第3話 神社・青春のせの字

 凛子と僕の家は5分程度しか離れていない。


 僕の家の神社、正確には鳥居のある祠である。凛子しかり地元の人たちが神社と呼ぶこともあるが僕の親は神職ではないし、正式な神社ではない。僕の家系が代々手入れをしているのは確かだが、少し行ったところに本当の大きな神社があるので普段はほとんどお参りに来る人もいないささやかなものだった。

 それでもそれなりに地元では大事にされている場所だ。


「無事に帰ってこられますように」


 ほのかな明かりの中で僕の隣で凛子が手を合わせていた。その言葉を実現したいのならばこのまま帰った方がいいと思うのだけど、きっとそういうことではないのだろう。

 僕も同じように手を合わせる。どうか無事に帰ってこられますように。何事もありませんように。


 目を開ける。隣ではまだ凛子が目を瞑って祈っていた。

 思い返すと凛子は幼い頃から何かにつけてうちにお参りにきていたように思う。


 目を閉じると長いまつ毛が目立つ。長い黒髪が1束、緩やかに滑り落ちた。幼い頃から見慣れていたはずのその横顔は、いつの間にか知らない女性になったように思えた。


 高校に入ってから凛子と話すことはほとんどなかった。たまに部室にきて、少し話をする。こうしてゆっくり話をするのもなんだか久しぶりだった。彼女がまだ僕のことをそれなりに信頼してくれているのが嬉しかった。


 凛子がゆっくりと目を開ける。僕は慌てて目を逸らした。


「やっぱり止めない? 暇ならうちでゲームでもしていけばいいし」

「怖いの?」


 少しの間が空いた。なんて答えるべきか咄嗟に出てこなかった。


「やっぱり危ないよ。危険な真似をしてほしくない」


 気恥ずかしさてま誤魔化しそうになったけれど、結局僕は素直に凛子に気持ちを伝えた。

 凛子の丸い目が少し見開かれたのが薄明かりの中でもわかった。何か続けて言わなければ行けないような気がして、僕は慌てて言葉を繋いだ。


「凛子は怖くないの?」

「……そうだね、怖いよ?」


 彼女は微笑んでいた。


「だから行くんだよ」

「凛子、」


 何か言いたくて、何も言葉が出てこない自分の弱さが歯痒かった。

 怖いから行く。怖くないことを確かめに。何もないことに安心するために。その言葉は単なる好奇心というだけではなく、もしかしたらそんな気持ちの裏返しだったのかもしれない。


「大丈夫! 篝が一緒だもん!」


 凛子が屈託なく笑う。


「……なんで僕?」


 僕に一体何ができるのだろう。ここでかっこつけることも気の効いた言葉を言うこともできない僕に。

 このときの僕にできたのはただいつものように彼女の言葉を受け止めることだけだった。


「だって神社の息子だし!」

「神社じゃない」

「いいの、みんな神社って呼んでるんだから!」

「お祓いとか出来ないけど?」

「大丈夫、篝ならそのうち出来るって!」

「そんなわけあるか」

「にししー」


 いたずらっぽく笑う凛子は、やっぱりよく知る幼なじみだった。


「さっ行こうよ! 自転車乗せてくれるでしょ?」

「交通違反」

「そうだけど、このあたりはもう誰も通らないって。早く行って帰ってきたいんでしょ? 自転車ならすぐだよ」


 結局僕は自転車の後ろに凛子を乗せることになった。2人乗りなん始めてだった。薄暗い道をひた走る。

 目的地は自転車でいえば10分ほどの森林公園。この時間に訪れる客はほとんどいないだろう。


 生暖かい風が吹き抜けていく。

 何事も起こりませんように。祠で祈った言葉を脳裏で反芻する。

 僕はただ無言で自転車のペダルを漕ぎ続けていた。

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