肝試しと花火と噛み合わない僕たち 第9話 言えなかった
「え……?」
教室の扉の外で、おそらく間抜けな顔で見上げている僕とその僕の腕を引っ張る東海林さんはこうして見つかった。
廊下にしゃがみこんでいる僕たちを凛子の持つ懐中電灯の明かりが照らしている。
「なんで……」
凛子の表情がみるみるうちに凍りついていく。
やあ、奇遇だね。などとは間違っても声をかけられない雰囲気だった。
「なんでここに篝がいるの!? いつから聞いてたの!? 信じられない!」
一拍置いて凛子が捲し立てる。
異変を感じ取った佐山君も苦笑いをしながら教室を出てきた。状況はお察しの通りだ。
「これには理由が……」
「ごめん凛子! 私が無理矢理……っ」
とにかく何か答えないとと僕が口を開くと同時に東海林さんも素早く助けに入る。
「答えなさいよ篝ぃっ!」
しかし凛子の視線は明らかに僕に固定されていた。さっきまでの佐山君への態度と随分違くないか?
そうは思いつつもそんなことを口に出したら火に油を注ぐだけだ。僕は用意していた言い訳を脳内から引っ張り出す。
「違うんだって、僕は木下さんのスマホを探しに来たんだよ!」
「……明日香ちゃんの?」
凛子が怪訝そうな顔をする。僕は握っていた木下さんのスマートフォンを差し出した。
「そう、さっき廊下で休んでた時に落としたらしくて。ほら!」
「ふぅん……」
凛子が僕の手にあるスマートフォンを一瞥する。興奮していた声のトーンが落ちた。落ち着いたのかと思ったが、なにやら雲行きが怪しい。東海林さんと佐山君は黙ってことの成り行きを見守るしかないようだった。
「なんで篝が?」
「たまたま困ってるのを見つけて。今は自分で取りに行ける状態じゃないから代わりに見に来たんだよ。東海林さんには校舎に入るときに声をかけられて一緒に来ただけ」
「……校舎に行くなら私に教えてくれたらよかったじゃない」
「それは、」
それだと順番が逆なんだ。
木下さんのスマートフォンを探しに校舎に来たのではなく、校舎に入るために木下さんのスマートフォンを探しにきたとは言えない。こんなことがバレたら木下さんに失礼だ。元々ふたりを探しにきただなんて言えるわけがないし言うつもりもない。
なにより『あれ』の話を凛子にするわけにもいかない。
「お互い様でしょ。凛子だって僕に校舎に行くなんて言わなかっただろ」
「……それもそうだね」
しまった。どうにか言い繕おうとしてきつく言い過ぎた。
楽しみにしていたことも、仕方ないと言って無理矢理諦めをつけたことも知っているのに。
凛子が細く息を吐いた。
「……よかった! 見つかって」
それから、いつもするように笑ってみせた。
けれどこんなときに笑うなんて彼女らしくない。少なくとも僕に対してこんなに理解のある返答をするなんて。
東海林さんと佐山君がいるからか。いや、そもそも僕たちのクラスでの距離感は最初からこのくらいだったか。
「明日香ちゃんに早く渡してあげて」
「一緒に戻ろう」
言い様のない焦燥感が再び沸き上がる。
「……みんな先に戻ってて。私は後から行くから!」
凛子が東海林さんと佐山君の方を向いて言う。にこにこと笑っていた。
「ひとりじゃ危ないよ。凛子が残るなら俺も……」
佐野君がすかさず口を開く。
「佐野君はさ、幽霊、見える?」
「……え?」
けれど言い終わらないうちに凛子が再び口を開いて、あまりに突拍子もない話に佐野君は言葉を失った。
凛子はそんな佐野君の様子を無視して言葉を続ける。
「私ね、幽霊が見たいの」
一瞬、時が止まった気がした。
ああ、なんだ。
僕以外に向けられたその言葉に、僕は今どんな顔をしているのだろう。凛子は笑っていた。
その言葉を僕以外に言う、という選択肢は僕の思考の中からすっかり消え去っていた。あり得ることなのに、そうしたら良いと自分で言ったこともあるのに、僕は何故か凛子がそうしないと思い込んでいた。思い上がっていた。
いや、違う。
そう思い込もうとしていたのかもしれない。
けれどもう凛子は僕じゃなくても大丈夫なんだ。他の人にも話せるようになったんだ。僕は安心してこの役割から降りることができるわけだ。
僕がついていられなくても他についていてくれる人がいるならば、彼女がひとりで危ない目に遇うことも少なくなるだろう。むしろ、僕以外の人であれば、もし「あれ」が見えない人であれば、もしかしたら凛子はもう倒れなくても済むのかもしれない。
なんだ。良かったじゃないか。
それなのに。
それなのに、何かが胸を締め付けて苦しくて、僕はそれに気がつかないふりをすることで精一杯だった。
外から吹き込んだ風が廊下を通り抜けていく。
凛子は気にせず話を続ける。
「だから先に行ってて。肝試しのときできなかったから、私もう少し校舎を見てから帰りたいんだ」
「俺も一緒に行くよ」
「私のわがままに巻き込むのは悪いよ。ありがとう、教室まで付き合ってくれて」
また少し間が空く。本心なのかひとりになりたい口実なのかはかりかねているようだった。
「やっぱりだめだ、ひとりにするわけにはいかない。そろそろ花火も片付けに入るだろうしね」
それでも佐山君は変に遠慮せず真っ直ぐに自分の意見を伝えた。こういうところが佐山君の人気のあるところなのだろう。
東海林さんは隣で複雑な表情をしていた。凛子の突然の発言に戸惑っているようだった。
「……はーい、分かりました。仕方ないな、帰ろっか! 窓閉めてくるね」
そう言って踵を返す。しばらくして窓が閉まる音が聞こえた。素直に心配してくれている佐山君の強い口調に凛子は素直に諦めたようだ。
凛子が戻ってくる。「帰ろーっ!」と言って東海林さんの腕に抱きついている。さっきのやりとりなんてなかったかのように、そこにあったのはいつもの教室での凛子の姿だった。
結局僕はそれ以上何もーー一緒に行こうとは言えなかった。




